私は息子がなくなって以降人として、生き物の仲間としてすべての宗教行事を止めようと
思っていた。長い間繫ぎ続けてきた連鎖はここで終わりになる。その責任みたいな気持ち
です。ただし妻はお寺の孫でお大師様にことのほか信仰が厚かった。その気持ちは
大事にしたい。母親にも私自身も宗教から離れようと決めていた。お別れも葬式も
墓さえも作らずゴミとして捨てられかて動物の胃袋に入ってもよいと思っている。
ただ過去の宗教者、主に仏教の偉人の方々親鸞上人(の功績は今に伝わっている)等は
尊敬している。日蓮上人など外の宗教指導者の方々は皆それぞれの評価をされている。
けれども私が好きな方は良寛さんなど世間で宗教家として評価されないまま死を迎えた
方々です。書や絵画でその足跡を名こされた方々が死を前にして後世に何かを残したい
と願い打ち込んだこと悩んだことは明らかです。何の功績をも残せなかった私が言うのも
おこがましいが死を直前にした気持ちは理解できる。私の心残りはバトンを渡すべきものを
育てきれなかったことが無念である。お休み中夜はほとんど眠れないがかといって片付けも
しない。体のあちこちが痛い。やはり自分に負荷をかけ動き切りジエンドを迎えたい。
変身ではないが自分の最期の審判にはそれがふさわしい。
t:160%;">素敵な生け花や切ない詩、曲などがいっぱい~♪こちらもどうぞ{/m_
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