治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

目的

2012-01-07 16:38:22 | 日記
YTは数十センチの分厚い書類とともに送検され
私と夫は別々に、事情聴取を受けることになるそうだった。

どうしてそういう話が前もって入ってきたかというと
このころから早くも
弁護士の先生は担当検察官と話をし始めたからだ。

どうやら弁護士の仕事とは、そういうものらしい。
弁護士会館と地検の入っている庁舎って隣同士だ。
ふだんからきっと、そういう風になってるのかもしれない。

最初はニキさんの事情聴取も予定されていたが
これはしなくてよくなったそうだった。

同一人物説を、YTが捨てたから。
ニキ・リンコの実在を
検察官に証明する必要がなくなったからである。

支援者の人々の見解と違い、司法の場では
あくまで被害者は私たち。
告訴したのもニキさんではない。私たち夫婦だ。
ニキさんは捜査に協力してくれた人という位置づけ。

先生からは
私たちが被害者として何を求めているかをはっきり検察に話したほうがいい、とアドバイスを受けた。

そして

検察官から「YTに謝罪を求めるか?」ときかれたとき
私たち夫婦はなんの相談もしないまま、それでも同じ答えをして帰ってきたことを後から知った。

「謝罪はいりません」

「反省もいりません」

そんなものは、求めていなかった。

私たちが求めたのは、二度とやらないこと。

そして
この事件を通じ、自閉症の世界にきっちりとわかってもらうことだった。

自閉症・発達障害はバラエティに富む障害で
まだ発生の原因も治療法もはっきりしていない。

脳みそのどこかのつながりがうまくいっていないと推定されている。
そして、どこがどうつながっていないのかはおそらく人による。

私はこの本にも書いたけど



講演でも著作でも「目からウロコ!」といわれるたび
それだけ自分たちはマイノリティなのだと受け止めてきた。

斬新な切り口だからこそ、面白がって読んでもらえたと考えてきた。
もちろん奇をてらうつもりはなかった。
一般人の私の目から見て、自閉っ子ってこういう存在だよ、って思って
それを素直に企画化してきただけだ。

その切り口から自閉症を見つめなおし
ちょっと気が楽になったり、QOLを上げて行ってくれる人たちがどんどん出てきた。
それだけの話。

けれどもYTはそれを誤解したらしい。

花風社が、ニキ・リンコが、自閉症を定義しようとしている、と脅威に感じたらしい。

バカらしい。そんなわけがない。
そんなことは私にできるわけがない。

ていうか天下の内山医師が定義しても
それを信じない人だっているかもしれない。
内山医師自身、他人が自閉症と診断した人に疑義を持つこともあるようだし。

「自閉症ってこんなもん」って
えらい研究者の間だって、必ずしも意見が一致しないでしょ?

香川大学石川元先生のアスペルガー論を読んだ事がありますか?
アスペルガーが最初、アスペルガー障害をどう記述していたか。
私はびっくりして腰を抜かしそうになりましたよ。

アスペルガー障害の定義だって
時代の要請によって変遷を経てきたのだ、という歴史的事実を知ったことは
ちょっぴり視野を広げてくれた気がする。

こういう混乱状況の中で
ていうか不勉強だから、そもそも混乱状況にいるということに気づいていないのかもしれないけど

私たちの広めている「自閉っ子観」に勝手に脅威を感じ
そしてそこにそぐわない自分たちが追い詰められているように感じる。

その結果私の人格攻撃に走る。

これこそが、認知の偏りゆえの八つ当たりじゃないかと私は思うけれども
昨今この醜態をさらしたのはYTだけではない。
皆さんもさんざん目撃してきましたね。

各自が手探りで自分の周囲を見つめ、勉強し
自閉症観を構築していくのは別にいいだろう。ていうか必要なことだろう。
目の前の子どもを理解するためにね。支援するためにね。

