息子から借りた寝袋は暖かく快適だったので、目覚めも良かった。
狭い台所を借りて簡単な朝食を作った。
メニューは自家製のくるみとレーズンのパン、ほうれん草と卵のバターソテー、モーニングサーブ(ウィンナー)牛乳、そしてりんご。牛乳以外は全て札幌から持参した。
しっかり食べて、午前8時に息子のアパートを出た。
旅の行程は全て息子の車で行くことに。夫の車は息子のアパートの車庫に収めたので、近くに止めてある息子の車まで歩いた。
夫は運転しなくて良いので、これも“おもてなし”の一環のようだ。
途中、ちょっとしたハプニングがあった。
3歳位の女の子が赤信号の道路をちょこちょこと一人で渡っていたのだ。それも裸足で。
お天気は良かったが、まだ肌寒くコートが必要な時期なのに、上着も着ていない。
交通量が少なく事故に合わず良かったが、今度は道路に足を投げ出して、歩道に座っている。見過ごすわけにも行かず、近づいて声をかけた。
「お家はどこ?」
女の子はちゃんと自分の家をわかっていて、抱き上げると家の方を指さした。
「〇〇ちゃんがいないの」と言った。どうやらきょうだいがいなくなったらしい。そっちの方も心配だが、取り敢えず女の子が指差す家へ到着し、私がチャイムを鳴らそうかと思った瞬間、女の子が
「ピンポン鳴らさなくていい」と言った。
日曜日の朝だ。親は寝ているのだろうか。そう言われたので、チャイムは押さずにドアを開け、女の子を家へ入れた。
「一人で外に出ちゃ、絶対だめだよ。危ないからね」と、何度か念を押してドアを閉めた。
出発前のちょっとした出来事だったが、色々と気になることだらけで、気持ちがいつまでもモヤモヤと尾を引いた。
気持ちを切り替えて、息子の車に乗り込み旅のスタートを切った。
息子の運転歴は間もなく10年になる。運転の丁寧さでは、夫を超えたかも。安心して乗っていられる。
先ず目指したのは、平取町(びらとりちょう)の「萱野茂二風谷(にぶたに)アイヌ資料館」と「町立二風谷アイヌ文化博物館」。
最近、萱野茂さんの著書「アイヌの碑(いしぶみ)」を読んだ。沙流川周辺の豊かな自然の中で育った萱野さんの生い立ちは、リアルなアイヌの生活を伝えており、とても興味深かった。また、経済的に苦しい状況の中で、アイヌ民具の収集をされたり、文字を持たないアイヌの伝承文学ウエペケレの文字化、アイヌ語の辞書作りなど、アイヌ文化の保存に多大な努力をされた。そんな萱野さんの育った平取町へ、是非行ってみたいと思ったのだ。
余談だが、著書によると萱野さんは、昭和36年から42年まで登別温泉のクマ牧場の横にアイヌ風の家を建て、「熊送り(イヨマンテ)」の時の唄や踊りを観光客向けに披露する施設で働いていたという記述があった。
私は子供の時に登別温泉へ何度か父に連れて行ってもらった事があるのだが、多分その時に一観光客として萱野茂さんに会っていたのでは無いかと思う。
父のアルバムにも、父が職場の同僚と共に、アイヌ風の建物チセの中で撮った集合写真のかたわらに、萱野茂さんが写っていた。
萱野さんは後にアイヌで初めての国会議員となった人だ。萱野さんのたゆまぬ地道な努力があったからこそ、アイヌ文化が見直されるきっかけとなり、今があるのではないかと思う。
前日に息子が下調べをしたところ、「萱野茂二風谷アイヌ資料館」は「休館日特になし」と記載はあったものの「11月16日~4月15日は事前連絡を」となっていたので、少し不安になった。
二風谷へ向かう車の中、午前9時すぎに資料館に電話して尋ねてみると、係の女性が出て
「今はやっていないんですよね。」と答えた。
えーっ!
女性は続けて、
「でも、どうしてもとおっしゃる方には開けていますけど…」と言った。
ホッとして、是非訪ねたい旨を伝え、結局午前10時に開けてくれることになった。ただし、資料館のおトイレが使えない事と、建物内の暖房は入らないとのことだった。
資料館の開館までにはまだ少し時間があった。平取町の義経伝説のある「義経神社」に立ち寄った。
神社の鳥居を一礼してくぐり、目の前の階段を登る。階段の数は、数え間違えていなければ、末広がりの88段だった。登り切って、夫と二人息を切らした。
本殿へ進み賽銭箱へお賽銭を入れ、さて、先ずお辞儀だったかな…すかさず息子が「二礼二拍手一礼だよ」と言ってくれた。歳ばかり取ってこんな事もちゃんと知らずに恥ずかしい。
様々なものが無人販売という形で販売されていた。その中の一つ御朱印帳。表面にアイヌ文様の装飾が施され素敵なものだった。
神社の御神木。
神社の御神木。
北海道の義経伝説は各地にあり、興味深い。
「義経資料館」が直ぐ側にあったのだが、「萱野茂二風谷アイヌ資料館」の開館の時刻が迫っていた。その為、義経資料館は残念ながら見ずじまいとなってしまった(参考まで見学料は200円)。
後ろ髪を引かれながら、本来の目的地へ急いだ。
続く