何かに行き詰まるのは、ある決まった方向からしか物事を見ていない時であることが多い。だから、どんな分野でも同じだと思うが、「視点を変えてみる」というのは非常に大切なことだ。
治療の世界では例えば、患者がベッドに寝た「動いていない」状態ではなく、痛みが出る動作をしてもらう「動いた」状態で体を調べる、という視点を手に入れることによって、自分は整体の概念を変えた、と主張している先生がいる(個人的には動的な状態で体を評価するのは整体であろうがなかろうが臨床では常識であって、いまどき静的な状態でしか体を評価しないようなヘボい治療家なんかを引き合いに出されてもねーと、いささかギモンを感じてしまうのだが)。
さて、「視点を変える」ということは私も臨床で行っていて、その1つは「心臓から見る」ということである。
ここでチャールズ・リドリーの書いたクラニオの本『スティルネス』から引用。ついでに懐かしい『ウルトラQ』のOPもどうぞ。「これから30分、あなたの目はあなたの体を離れて、この不思議な時間の中に入っていくのです」──いやいや、視点は変えてもさすがに目は体から離れないぞ。
「1 静止(stillness)と命の息吹(Breath of Life)」より
支点、あるいはこの段階(注:胚発生の段階のこと)の中心は、心臓の洞房結節(sinoatrial node ; SA Node)であり、そこで無限の静止と有限の形が結合する。ここ洞房結節では、秘密の呼吸が起こる:明示された形の世界は、無限に変化する動きのパターンあるいは電磁的振動数で構成され、それは心臓場を通じて循環し、変移が起こり生き生きとなった世界へと広がる。
「4 バイオダイナミック・マップ」より
バイオダイナミクスでは、第1次呼吸が患者の体を取り巻き包み込み、その呼吸は変化する体液駆動の中にはめ込まれた今ある動きを誘導する、非直線的なフラクタル・パターンを生み出す。固有治療プランは常に患者の中で進行中で、絶え間なく停滞を解決している。あなたの認識が第1次呼吸を含む一方、その注意は体液駆動によって、ある順番で患者体のさまざまな部分に向けられる。この、今ある動きの停滞した部分の解決との結びつきが、固有治療プランである。自分の心臓支点つまり洞房結節と結びつくことで、今ある動きを作り出す患者の支点と結びつくのである。
胚発生完了後、中心線の共鳴信号は、心身の維持、防御、治癒、免疫、知覚的発達のための一貫した指示を運ぶ。洞房結節に留まることで、命の息吹の特定のフラクタルに含まれるものによって求められると、認識は遙か外側の果てしない末梢まで、そしてそれぞれの細胞の分子以下(sub-molecule)の極小の深さまで、自由に広がり伸びていける一方、あなたは患者と共に居続ける。心臓知覚を通じて、あなたは一貫して第1次呼吸、動的静止に含まれるどんなものとも共鳴することができ、またそれを越えて未分化の命の息吹へと鳴り響かせることもできるのである。
私自身も『スティルネス』の中でリドリーが述べていることのわずかな部分しか、まだ理解できていないが、自分の心臓(の洞房結節)に意識を置き、そこから相手の体を「見る」ことによって、通常の状態で見た場合とは全く異なる情報を得られる、ということだけは、実際にそれを行って知っている。
だが、試しに脳と心臓以外の臓器に意識を向けて、そこから患者を見ようとしても上手くいかない。それ以外の臓器は内向きに視点を向けるための拠点として用いることはできても、外向けの視点のための拠点にはなり得ない。脳と心臓だけが、そこから外に向かう視点を持っているのである。
それはなぜなのかはわからないが、外に向かう「心」には、脳からのもの(mind)と心臓からのもの(heart)とがあるらしい。脳と心臓──mindとheart──という二重性。それはまた、まるで1つの陰陽構造のようではないか。
『心臓の暗号』は医師が自分自身の体験を踏まえて、心臓のそんな働きについて書いた本。現在、絶版だが、機会があれば読まれることをオススメする(私は10年以上前に市立図書館で見つけて読んだ)。
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