ただし自分の考えにそぐわない相手に対し
虚偽の情報を未確認で書いてはいけない。
それは他人の名誉を毀損する違法行為だ。

結局私たち夫婦はそろって謝罪も反省も求めなかった。

じゃあ何を望むかといわれて

きっちりと前科一犯にしてくださいと言った。

そうやって

自分とは違う障害観を持っている相手であっても
虚偽の情報を未確認で拡散してはいけないこと

それは他人の名誉を毀損することにつながること

これをきっちり自閉症の世界に伝えたい、と私は検察官に伝えた。

この事件が起訴に持ち込まれるかどうかは、自閉症の世界にとって大きなことなんです。
ただでさえ意見の違う人の人格攻撃までしていいと思っている人が多い世界なんです。
この事件が起訴されなければ、やりたい放題になるでしょう。

それだけまだ実態のわからない、混沌としている障害だから。

それが私が、検察に伝えたことだった。

今、発達障害者就労支援の限界が耳に入り始めている。

就労支援のかたちは変わっていかざるをえないだろう。

特別支援教育が始まって数年。
支援を受け、必要性が薄くなり
支援級から普通級へ移るというケースも増えるだろう。

そうやって「治っていく」人が増えるだろう。
「治った」と喜ぶ人が増えるだろう。

障害を言い訳にせず、自分で工夫を重ねながら
障害者としてではなく
一般人として生きる道を選ぶ人もいるだろう。

そしてその人たちを邪魔する権利は、誰にもない。

その人たちや、その人たちを応援する人たちを、気に食わないからといって誹謗中傷する権利は誰にもない。
それでもあえてするのなら最後まで責任を取ることだ。
訴訟を起こされても、恫喝だなどと泣き喚かずに。

これがこの裁判を通じて
私が自閉症の世界に送りたかったメッセージである。

さて、こうやってYTは起訴された。

今後の経過は、私のもとへは入ってくるようですけど
(そういう制度があるのだと、これまた弁護士の先生に教えていただきました)
私は今後、この人物の法的措置に関する新しい情報を外へ出す意図は一切ありません。

私がこの裁判を起こしたのは、ゴシップを提供するためではないから。

自閉症者でも、
他人の人権を蹂躙すれば、責任は生じる。
複数の医師の意見を経て、起訴された。
その情報が提供できた今、情報提供という側面で、私の使命は終わったと考えています。

障害者手帳を持っていようと、悪いことをすれば裁きを受けます。
それをわかってもらうことが、私たちの目的だったから。

そして現在子育て中の皆さんは、
そういうリスクを抱え込まないための教育を考えてください。
それが一番、自閉症に対する偏見をなくす近道です。
言葉狩りを重ねても、偏見はなくならない。
一番の近道は、自閉症者も社会(みんな)の中で生きていけることを、一人一人が証明することです。

あとの経過を知りたければご自由に調べてくださいませ。
私はYTの人権も重んじるつもりですから、皆さんに私からお知らせすることはありません。

そして最後に、藤家寛子さんが今度出版する本のあとがきにあたる部分の一部を引用させてもらいます。
こういう人たちの未来を守るために
こういう人たちが希望を抱いて生きていくことを誰にも邪魔させないために
私たち夫婦は民事提訴と刑事告訴をしました。
私たちなりの社会貢献でした。

そして、今後も必要とあれば法的措置は起こします。

相手が障害者であれ。
障害児の保護者であれ。

社会(みんな)の中に生きる存在である以上
平等な市民として扱い
誰かの人権を侵害していたら
平等に責任を問います。

これが私たちなりの障害者支援です。
それが私たちの考える「共存」です。

さて、藤家さんの名文。

すでに本場所中モードになって、朝早くから仕事していた私は
またほろっとしましたよ。

=====

  次世代の人たちへ


 私が発達障害という診断を受け、八年の歳月が流れた。
 以前と比べると、格段に情報がある今の世の中で、これから私たちは、ふたつの方向に別れていくだろう。
 あくまで、できないことを受け入れてもらいたいと思う人。
 一方で、私たちにも努力が必要で、自分の方から社会に寄り添っていく人。
 どちらが正しいとは言えないが、私は後者を選んだ。
 それは、これまでの人生の歩み方から導き出した答えだ。
 
