Shpfiveのgooブログ

主にネットでの過去投稿をまとめたものです

「南京事件」否定論者と「竹島問題」における日本の領有権否定論者の相似

2020-10-12 23:41:54 | 近現代史関連
最近、知恵袋で「竹島問題」など我が国の領土問題について時々回答していますが、そうした中で

「南京事件」の否定派



「竹島」などの日本国による領有権原を否定する論者

とは極めて思考パターンが似ていることに気づいたんです。

本来なら、まず事実関係の把握が先にあって、それに基づいて「結論」(もしくは蓋然性の極めて高い推定)が出てくるわけなんですけど

この人たちは明らかに違っていて、ます「結論」がはじめから頭の中で決められています。

で、それに基づいて、自分にとって都合がいい材料だけを寄せ集め、不足する部分は捏造、歪曲で補い、不利な材料は何がなんでも否定する

こうした思考パターンという意味でなら、上記どちらの論者も共通していました。

なお、いわゆる「ウヨ」と呼ばれる人たちは

「南京事件」否定、「竹島は日本固有の領土」

と主張する人が多く、反対に「サヨ」(もしくはパヨク)と呼ばれる人たちは

「南京大虐殺」肯定、「竹島問題」における日本の領有権は真っ向から否定

というパターンが多く見られます。

が、それはどちらも自分の主義主張にとって好ましいからそう考えるだけの話であって

「結論」がはじめから頭の中で決められており、それに基づいて、自分にとって都合がいい材料だけを寄せ集め、不足する部分は捏造、歪曲で補い、不利な材料は何がなんでも否定する

という点では同じなんです。

「南京事件」なんか中国の捏造で、日本軍は清廉潔白!

竹島は我が国固有の領土であり、韓国は不法占領しているだけだ!

これが、いわゆる「ウヨ」の人たちにとって気持ちよくなる主張であって、なぜそうなのかは本質的にはどうでもいい。


理由なんかどうでもいいんです。

で、いわゆる「サヨ」の人たちは

「南京事件」は日本軍の行った大虐殺であり、当然日本軍は残虐
(これについては私もあんまり否定する気になれない)

竹島は本来は韓国の領土を日本が強引に奪ったもの!
(もしくは正式には「帰属未定」だが韓国有利)

というのが、自分たちが気持ちよくなる主張であって、なぜそうなのかという理由なんかどうでもいいんです。


その意味で「言っていることは正反対」でも、本質的にはどちらも「似た者同士」なんです。

勿論、私は事実を尊重する立場として、日本国政府による公式見解にも近い

「南京事件」は存在したが、犠牲者数などの規模は不明
(「日中歴史共同研究」によるなら、犠牲者数はおおよそ2万人から20万人くらいまでまで歴史学者による諸説あり)

竹島は国際法上は、間違いなく我が国固有の領土

だと思っています。

事実を尊重するなら、それ以外の答えはないと思います。

ソ連はサンフランシスコ平和条約の受益国か?

2020-09-08 22:34:35 | 近現代史関連
結論だけいうとソ連、そして現ロシアはサンフランシスコ平和条約の受益国ではありませんけど

南樺太、千島列島及び北方領土を「事実上の自国領土」とすることによって(国際法上は違法な)利益を事実上得ています。

なので、サンフランシスコ平和条約に拘束される側である我が国がそれを追認した瞬間にロシアは

同平和条約第25条

この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第23条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。第21条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。また、日本国のいかなる権利、権原又は利益も、この条約のいかなる規定によつても前記のとおり定義された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない。

に反して、同条約の第2条(c)

日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

から利益を受けることになってしまいます。

で、それは認められないよ、というのが、いわゆる「ダレスの恫喝」(ダレスの勧告)と呼ばれるもの。

とにかく千島のソ連帰属を認めるということは認められない。いわんや択捉・国後まで含めて認めることなどは認められない。もしも日本がそういう態度をとる場合には、サンフランシスコ講和条約の第二十六条を注意してもらいたい。サンフランシスコ条約不参加の国とのあいだには、サンフランシスコ条約と同一の内容で日本が講和するのが原則であって、もしも条約で規定している以上に、その国に日本が譲歩するというならば、すでに条約を結んでいる国は日本に追加の代償を請求することができる

高野雄一『国際法からみた北方領土』(岩波ブックレット)P42より

言うまでもなく、ダレスのこの論法が成り立つためにはソ連がサンフランシスコ平和条約から利益を得ていないという前提が必要です。


だから、ソ連、そしてロシアは法理論上はサンフランシスコ平和条約に基づく日本国の南樺太、千島列島の放棄から利益を得ていないことになります。

が、実際にロシアは南樺太、千島列島、そして「北方領土」を「実効支配」しており、それを既成事実化しています。

さて、ロシア自身は南樺太、千島列島、そして「北方領土」はロシア領土として正式に編入されたとの見解であり、そのように主張していますが、根拠の一つとしてサンフランシスコ平和条約における日本国の「放棄」を挙げています。

