寒さを感じない日だったが、湿り気の多い雪が降っていた。
コンビニで発送を終え、店を出た。
その店の近くには、広大で自然豊かな精進河畔公園がある。
子供たちが小さかった時に何度か連れてきた事があった。
国道に面した歩道の脇の入り口からはいると、灌木に囲まれた下へ続く小道がある。降りていくと、すぐ左手に小川が流れている。精進川だ。流れの途中に落差が1メートルほどの小さな滝がある。小さいけれど、私はその滝を見るのが好きだ。
冬場、滝はどうなっているのだろうとふと思い、小川へ通じる入口付近へ行ってみる事にした。
雪に覆われて道が無かったら諦めようと思ったが、多くの人が通るらしく、ちゃんと細い道ができていた。
足元に気を付けながら下へ降りてみると、滝の姿はすっかり雪に覆われ、雪の下からおとなしく水が流れているだけだった。ちょっと残念だったけど、小川沿いの散策路も好きだ。
小さな息子と一緒に手を繋ぎながら、小川沿いに歩いた夏の日を思い出す。
マガモがのんびり泳いでる姿を眺めたり、川岸に大きなドブネズミを見つけたこともあった。
夏場は茂った木々の葉陰が涼しく、日光が遮られてやや暗い小川沿いの道が、実に落ち着き、川の流れる音も心地が良かった。
道沿いにヘビイチゴなどもあり、可愛らしい赤い実を見ながら歩いていると、頭のてっぺんに衝撃が走った。
てっきり私の頭の上に何か落ちて来たかと思った。その痛さは椰子の実級の大きさの物が落ちて来たような痛さだった。しかし、足元には何も落ちては来なかった。頭はジンジンと痛みが続くので、恐らく蜂に刺されたのではないかと想像した。
周りの景色に気を取られて、蜂の警告に気付かなかったのかも知れない。
蜂に刺されるのは初めての事だったが、この痛さはもうそれを疑うしか無かった。
息子が刺されては大変だと思い、手を繋いで来た道を走って戻った。「お母さん、蜂に刺されたみたいだ」と言いながら、片手でジンジン痛む頭を押さえ、息子を引きずる様に家まで走り続けた。
家に戻るや、蜂の毒を出す為、頭皮の刺された部分を出来るだけ絞り、消毒薬をかけた。ほどなく痛みはおさまり、数日のうちに刺された部分の違和感もなくなった。
実際のところ蜂だったのかどうなのかは不明だ。
そんな事があった道を歩いているが、冬に歩くのは初めての事だった。
途中、散策路の両側から大木の枝が伸びて交差する場所がある。そこに黒い集団が待ち構えていた。40羽ほどのカラスの群れ。こんな大量のカラスがたむろしているのは、この辺で見るのは初めてだ。
それぞれに鳴き声を上げていた。
私はそのまま進もうかどうしようかと、カラス達を見上げながら考えあぐねていた。あのカラスの並ぶ枝のアーチの下を走り抜けたとしたら、何か“落とし物”が降って来そうだしなあ。結論がすんなり出ずに、ぼんやりカラスを見つめていただけだったが、カラス達は私が何か企んでいるとでも勘違いした様だ。のんびりした鳴き声が緊張をおび、威嚇する様に一斉に声を揃えて鳴き出した。40羽の一斉の鳴き声は迫力が違う。怖い。集団で襲って来たらどうしよう。
引き返す気は無かった。ノープランだったけど、冬場歩いたことの無い景色を見てみたかった。
結局ルートを変えるのが最善策と結論を下す。
小川にかかっている小さな橋を渡り、反対側の道を進むことにした。
安全な所からカラスを川越しに見ながら通り過ぎる。
行く先の右手に歩道橋のような階段があったので、昇ってみた。
視界が開け、野球場の広さぐらいの広場に出た。
あまり来たことのない場所で、方向感覚がだんだん怪しくなってきた。
その広場を横切りながら、雪も風も強くなり、風の咆哮が聞こえだした。何に共鳴しているのか、反響しているのか、聞いたこともない音だ。
広場の何も無い所にぽつんと一人、雪に打たれながら聞いていると、その得体のしれない音がとても恐ろしく感じられて来た。思わず早足になる。
広場を抜けると直ぐに住宅街。少しホッとした。
途中、昨年の夏、娘と遊びに来たバッティングセンターがあったので、進むべき道は間違っていないと安心した。しかし夏に来た時は別のルートで歩いてきたので、元々方向音痴の私はどっちから来たのかわからない。
結局、自宅への道が分からなくなり、ついに道に迷ってしまった。
進んでいる道の前方には、全く見たこともない家電量販店が見える。こっちでない事は確かだ。
自分がここまで来たルートを思い返してみる。
右へ右へと道を曲がって来た。また右へ行けば知った道へ行くはずだ、と信じて次の道を右へ曲がってみる。するとやっと見覚えのある道にたどり着いた。心底ほっとした。そこからは順調だった。
家に戻るとダウンジャケットに積もった雪が溶けてビチャビチャに濡れていた。玄関で水を払いハンガーにかけて干した。
家に戻れた安心感に満たされ、これまでを振り返るとなんだか楽しかった。
カラスの群れに恐れを感じ、風の咆哮に畏怖し、道に迷い不安感を覚え、それを脱して家に無事に戻れた事。
ミッションは何もクリアーしていないけど、まるでRPG(ロールプレイングゲーム)の主人公の冒険の様に感じた。大げさだけど。
平凡な日常を送る私にとっては、ちっぽけだけど楽しい冒険だった。