 出歩く先々で、私のように回復した人はめずらしいと言われた。
 多くの事例を目にしてきているお医者様でさえ、稀なケースだとおっしゃった。
 でも、私はそう思わない。
 私のように回復する人は、いろんなところに存在していると思う。

 確かに、重い二次障害を乗り越え、社会に出て行くのはたやすいことではない。
 私も何度も挫折しそうになった。
 でも、それらを越えたときに感じる気持ちよさは、一瞬で過去の辛い記憶を吹き飛ばしてくれるのだ。
 その喜びを知っている人は、もっとたくさんいると思う。

 自分が頑張ることで、過去を帳消しにできるのだ。
 後ろを振り返って、目を背けたくなる出来事が多ければ多いほど、先の人生を歩んでいくのはしんどい。
 その荷おろしが自分でできることを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。
 そして、まっさらな未来を見て、希望をもって生きてほしい。
 
=====

さて、いよいよ明日は初場所初日。

大関稀勢の里の初日です。

いい席が取れました。
 
いってきます!

捜査

2012-01-07 11:07:36 | 日記
強制捜査の報告の電話を受けたのは、札幌のタクシーの中でだった。

そのまま宿泊ホテルのロビーで
刑事さんと話しつづけた。

数日前、早朝、YTの家に強制捜査に入り
通信機器そのほかを洗いざらい確保。
内部データから、犯行事実を確認。

これまでも「自分がやった」と自白をしていたが
それを裏付ける証拠が捜査によって手に入ったとのこと。

ほっ。
これで送検できるのだ。

その後、刑事さんは本人を署に呼び出した。
これまでは呼び出しても来ることはなかったが
何もかも証拠を持っていかれて、さすがにまずいと思ったのか、今度はやってきた。
本人からも、家族からも事情聴取を終えてわかったこと。

意外な事実だった。

YTも家族も語ったらしい。
「ニキと浅見が同一人物だと思ったことはない」と。

別人だということは、最初から知っていた。
詐欺など行っていないことは、最初から知っていた。

は?

ではなぜ犯行に及んだのか?
なぜ数々の嘘を書き続けたのか?

嫉妬か?
同じ自閉症者なのに、著作や講演で活躍しているニキ・リンコに対する嫉妬か?

違う。とYTは答えたという。

嫉妬ではなく、怒り。

なんに対する怒り?

自分と相容れない自閉症観を広めていること
それが広く受け入れられていること
そういうことに対する怒り。

その怒りを、ああいうかたちで表していたらしい。

そして心底、「まさか」訴えられるとは思っていなかったらしい。

訴えられたことに、とてもとてもびっくりしたらしい。
民事で訴えられたときも
最初に警察から電話がかかってきたときも。

そしてもちろん、令状を持った警察官が自宅に突然やってきたときも。

これが私には理解できない。
なぜそれほど甘ったれていられるのだろう?
他人の権利を侵害しておきながら、なぜ責任を免れると思っているのだろう?

同じように

無責任な発言をしておきながら、訴訟を恫喝ととらえるそらパパこと藤居学周辺の人々も理解できないし
私が聴講に行くと言っただけで講演を取りやめるのも理解できない。
そしてそういう藤居に同情を寄せ、それを「実害」と見なす人々も理解できない。

