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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第四章 女子トイレのすすり泣きの怪 27

2022年02月23日 | 霊感少女 さとみ 2 第四章 女子トイレのすすり泣きの怪
 葉亜富の嘲笑を無視し、冨美代はじっと嵩彦を見つめている。嵩彦は足を止めた。そして、顔を上げ冨美代を見つめる。
「ははは、最期のお別れかい?」葉亜富がさらに笑う。「さっさと済ませて下僕の中に戻っちまいな!」
 と、嵩彦は勢いを付けて障壁へと突進した。大きな激突音がして、嵩彦は床に転がった。
「嵩彦さん!」そう叫んだのはさとみだった。さとみは障壁を叩く。「何をやっているのよう! そんな事をしていたら、力尽きて、消えちゃうわ!」
 嵩彦はゆらゆらと立ち上がった。そして、再び後ろへと下がる。大きく深呼吸をすると、冨美代を見つめ、再び突進してきた。しかし、やはり、激突音がして嵩彦は転がった。
「冨美代さん! 嵩彦さんを止めないと!」さとみは冨美代の肩を掴む。「どうしたのよう! どうして黙っているのよう!」
「ははは、それは呆れ果てているからさ!」葉亜富が言う。「呆れ過ぎて言葉が出ないんだよ!」
「ほほほ……」笑ったのは冨美代だった。蔑んだ眼差しを葉亜富に向ける。「呆れたですって? 所詮は低能娘、その程度の考えしか浮かばないようですね」
「何だとぉ!」
「嵩彦様は、今、男を見せておいでなのです。日本男児としての矜持をお見せになっているのです!」
 再び激突音がして嵩彦が転がった。
「冨美代さん! そうだとしても、これは危険だわ!」さとみが言う。「消えてしまうかもしれないのよ!」
「さとみ様……」冨美代はさとみに向き直り、笑みを浮かべる。「嵩彦様は己が存在を賭して挑んでいらっしゃいます。それも、わたくしのために……」
「だからって……」
「さとみ様。嵩彦様はこちらへ来るとおっしゃいました。日本男児が一度口にした事、守れぬようでございましたら、それこそ、そこまででございます。消えようと下僕に戻ろうと一切構いは致しません」冨美代は言うと嵩彦に向き直る。「さあ、嵩彦様! 日本男児の矜持をお見せください! わたくしはここで見守っております!」
 嵩彦は大きくうなずくと笑みを見せ、また後ろへと下がって行く。障壁に突進してくる。激突音がし、嵩彦は転がる。嵩彦が障壁にぶつかる際、さとみは顔を背け眼を閉じたが、冨美代は目を見開いたまま、嵩彦を見つめていた。
「さとみ殿」さとみの背後から声がした。さとみが振り返ると、みつが立っていた。みつは涙を流している。「さとみ殿、冨美代殿おっしゃる通り、ここは嵩彦殿の男を見せて頂きましょう!」
「みつ様……」冨美代がみつの涙を見て笑む。「みつ様にはお分かり頂けるのですね。日本男児の矜持がお分かりなのですね」
「わたしも女とは言え、武士の端くれです。己の命を賭しても挑まねばならぬ事がある事、分かっているつもりです」
「ああ、みつ様……」
 冨美代は涙を落とした。みつも「健気な……」とつぶやき涙を落とす。それから、二人は嵩彦に向かって並んで立った。
「さあ、嵩彦様! 心強い味方がここに居らっしゃいます!」冨美代が嵩彦に言う。「安心して突進をなさってくださいませ!」
「左様!」みつがうなずく。「嵩彦殿の男気、しかと目と心に焼き付けましょうぞ! いざ!」
 ……なんか違うんじゃないかなぁ。薙刀と刀で葉亜富と流人を倒した方が早いんじゃないかなぁ。激突音と転倒音、冨美代とみつの激励の声が繰り返される中、さとみは思ったが、何も言わなかった。
 幾度目になるだろうか。ふらふらになりながら嵩彦は立ち上がった。あちこちに痣が出来ている。それでもまた後ろへと下がった。走ろうとして足がもつれ倒れてしまった。
「あははは! ざまあ無いね!」葉亜富が笑う。「どう見たって、ここまでだろう? もう止めろって声をかけてやりなよ。大人しく葉亜富ちゃんの下僕になっていろって言ってやんなよ」
「嵩彦様!」冨美代は葉亜富を無視して嵩彦に声をかける。「しっかりなさいまし! わたくし、成就するまでここで待ちます!」
「わたしもそうさせてもらいます」みつが言う。「さあ、嵩彦殿、男を、日本男児の矜持をお見せください!」
「二人とも、無茶言うんだねぇ……」葉亜富が呆れる。「なんだか、あの下僕が気の毒になって来たわ……」
 嵩彦が再び立ち上がろうとした時だった。
「うおおおおおっ!」
 空間の奥から雄叫びが聞こえてきた。囚われていた男たちだった。彼らが奥の闇から一斉に駈けて来たのだ。倒れても尚繰り返す嵩彦の姿に発奮したのだ。中には涙しながら突進してくる者もある。
「何だよ、あいつらまで!」葉亜富が舌打ちをする。「ま、幾ら足掻いたって、びくともしないけどさ」
「うわああああっ!」
 今度は女性の声がした。流人が眉をしかめる。
「何てこったい! 女性たちも突進してくるぞ!」
 男性も女性も障壁に激突した。皆転がる。
「止めろ、止めるんだ!」流人が声を荒げる。「いくら繰り返しても変わらないんだぞ!」
 転がった皆は再び立ち上がると、後ろへと下がる。もう一度突進するつもりだ。
「止めろってば!」葉亜富が叫ぶ。「お前ら、消えちまうんだぞ!」
 葉亜富の言葉が終わるか終わらないうちに激突音と転倒音がする。
「流人! どうするんだ?」
「どうしようもないな」
 困惑している二人の前に、あの黒い影が現われた。


つづく


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