父の年齢は40代前半であり、弟が小さかったこともあり、休みともなると父は家族サービスに余念がなかった。
父は仙台の田舎で育ったガキ大将だったから、家族を自然の中へ連れ出す事が多かった。
その日は車でサギの営巣地へ連れて行ってくれた。苫小牧市の郊外であったと思う。
いつも父に連れられるまま、何も考えずにいたものだから、正確な場所もわからないが、心に残る素晴らしい場所だった。
父も私も、生き物を見るのが好きで、子供時代には「野生の王国」というテレビ番組を二人でよく視聴したものだった。
サギの営巣地へ連れて行ってくれたのも、その噂を聞きつけて、父自身も興味があり、私にも見せたくて連れて行ってくれたのだろうと思う。
季節は恐らく春であったのだろう。
物凄く良く晴れた天気の良い日であったが、暑さは感じられなかったから。
一面の緑の芝の絨毯が広がる広大な場所に、私達家族だけという贅沢な空間だった。
日の日差しはやさしく、暖かだった。
そこからかなり離れたところに大きな木が見え、長く伸びた枝の所々に大きな巣が見え、サギの姿も見え隠れしていた。
私は初めて見るサギの営巣地に、かなり興奮した事を覚えている。
サギをもっとよく見ようと、我を忘れてどんどん木の方へ近づき、父から「それ以上は行くな」と止められたくらいだ。
周辺を歩いてみると、広い野原の中を横切る様に、小さな小川が流れているのを見つけた。
ひとまたぎ出来るような、細い川幅である。細くはあったが、水は勢いよく流れ、ちょろちょろと小気味良い音を奏でていた。
私はこの場所が、とても気に入った。
サギの巣はいくら見ても飽きなかったし、誰もいない家族だけの広い空間。暖かな日差し、風、そして川の流れ、川音。いつまでも飽きることがなかった。
程なくして、父の号令とともに、早朝から母が用意したお弁当を、ビニールシートを広げてみんなで食べた。
何を食べたのか、記憶がない。
ただただ、私はその広大な場所にいる事に幸せを感じていた。
お弁当を食べるのもそこそこに、私は小さな小川のそばへ行き腰を下ろした。
途切れることの無い川の流れをながめ、その心地よい音に耳を澄ませた。
「あー、ずーっとこうしていたいな」
心からそう思った。
どのくらいそうしていたのだろうか。
遠くから「帰るぞー」という父の声が聞こえた。
「あー、残念だな」と思う。ため息をつきながら小川を後にした。
あの時の心地よさ、幸福な時間を今でも時折鮮明に思い出す。
あの場所がどこであったのか、詳細をちゃんと父に聞いておけばよかったなぁと残念に思う。
あれから45年以上の月日が流れているのだから、恐らくあの日と同じ景色を目にする事はもう出来ないだろうけれど…。