訴訟を持ち出されるのは、自分が招いたこと。
講演を取りやめるのは、自分の決断。

大人なら、社会人なら
自分の言葉に責任を持つのがあたりまえだろう。
未確認の想像を書き散らす。それが真実でなければ、ただちに違法行為だ。


自分の言葉を貫くために戦い抜くこともなく
言いっぱなしで
そして責任を問われると恫喝だと泣き喚く。あるいは死んだふり。

こういう人々の心情が、私にはまったく理解できない。
ただただ、卑怯だとしか感じない。
障害者であるとか、障害者の親であるという事実を盾に、甘えている。

YTも同じだったのだろう。
どれだけ嘘を書き散らしても、許されると思っていたのだ。
自分は障害者だから。
そして私たちの広める自閉症観が気に食わないから。


刑事さんが、YTと語った様子を教えてくれる。
非常にうまく話を聞きだしている。言い方は変かもしれないが「なつかれて」さえいる。
それを聞きながら思った。

「ああ、この人は本当に自閉症者への対応がうまいなあ」。

奇跡のように
この事件に、ぴったりの人材だった。
やはり私の悪運は強いらしい。

ただし
自閉症者との対話に長けていることが
YTにとっていいことだったのか悪いことだったのかわからない。

あまり書くと差しさわりがあるかもしれないのでたとえ話にしておくが

民事のときも、YTは敗訴という結果にびっくりしたらしい。

流れはあきらかに、YTの敗訴だったのだけれど。
荒唐無稽な言い分も、甘ったれた要求も、まるで受け入れられないまま裁判は終わったのだけれど。

それでもYTはびっくりしたらしい。
なぜか?

私は一度も法廷に行っていないが
弁護士の先生はこう言っていた。
「裁判官はとても扱いがうまかった」

傍聴に行った臨床心理士の人はこう言っていた。
「あれではYTは、裁判官が自分の味方だと思ったかもしれない」

私は友だち原理主義者ではないので

社会性=誰とでも仲良く

だとは思っていない。

社会性=敵と味方が見分けられる

のほうが近いと思っている。

その見分けができないのが、哀れである。

そして
これが自閉症の大変なところなのだ。

だからこそ、事件に巻き込まれることは決定的に不利なのだ。

加害者としても。被害者としても。

そしてだからこそ

早い段階からの遵法教育が必要なのだ。

ところが、保護者や支援者が自分たちの法的責任を自覚せず

無責任な発言をし、それを周囲がはやしたて
訴訟を持ち出されると脅しだと集団で騒いでいるような無知蒙昧な状態では

ましてや大学病院の医師がそれに悪乗りし、その情報を匿名で拡散し
実名ではよりによってペアレントメンター(笑)の本を出しているような未熟な段階では

子どもに遵法教育ができるわけがない。

それが心配だから私は民事裁判については本に書き




今回の刑事告訴の経緯については
このブログで経緯を詳らかに書いているわけです。

さて、次回がいよいよ最後。
起訴までです。

令状

2012-01-07 07:17:55 | 日記
いよいよ令状請求するときになって
刑事さんが私を署に呼んだ。

書類を見せてくださった。

その量に私は圧倒された。

皆さん、警察っていうところは仕事してますよ~。

別に大事件ではない。人が死んでいるわけではない。
それでも書類は数十センチに積みあがっていた。

私たち一般市民はふつう、身柄を拘束されない。
家の中を捜索されない。
なんの権利もなくそんなことをされたら人権侵害だ。

公権力が必要上そういう行為を行うときには令状を請求する。
そのための書類がこれほどに積みあがることに私は驚愕した。

私たちが出したパスポートのコピー。
警察はここで終わらせていなかった。
ちゃんと外務省に裏を取っていた。
外務省がたしかに発行した正式のパスポートであると書類を出していた。

なるほど、そこまでやるのか。

「そらまめ式」のブログのプリントアウトが数センチ分。

宮本晋ことベムが千葉県発達障害者支援センターに出した迷惑メール。

そういうものも資料の一部だった。
こういう類似の発言をする人物が同一人物か
あるいは悪乗りの部類なのか見分けるのだという。

宮本の迷惑メールは、千葉県まで刑事さんが任意の提出を求めに出かけた。

任意で警察に協力し、メールを提出したセンターに、宮本は「訴えてやる!」と息巻いたのだという。
私も直接、ご担当の方に確認して、センターが訴えられる筋合いはない、文句があるなら私に言えと宮本晋に伝えてくださいとお願いした。
宮本からは、いまだに連絡はない。きっと別に、文句はないのだろう。ただ支援センターに甘ったれただけなのだろう。

それにしても。
宮本によると「訴えてやる」は「恫喝」ではなかったのだろうか。
先日も辻井先生にあてたコメントの中で
「ブログをやっていると代替医療業者から恫喝訴訟を持ち出される」とか書いていた。
宮本は別に自閉症関連情報に関しては特別な知的活動を行わず、ただ8次情報9次情報を並べ立てるだけなんだけど、
それでもいっぱしの論客きどりだからね。

