議会は、国民・市民の生活・生業・命を中心に、その向上のためにこそ、真正面から要望・希望・意見を反映し、大いに議論し民主的に決め執行することが求められます。このことは、国民の目から見て見えにくく、どの段階の選挙でも無関心が多く投票率も低迷しています。
統一地方選が始まる前後から、新聞・テレビ・ラジオなどで、これを機会に考えてみようと多くの特集・社説・討論番組が掲載・放映されたりしている。
その理由を議会制民主主義が合法的に壊されたりして、それを阻止したり・暴走を止めるという歴史的役割が機能不全に陥っていると言っています。とすればその欠陥を改めればいいと言っています。それを成し遂げるのは、私たち有権者なのですと、各社は鼓舞しています。わたしは、それだけでは片手落ちで、同時に政治に直接関わる人たちの責任はより重く、自らを立志し現議会の中で改革に奔走すべきです。もちろん選挙は、冴えたる良い機会であることは間違いありません。そのとき、有権者は考え応援するでしょう。それこそ民主主義の本意ではないでしょうか。
①日本はイギリスの議会制度を目指したが、その議会を軽視あるいは無視の暴走・平和憲法さえ閣議決定で超越したり・その方向で現憲法を変えようとしたりして、弊害が目立つ。当然冒頭の議会の本意を忘れ特定のもののみの利益に奔走しがちである。
②本家のイギリス議会は、EU離脱の国民投票に始まり(議会制民主主義の責任放棄)大荒れです。国民投票から抜け出られない呪縛による混乱は当分続きそうです。
③アメリカでも、内向きのトランプは安倍内閣に似た暴走・強引な姿勢で、議会の混乱が続発しています。
このような現実は、変革の声を一層大きくしています。