今日は、一昨年亡くなった母方祖父の命日でもあり、3回忌だ。
ちなみに弟の誕生日でもあるのね・・
本当に時の経つのが早いなって感じます。
今思えば、本当に祖父によって、介護に関わることの勉強させてもらったって思います。
2年前、命の選択をしました。
http://blog.goo.ne.jp/sumolove115/c/07feeddd113643507072003d1f2ce069
大学の卒業式と重なった、祖父の手術。そこで悪性リンパ腫とわかった。。(2007年3月)
年内に再発。。もう体力的には手術は不可能。
とりあえず抗がん剤治療をしながら過ごす。自宅と入退院を繰り返し、後に祖母のいる施設へ入所。
でいずれターミナルケアに入ることも決まっていた。
2008年6月には、肺炎にもなった・・
そして命の期限として、2008年7月半ばころだったか。。年内であろうと言われた・・
それならばと、思い切って私たちの近くの有料老人ホーム検討。
私も母と一緒に見に行った。
2009年9月、無事引越しとなった・・。3ヶ月間だけでもいい。良い思いをさせてあげたい。
その思いで移ったのだった。
家から近かったから、仕事から帰って遊びに行く感覚で老人ホームに行ってた。
特に日本シリーズ時面白かったわ・・
家なら騒げない場面。。祖父と論議。
たかが野球されど野球。
美味しいものを食べてるからか、精神面も充実してるからか。医者の予想を裏切り無事に2009年の正月を迎えた。そして2月の誕生日も。
医者も抗がん剤もこんなに合うなんてとびっくりする状態だった。
3月は大阪場所の話で盛り上がり、4月ごろになり、ちょっとベッドで寝てる時間が増えた。でもよくしゃべった。野球の話なんかしたなあ。
私が友人と石川に旅行に行き、好物の金つばを買って帰ったら喜んで食べてくれてた。
その前後だったか。。歯が合わないとか言い出してた・・
私も介護者の端くれだし。。誤嚥性肺炎の危険性あるなあって思った。(詳しくは過去記事で・・)
母にもそのことを伝えていた。。癌が悪化するか、肺炎になるか。。
私の中学時に亡くなった明治生まれの祖父の要因も肺炎だった。。ただその時はタダの肺炎としかしらなかったけどね・・
5月9日だった。。
私は、仕事で遅くなったとき、母からの着信とメールがあった。
その時は要因とかわからなかった、、
でも誤嚥性肺炎だろうって予想はなんとなくわかってた。
いける限り夜勤明けとかでも自転車飛ばして祖父の元へ行った。
5月16日だった・・
医者と話をした。。
私が知らないと思って噛み砕いた言い方をしてた。。
そして、胃ろうの話が出た。
5月17日
胃ろうはしない旨家族としての意思をだした。私の意見も伝えたし。。
胃ろうに関して、私は、両親、伯父に内容をちゃんと伝えておいた。
そしてその時は来た・・
5月22日午前10時45分。
私、弟、母、祖父の妹さんの見守る中息を引き取った。。。
簡単だけど振り返ってみた・・
私もしない方がいいってことを家族に言ったが果たしてよかったのかって思い。。しばらく続いた・・
今年、大学の先生に紹介された講義に行って、「あの選択肢間違ってなかった」って思った。医者に対して少しは知ってると思ってもらえたこと。。それも幸いしたし。。家族に胃ろうの話をしておいたこと。。ほんとにあれは正しかったってね。
もちろん必ずしもしないが正しいわけじゃないこともわかってた。ターミナルに足を突っ込んでるのにする必要があったかって問題なのよね。脳梗塞等々一時的なものの、若くして一時的に口から食べるのが無理とかそういう問題じゃなかったから。
ターミナルケアという形にはならなかったけど。。
祖父は、自分の体を持って私たちにいろんなこと教えてくれた。
一介護者と視点ではなく、一家族としてこのことに関われたのは大きな糧だと思う。また本当なら孫の判断なんか挟めないもの。。普通なら両親か実の息子である伯父で決めるべき問題に、関われたこと。本当に良かったって思う。
本当に後悔がなかったって思う。。
今日、誕生日を迎えた弟は、貴重な命日に重なり、そして今福祉の専門学校へ通っている。
あのとき何があったのかってこと。。伝えている昨今なのね。
どこまでわかってるかわからないけど。