ヤルタ協定とその合意事項は、一九五一年のサンフランシスコ講和条約で確認され、クリール列島に対する日本の帰属権の放棄が確定した。ソ連は同条約に調印しなかったから、ソ連がクリール列島を領有することはできない、とする日本の主張は根拠薄弱だ。講和条約で日本が列島の帰属を放棄したことは絶対的なものであり、その法的効果が及ぶ範囲は条約調印国にとどまらない。さらに日本側は、択捉、国後など四島がクリール列島に入らない、という論拠まで持ち出した。
 しかし、連合国は、日本の北側国境は北海道の海岸線によって画定される、という認識をもっていたし、日本政府もかつて、四島はクリール列島の一部と認めていた。


つまりロシアの論法としては、自身はサンフランシスコ平和条約とは関係ないが、その結果としての日本国の放棄から自国が利益を受けるのはヤルタ秘密協定などの経緯からいっても当然であると考えているということになります。

サンフランシスコ平和条約の第25条により、明確に

この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない


と定義されているにもかかわらずです。

そして、それを日本国が「追認」することで、名実ともに晴れて自国領土として認められるのでなければ

日本国との平和条約は締結しないと言っているわけです。

いったん、ここまで。


ソ連はポツダム宣言、降伏文書、そして極東国際軍事裁判の受益国である

2020-09-08 16:10:06 | 近現代史関連
忘れている人も多いようですけど、第二次世界大戦の初期において、ソ連はそもそも枢軸国側でした。

1939年9月1日にナチス・ドイツ軍、及びその影響下にあったスロバキア軍がグライヴィッツ事件などを口実としてポーランドに侵攻を開始したのが一般的には第二次世界大戦のはじまりとされています。

二日後の9月3日に、ポーランドと相互防衛条約を結んでいたイギリス、フランスは、ドイツ軍のポーランドからの即時無条件撤退を要求した最後通牒にドイツが回答しなかったことによりドイツに宣戦布告することとなります。

が、その直後ともいえる1939年9月17日、ソ連軍もまた、ポーランド東部に侵攻を開始しています。

これは既に締結されていた独ソ不可侵条約の秘密議定書
に基づくものであり、ソ連はドイツとポーランドを分割併合し、さらにはバルト三国、フィンランドなどへの侵略もそこには盛り込まれていました。

その後、ソ連は実際にバルト三国を強制的に併合し、1939年11月にはフィンランドに対する侵略戦争(冬戦争)も行っています。

この結果、ソ連はひとたびは加盟した国際連盟からもフィンランドの提訴により追放されています。

こうした大戦初期のソ連による戦争は、明らかに周辺国に対する侵略戦争そのものであり、またドイツとの不可侵条約を通じた「事実上の同盟」によりこれらがなされたのは疑う余地のまったくない事実です。

にもかかわらず

その後のソ連は不可侵条約を一方的に破棄したドイツとの戦争を機に連合国側となり、アメリカからもレンドリースなどによる援助を受けています。

前置きが長くなりましたが

以上の点だけ見ても、大戦初期のソ連は枢軸国側、少なくとも国際秩序を無視した侵略国家だったことは疑う余地のまったくない事実です。

さて、ここから話をドイツ降伏後の日本についてのものとします。

まず前提として、こちらにもあるように、大戦末期のソ連による対日戦争は、日ソ中立条約を違法に破棄したものです。

にもかかわらず、ソ連は連合国の有力な一員としてポツダム宣言の署名国となり、日本側が署名した降伏文書においても戦勝国となり、そして極東国際軍事裁判にもイワン・M・ザリヤノフ少将を判事に送り込むなど、影響力を行使し、それどころか日ソ中立条約を先に破棄したのは日本側であるなどのソ連にとって一方的に有利な判決を押しつけることに成功しました。

大戦初期において、明白な侵略国家だったソ連はドイツ、日本両国の敗北と、ニュルンベルク裁判、極東国際軍事裁判において自国に有利な判決を押しつけたことにより、大きな利益を得ることが出来ました。

どう考えてもソ連は、ポツダム宣言、降伏文書、そして極東国際軍事裁判の受益国であると評するしかないでしょう。

北朝鮮もまた、サンフランシスコ平和条約の受益国である

2020-09-08 16:10:06 | 近現代史関連
サンフランシスコ平和条約第21条にはこうあります。

この条約の第二十五条の規定にかかわらず、中国は、第十条及び第十四条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の第二条、第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する。


では、具体的に「朝鮮」が利益を受ける権利を有するという第2条を、まず見ていきます。

第2条

(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。

(以下省略)

北朝鮮こと朝鮮民主主義人民共和国は、サンフランシスコ平和条約とは関係ない第三国にあたりますけど

我が国はサンフランシスコ平和条約によって「朝鮮半島」、つまり済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄しています。

既に主権が存在しないのであれば、それを平和条約に基づいて「放棄」することはできません。

さて、ポツダム宣言についてですけど、これは国際法の主流的解釈によるのであれば「今後履行される約束の予約」と解されます。

ポツダム宣言にはこうあります。

八 「カイロ」宣言ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ

→この「吾等ノ決定スル諸小島」の決定権が「誰」にあるのかは、あえてふれません。

ただし、第一次世界大戦以前までにおいて、日本国が「国際法上、合法的に獲得した領土」に関しては、当該領土である、例えば「朝鮮」などを日本国が法的な意味で「放棄」する必要があります。

日本が朝鮮における権原を放棄していないということは、仮に北朝鮮を承認する他国が存在しても、それはかつての満州国をドイツやイタリアなどが承認していたのと同じく

国際法上は日本の領有権が存在したままの朝鮮半島北部に朝鮮民主主義人民共和国と名乗る主権団体が、いくつかの他国の承認を得ているのに過ぎない状態でしかありません。

そしてポツダム宣言により我が国が受諾した内容の具体的な履行は、サンフランシスコ平和条約、またはそれと同等の平和条約によってなされることになります。

ポツダム宣言は、あくまでも日本は今後このような方向で対応しなさいというものであって、例えば「領有権の放棄」などの具体的な実行ではないんです。

朝鮮半島の例で言えば、連合国による占領統治は、そのままでは日本国の領有権喪失を意味しません。

占領だけでは領有権は移転することはないんです。

日本国政府が朝鮮民主主義人民共和国という国家を承認するかどうかは別として、少なくとも日本国としてはサンフランシスコ平和条約において、はじめて朝鮮の独立と朝鮮に有していた権原の放棄を国際社会に向けて認めました。

その前ではないんです。

これにより朝鮮民主主義人民共和国は、晴れて国際機関にも参加できるようになり、実際に国連にも加盟しました。

その点だけを見ても

北朝鮮はサンフランシスコ平和条約による「日本国の朝鮮放棄」から利益を受けていないとは言えないでしょう。

以上はとりあえずです。



日本が韓国を併合しなかったら、今韓国はどうなっていたのでしょうか?

2019-03-05 21:00:53 | 近現代史関連
このような知恵袋質問を見かけました。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10204276330


この問いに答えるのは、とても難しいと感じます。

というのは、当時の歴史の流れを見る限り、特に日露戦争以降においては「日本帝国による韓国併合」以外の可能性は、ほぼ、なくなっていたからです。

当時のロシアにしても、日露戦争以前、以後にかかわらず

朝鮮半島を自らの領土として「併合」したいなとと真面目に考えていたとは到底考えられません。

考えられることは「日本帝国が近代帝国主義国」になることなく、停滞した社会のままであったと仮定し
(以下はそれを前提としないと成り立たない、単なる妄想であることをお断りしておきます)

清王朝とロシアなどの「欧米列強」との争いに朝鮮半島が巻き込まれ、その過程で

袁世凱が実際の歴史でそのような動きを見せたように、朝鮮の清王朝による「保護国」化が実現したかな

というあたりでしょうか?

もしかしたら「中国朝鮮省」が実現したかもしれません。

だとすると、その後の歴史は恐らくはチベットなどと類似したものとなり、かなりの紆余曲折はあったとしても

最終的には(チベットなどと同じく)今の中国の一部となってしまっていたような気がします。

あるいは、その後の歴史においてソ連の支援で蒙古高原に「モンゴル人民共和国」が建国されたように

朝鮮半島にもソ連の支援による「朝鮮民主主義人民共和国」ができたかもしれません。

どちらにしても

今の近代化された大韓民国を、朝鮮民衆が自らの手で建国できた可能性は、それほど高くないような気がします。

こんなことを言うと「ネトウヨ」と呼ばれてしまうかもしれませんけど

今の大韓民国が一定の近代化を達成できたのは(負の遺産まで含めて)、「日本による植民地統治」の経験があったからです。

追記

一応、発言の根拠くらい出しておきましょう。

『「日本の朝鮮統治」を検証する1910-1945』(草思社)
https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E3%80%8D%E3%82%92%E6%A4%9C%E8%A8%BC%E3%81%99%E3%82%8B1910-1945-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8-%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%82%BF/dp/4794219970


この本はアメリカの歴史学者であるジョージ・アキタ、ブライドン・パーマー両氏が長年に及ぶ研究にもとづく検証の上で、日本統治下の朝鮮は(末期を除き)、穏健、かつ現実主義、相互主義的でバランスのとれた政策が実施されていたこと

そして、それがその後の韓国発展の基礎となったと結論づけた本です。

賛否両論はあると思いますが

批判は(つまみ食いではなく)きちんと読んでみてからにしてください。