扉への道

泉明 香鈴(せんめい かりん)申します。
香り善き、鈴音(りんね)を拠り所に、「今」を明め「ここ」に在る

再構築

2023年06月27日 11時14分09秒 | その他

扉への道|note

泉明 香鈴(せんめい かりん)と申します。香り善き、鈴音 を拠り所にリラックスを。「今」 を見つめ「ここ」に住まう。

note(ノート)

お久しぶりです。

gooブログの過去ログを再構築して投稿しています。

よかったら、見に来てください。





せいとし

2020年05月12日 10時20分30秒 | その他
前にも書いたように私たちは神に似せて作られている さて、今回は「生と死」について書こうと思います。

冒頭にも書いたように似せて作られている私たちですが、似せているだけで、全てではない。


違うところは産まれることと死ぬことである。


これは、私たちにとって必ず訪れてしまうこと、これらを不幸と思うが否かは個人の問題であるが、この生死ついて考えさせられる海外ドラマがある自分のデータを仮想空間に移動させてそこで永遠に生活するーーーーー正に不老不死。

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素晴らしい世界であり、死にそうになったらお願いしたいと考えてしまうが良く考えてほしい。
どうして、神は生死を設定したのか?

個々を神として作らなかったのか?

これも前に書いたと思いますが、別の考え方として死なない死ねない苦しみは死ぬ恐怖より恐怖だからです。

この自我はそれに耐えることが出来ない仮想世界がコンピューターに管理されていて恐れや不安などマイナスの感情を事前に消す事が出来るのなら分からなくもないがそれでも人間は最終的にシステムの一部でしかないやれたとしても、必ず歪みが生じるであろう。

何だかんだ、書きましたが仮想世界に完全に移行出来るなら面白いと思うし、それが神の領域かもしれません。


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今年

2019年01月07日 19時42分10秒 | その他
改めてまして、あけましておめでとうございます。


2019年も始まりました。

外世が凄いスピードで変化し、置いていかれるような焦りや憤りなどストレスが増える...


ただ、このストレスも私であり、必要不可欠なものである。


外世も内世もすべてはひとつであり、これもまたシュレディンガーの猫のように同じ空間のことでありこれらを認識することで現実となる。

認識しずに目をそらし、想像で認識してもこれも同じことでありこれもまた現実になって行く。


ひとつの空間に全てが有りであり無しであり、在りである。



と言うことで、簡単にまとめると皆様と共に、自分が想える善い1年に感じれるようにしましょう。




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