血管が細い。
「もう意地悪なんだから」採血あるいは点滴の針を手に、
看護師さんたちは決まって困った顔をする。
親指を中に腕をぎゅっと握り締めても、腕のあちこちをパンパンと叩いても、
血管が浮き出てこない。これでは針を刺すのが難しい。
とうとう「先輩、お願いできませんか」とギブアップする若い看護師さんもいる。
また、点滴の針をミスし「先輩、先輩」と大慌てした看護師さんもいた。
後に左の手の甲は見事に腫れ上がったものだ。
看護師さんたちの名誉のために言うが、もちろんそんな看護師さんばかりではない。
技術は言うまでもなく、不安感いっぱいの患者を優しく慰めるように
対してくれるベテラン看護師さんもいる。
2年前に肺炎で入院した際の看護師さんがそうだった。
抗生剤の点滴の際、その看護師さんはいつものように
「さてと、どこがいいかな」腕のあちこちを探った。
「血管が細いからね。すまんね」と詫びると、
「人それぞれですよ。でも、それをクリアするのがプロです」
頼もしい根性を見せながら、
「ちょっと右手をぐーっと握り締めてくれませんか」と続けた。
言われるまま、右手に力を入れると、「おおっ、すごい」
一瞬何に驚いたのか分からなかったが、
「前腕部の筋肉がむきっと盛り上がる。おまけに堅いですね」と言うのだ。
「ええっ」と今度はこちらが驚いてしまった。
「何か、スポーツされていたんですか」
「ああ、中学から大学まで10年ぐらい器械体操やってたよ」
「あのクルクル回るやつ?」
「そうそう、鉄棒や床運動ね」
「テレビで見ると選手は皆筋肉モリモリですよね。
それでなのか。ついでに腕をぐいと曲げてみせてください」
図に乗って右腕に力を入れ曲げると
「おー、見事な力こぶ。立派、立派」と言ってくれた。
実際は、悲しいほどげっそりと落ちてしまった筋肉を嘆く日々であったが、
この看護師さんは、しょぼくれた爺さんをおだてる術を心得ておられる。
気分が悪かろうはずはなく、勇気をもらったような気さえした。
「それでは、少しチカっとしますよ」言いながら、
右手首付近のわずかに浮き出た血管に針を刺した。
「うまい」と言えば、ニコリと笑顔を返してきた。