拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

常不軽菩薩の出現・・・か?

2025年03月09日 | 娑婆惰罵駄(シャバ・ダバダ)

巡礼の旅もほぼ半ばになって、相方の古い友人マサ子夫婦が東京から2泊の予定で訪ねて来てくれた。

彼らに会うのは20年ぶりだが、漫画の『のたり松太郎』の小型版のようなご主人は相変わらずマイペースだし、人が良すぎるのが欠点のようなマサ子さんも相変わらずの笑顔だった。

そもそも相方ニコルとマサ子とは、今から30年以上前、小さな坐禅会で共に坐禅やその会が催すハイキングやお茶会などで親しくなり、その後私とも親交があり、特にスイスに渡ってからは、私が彼女と年に数回のメールのやり取りをする友であった。

北風の冷たい1日目は、近場の興福寺と東大寺を拝観し、夜は近くの和風レストランで食事しながら互いの20年間を大雑把に還暦し合い、語り合った。そのうち彼等の宿には温泉があり、宿泊者のみ利用できるというので、相方は即決で彼らと同じ宿に一泊することにし、私は、松太郎氏と共に温泉につかり、彼が信じる第一の健康法である『四股を踏む』講義をじっくり受けたが、こうして日本人の友と湯船につかって語り合うなんて何十年ぶりのことか・・・。

翌朝、相方とマサ子は市内のカフェにモーニングセットを食べに行き、松太郎は早くも、定食屋に行ったと言うので私も後を追い合流して、塩鮭の定食を食べ、彼の60歳から始めた剣道が13年後の今、3段にまでなった剣道談義などを聞いてホテルに帰り、ロビーで女性軍が帰るのを待っていると、数分後に帰ってきて、何やらあったらしく、ニコルが少し興奮気味に話すには・・・。

彼女らは、我々が何回か行ったお気に入りのクラシック風カフェで朝食をとりながら、話は昔ともに修行した禅の思い出話から、仏教一般の話になったらしく、昨近の憂いべく社会情勢にあって、仏教の『和』に徹した思想の重要性など…のようなことについて論じていたら、マサ子曰く、『セント君(奈良の遷都にちなんだマスコット)のようなふくよかな奥様(50歳?)が、涙目で合掌をしながら近寄って来て、『すみません、お二人の話をそばでお聞きしていたのですが、外国の人がその様に仏教のことを分かっていただいて、お二人の話に感動して涙が出ました…、お二人の写真を撮っても良いでしょうか?』・・・と、言ってきたというのだ。

相方はその話をしながら感動がよみがえったのか、涙目になっていたが、私も、マサ子さんのご主人もその話を聞いて『え〜、ありえねよ。なんかの詐欺じゃねえか?』なんて答えたが、女たち二人は真顔になって、『いゃ〜、観光で長崎からきた人の様で、ご主人が外で待っていたから、そんなんじゃないわよ』・・・との事。

そんな事が、仏教の都『奈良』では起こり得る・・・んだ!?と納得することに。

    

         菩薩を呼び寄せた マサ子とニコル

この話を聞いて、私が想起したのは 『常不軽菩薩』で、誰彼なく『あなたはいずれ仏に成られるおかた、どうかご自愛下さい…』と、説いてまわった菩薩であった。

 

      

    これが奈良のマスコット『セント君』。 まあ、菩薩だよね。