他の人が訴えてやると言うと恫喝で、警察に任意で協力したよき市民を訴えると息巻く。
なんてすてきなダブルスタンダード(棒)。
私は一部の障害児保護者に見られる、こういうダブルスタンダードに甘えを見いだし、うんざりするのだ。
皆さん、こういうのって、確実に障害児の家族に対する偏見にむしろ寄与していますよ。
だってこういう人たちがいくら啓発に乗り出しても、全然説得力ないもんね。

まあともかく

刑事さんが類似行為としてこういう資料を添付するということは

やはり藤居宮本のやったことは民事だけではなく刑事訴追に相当するのだろうか。
私はこの事件が決着したら、そちらの可能性を追求してもいいなと思った。
幸い時効はまだ始まっていない。

法律に暗い人たちのために説明しておくと
いくら死んだふりをしようと
未確認の虚偽の情報をウェブ上にアップしておく限り時効は始まらない。
時効は三年なので
今日消去すれば今日から三年後まで告訴される可能性がある。
明日消去すれば明日から三年後まで告訴される可能性がある。
いつまでも消さなければいつまでも告訴される可能性がある。

藤居学がどこかにインチキブログへのリンクをまとめていたし、便利かも。
沼地やごんぼほったのところにもあそこから入っていけるなあ、たしか。一網打尽にできそう。
そして名大吉川徹はそれを一生懸命宣伝していた。
それを名大病院に知らせてもいいかもしれない。
白くま母さんが、文系の学部と違い、医学部は外部からの抗議に敏感に反応すると教えてくれた。
これまでのことを書面にまとめて報告すれば
返事くらいは来るのかもしれない。

改めて言っておくがこれは恫喝ではない。
自分の身を守るために交渉すること、訴訟を起こすことは国民に与えられた権利である。
未確認かつ虚偽の内容をアップしておく限り、そしてそれに協力する限り、職場に通報されたり、告訴される可能性はある。糾弾される可能性はある。
それをいつでも覚悟の上やればいい。

もっとも、敵ばかりではなかった。
内山医師をしのぐ高名な医師(脳みそ寄りの先生)からの意見書も刑事さんの尽力で入手されていた。
私の面識のある方ではない。お仕事を一緒にしたことはもちろんない。
遠くからいつも、お仕事は敬意をもって拝見しているが。
ご多忙な中をおして、この事件に関心を寄せてくださった。
アスペルガーの人には法を守る能力があると確信されている先生だということだった。当たり前だが。
今は立場上ご挨拶できないが
こちらも決着がついたら、ご挨拶に行きたい。

一時は放っておかれた感のあった告訴状だけれども

警察がこれだけ動いてくれたこと
プロバイダーや外務省やそのほか、民間の個人では到底動かすことのできないところを動かしてくれたことに感動した。
仕事といえばそれまでなのかもしれないが。
刑事さんは、私がこれまで仕事上で会った多くの人々と同じように
自分の仕事をきっちりやりとげる人のようだった。

そして、自分もそういう仕事熱心な方だからかもしれないが

あるいは資料となった「そらまめ式」にインスパイアされたのか(?)

八重洲ブックセンター本店で大地君の「ぼく、アスペルガーかもしれない。」を買って読んだとおっしゃる。
「大地君いいですね大地君」
「そうなんです。今作っている本もいいんですよ。大地君はね、社会(みんな)の中で生きていく決心をしたんです。YTとか、その類似ブログをやっている連中は、あくまで弱者の立場にすがりつきたい人たちなんですよ。そして、努力している自閉症者が気に入らないんです。自分たちの権利を侵害すると誤解しているようです。
こういう輩が大地君たちのような頑張りやの邪魔をする。発達障害の世界のそういう風潮を変えたいんです。だから、YTを前科一犯にすることは、自閉症の世界にとって重要なことなんです」

お礼を言って、警察署を出た。
花畑牧場でソフトクリームを食べて家路についた。
食べなくても気分は上々だったけどね。