平らな深み、緩やかな時間

38.『カイユボット展』について

12月も、あわただしく過ぎようとしています。
今日(28日)ブリヂストン美術館に『カイユボット展』を見に行きました。
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/exhibitions/
カイユボット(Gustave Caillebotte、1848 - 1894)の作品は、これまでも断片的に見たことがありますが、あまりぱっとしない印象でした。今回も、あまり期待せずに見に行ったのですが、これが意外と楽しめました。

カイユボットは印象派の画家ですが、日本でそれほど親しまれている画家ではありません。「日本初の回顧展」とチラシにも書いてあるぐらいですから、大規模な展覧会はこれが初めて、ということなのでしょう。カイユボットは45歳の若さで亡くなりましたが、その生涯は恵まれたものでした。裕福な家に生まれ、絵を勉強しましたが、職業画家になる必要はありませんでした。むしろ印象派の仲間の絵を買って、その生活を支えた支援者であり、そのコレクションを後に国に寄贈したそうです。家族との関係も良好だったようで、とくに音楽家でもあり、写真が趣味だった弟とは行動をともにすることが多く、今回の展覧会でも、その弟の写真が資料として展示されていました。
これらのことからわかることは、要するに芸術家のイメージにありがちな、貧困に苦しんだとか、激情的な、もしくは偏屈な性格で周囲を困らせたとか、そういうことがいっさいなかった人だ、ということです。カイユボットは作品もていねいに仕上げられたものが多く、誠実な人柄を感じさせます。しかし古典的な写実と印象派の手法が入り混じったような作風で、全体としてみると地味な印象です。このような画家の展覧会が企画されたというのは、ある意味では印象派の絵に関しする鑑賞の成熟度が上がっている、ということなのでしょう。印象派と言えばモネ(Claude Monet, 1840 - 1926)の睡蓮やルノワール(Pierre-Auguste Renoir、 1841 - 1919)の女性像ばかり、では困ってしまいますから、これは喜ばしいことでしょう。
しかし、このような地味な画家の展覧会を企画する、というのは、それなりに苦労もあるのでしょう。正直に言って、作品がどれも興味深いというわけにはいきません。モネのように才気走った色づかいもありませんし、ドガ(Edgar Degas 、1834 - 1917)のように鋭いデッサン力があるわけでもありません。それにもかかわらず展覧会を楽しめたのは、当時のパリやその近郊の生活が、会場全体から沸き起こってくるように感じられたからです。カイユボット自身、かなりジャーナリスティックな意識を持った画家だったようで、街角の労働者をモチーフにした作品などもあり、それが作品の世界を広げています。また、企画者の工夫として、先ほど書いたように弟の撮影した写真資料を展示したり、カイユボットゆかりのパリの風景がビジュアルにわかる装置があったり、などとなかなかがんばっていました。
すこしまえに、NHK教育の番組『日曜美術館』でフランス文学者の鹿島茂(1949 - )が、変貌する時代のパリを描いた画家としてカイユボットを評価していましたが、なるほど、と思いました。実は番組を見たときは半信半疑の思いだったのですが、実際に会場で作品に囲まれると納得できました。やはり、本物の作品を見ることは大切ですね。
それから、私が会場でふと思ったことは、プルースト(Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871 - 1922)の『失われた時を求めて』の世界を視覚的に表すと、こんな感じなのだろうか、ということです。カイユボットの方がプルーストよりも20歳とすこし年長のようですから、若き日のプルーストはカイユボットの描いたパリの街並みを見ていたことでしょう。それから、夫婦らしい男女が新聞や本を読んでいたり、若い男がピアノを弾いていたりしている室内の情景は、どこかブルジョワジーらしい雰囲気を感じさせます。同時代の印象派の絵をたくさん見てきたはずなのに、こんなふうに感じたのははじめてです。なぜでしょうか、不思議です。ただ、そうはいってもカイユボットの生活はプルースト的な世界と比べると、ずいぶんと健康的でした。ボート競技にいれこんだり、大きな庭園で庭いじりをしたり・・・、コルクの部屋にこもったプルーストとは大いに異なります。ということで、もしかしたら、私の思いは的外れだったのかもしれません。たぶん、私と同様のことを感じた方で、当時の事情についてもっと詳しい方が、きっといらっしゃることと思います。感想を聞いてみたいですね。

さて、2013年も終わります。
来年は、もう少し会期の早いタイミングで展覧会に行きたいものです。

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