20年近くはき続けていた物だ。
子供達を伴って買いに行った日の事を二人で思い出す。
近くの大型ショッピングモールへ新しいGパンを買いに出かけた。
夫婦揃っての衣類の買い物は随分久しぶりの事だ。
昨年、新型コロナウィルスが広まり始めてまもなく、タレントの志村けんさんと岡江久美子さんが、突然亡くなられて、コロナウィルスが侮れない脅威である事を思い知らされた。
職場の体制が一気に様変わりした。
出社制限や勤務時間短縮、机はパーテーションで仕切られ、出入りの際の殺菌対策、検温、周辺機器の殺菌、職場空間の換気対策、食事の際のソーシャルディスタンス等、あらゆる事が迅速に変化していった。
大好きな映画も昨年「ミッドナイトスワン」を最後に劇場に足を運ぶ事も無くなった。
夫と外食したのも、昨年10月ポテトグラタンが美味しいと有名な近所のお店へ足を運んだのが最後だった。
今日はお天気も良く、気持ちのよい日。3月に納車された新車。夫にとって、免許返納の日までの“最後の車”に今日は初乗り。
ちょっとしたドライブ気分で、大型ショッピングモールへ、いざ。
この日、札幌の外気温は13度。
寒々とした裸の街路樹。
広大な真駒内公園に差し掛かると、木々の新芽が出て来たのか、遠目にはうっすらピンク色に霞んで見える。
お天気につられてか、ジョギングやウォーキングする人の数が増えている。
車で渡る五輪大橋の眼下には、今年の冬除雪され捨てられた大量の雪が、黒く固まったまま、まだまだ溶けそうに無い。
お店に着いて直ぐ、2階へ。
夫が目的のGパンを試着、購入。裾上げを依頼し、私は少しの間、ウィンドーショッピング。
二人で落ち合い、昼食へ。
店内のフードコートで夫がチーズバーガーを頼み、私はリブサンドポークを頼んだ。
チーズバーガーとコーヒーは直ぐ出て来たが、私のリブサンドは5分ほどかかるという。
出来たらお知らせしてくれる“呼び出しベル”を渡された。
取りあえず、席に付き、夫は早速チーズバーガーにかぶりつく。
私は店内を見渡しながら、ぼんやりコーヒーをすすった。
土曜日の昼下り、遅めのランチを取る人で8割方席が埋まっている。
お店は感染対策のパーテーションが施され、隣の席とも十分に距離が保たれている。
イベントコーナーは、中止のお知らせが貼られ、代わりに今年小学校へ入学した方々へ向け、写真撮影スポットが用意されていた。
桜の花が咲いた木の絵、架空の小学校の学校名が書かれた看板、入学式の立て札。
周囲より一段高くなったその場所には、入学前と思われる小さな男の子が一人、舞台に上がって降りて行ったが、その後は誰も写真を撮る様子は無かった。
フードコートでは、みんな笑顔で食事を楽しんでいた。
コロナ感染前とそう変わり無い景色にホッとし、また久しぶりのお買い物と外食に心が高揚していた。
日頃、家と職場の単調な往復。
「こんな日もなくっちゃね」とぼんやり思いながらコーヒーを口元に運んだその時、「ピーピーピー」「ゴゴゴゴ…」電子音と振動音、ダブルで音の嵐。
何事?ビックリした拍子に、蓋を外して飲んでいたコーヒーがこぼれ、手にかかった。アチチッ。
洋服が汚れなかったのは、不幸中の幸い。テーブルの上に、コーヒーの水溜り。
油断していた。
リブサンドが出来たお知らせコールだった。
まるで漫画みたいな瞬間に、顔には出さなかったけど、内心笑った。
木製のテーブルの上で大暴れする“お知らせベル”をつかむ。
音の停止ボタンを探す。らしきものを押して見るも、違う。紛らわしい。
ピーピー音も振動も止めることがままならず。コーヒーで汚れた手を拭くのもそこそこに、音を鳴り響かせながら、リブサンドを受け取りにアタフタとカウンターへ。
鳴りっぱなしの“呼び出しベル”をお店の人に渡し、無事にリブサンドを受け取った。
席に戻り、こぼれたコーヒーを紙ナプキンできれいに拭き取った。
夫が「そばに座っていた女の子達が笑っていた」と恥ずかしそうに言った。
気にせずに、リブサンドにかぶりつく。
「リブサンド、昔はもっと肉厚だったのになー」と思いながら、しっかり全部食べた。
“ささやかな事件”もまた楽し。
久しぶりのお出かけらしいお出かけに、お互いに「楽しかったね」と帰途についた。