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子どもの頃、町を流して歩く屋台といえば、私の住んでいたところでは、
おでんの屋台だった。 おでんは冬のもののようだが、夏でも屋台は
出ていた。 他には秋から冬のあいだは、焼き芋屋のリヤカーが来た。
チャルメラを吹くラーメンの屋台は、もっとあとで見かけるようになる。
おでんの屋台は、昼間から、チリンッチリンッとリヤカーの引き棒に
つけた鐘を鳴らしながら、町を歩いていた。 値段は驚くほど安かった。
大人になる頃にはもちろん値段は変わったが、他のものの値段に
比べると、なぜこんな値段で売れるのだろうと、不思議に思うほどだった。
6人分の夕食のおかずにと、中ぐらいのナベを持っていって買うと、
500円ぐらいで食べきれないほどあった。
蒲田駅の近くに、おでん種を売る、古くからの店がある。
おでんを売る屋台や店が仕入れに来るような店で、沢山の種類の
薩摩揚げや袋詰めなどを、山のように盛って売っている。
おでん屋のおじさんもこういうところで仕入れていたのだろう。
昼間、路地裏で屋台を出し、おでんを仕込んでいるのを幾度か見た。
夏休みのプール帰り、学校の門の前に、屋台を止めて待っていることも
あった。 夏とはいえ、プールで冷えた体で食べるおでんはうまい。
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お金がないときは、コンブが5円ぐらいで一番安かったから、それを1個、
竹串に刺してもらって食べた。 今のおでんのコンブはちゃんと結んで
あって、それなりの格好をしている。 その頃のはダシを取ったあとの、
半分溶けかけた、ヨレヨレのコンブだ。 なので竹串に巻きつけるようにして
渡され、あまりうまくなかった。 友だちがチクワなどを食べていると、
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コンブをやるから、1回だけ、かじらせてくれ
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たいていいやだと断られた。
からだの形は、生命の器
形之医学・しんそう療方 東京小石川
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