平らな深み、緩やかな時間

67.「中西夏之 works on paper 2009-2014」「藤井 博  知覚現実 - 視覚性 - 絵画 」

http://gallery21yo-j.com/
http://www.spc.ne.jp/
年が明けて、1か月が過ぎました。
年の初めを飾る展覧会をいくつか見ましたが、いかんせん、じっくりとものを考えたり、文章を書いたりする時間がありません。しかし、この二つの展覧会は、何とか書き留めておきたいと思いました。

「中西夏之 works on paper 2009-2014」/gallery21yo-j
中西夏之(1935 - )の、紙の上に鉛筆や水彩絵の具で描かれた作品が展示されています。私が予想していたよりも、作品の点数が多くてうれしくなりました。
絵のすみに日付が付されていますが、そこから読み取ると、一日に数枚の作品が描かれることもあるようです。そして、描かれた時期が近い作品は、基本的に同じ構造をしています。例えば、ぐるぐると旋回する線によって大きな円を描く、というシンプルな構造が、時期を同じくした数点の作品の中で見られる、といった具合です。画廊の方の話では、これらの作品は見た目の構造ばかりでなく、描く手順もある程度決まっているとのことです。つまり同じ構造の絵を同じ手順で描いているのですが、出来上がった作品はどれも違っていて、それが単なるヴァリエーションの違いとは言えない豊かさを感じさせます。同じ制作行為を繰り返しながら、そこで経験され、表現されるものはひとつとして同じものにはならない、というところがとても興味深いと思います。おそらく作家は、そんな表現行為の繰り返しの中で、絵画への思考を深めていったのでしょう。油絵の作品に比べると、作品に対する気構えが少ない分だけ、中西夏之の生な思考や感性が作品からにじみ出ているように思います。
例えば、鉛筆による描線はあくまでも紙の上をすべるように進んでいきます。紙の感触、抵抗感をヴィヴィッドに感じながら、鉛筆を走らせる画家の姿が目に浮かびます。それに比べると、水彩絵の具による色彩は、紙の上で広がっていくような感じがします。すべっていく線と、広がっていく色彩と、紙の上で不思議な奥行きを生み出しています。それは奥へ、奥へと深く進行していく遠近法的な奥行きではなくて、横にすべり、広がっていくような平面的な奥行きです。それが絵画に独自な表現であることは言うまでもありません。
それにしても、このように似た構造の絵、平たく言えば同じような絵が並んでいるのに、なぜ私は見飽きることもなく、ついつい眺め続けてしまうのでしょう。絵のそばに寄って見れば、たよりない線や筆致が漂っているだけです。それが少し離れてみると、ざわざわとうごめきだし、新鮮で、そしていくぶん厳密な感じがしてくるのです。その厳密さは油絵のような、身構えてしまうような厳密さではありませんが、しかしそこには、確かに何かを推し量るようなものがあります。
もしもそんなことを疑問に持った方がいたならば、今回の作品を収録した画廊の発行する小冊子を見てみてください。テキストを書いているのは林道郎(1959 - )です。散文詩のような文章ですが、中西夏之が「絵画」を通してどのように「世界」と向き合い、(自分という)「存在」について考えているのか、その一端がわかります。思索的な現代美術家はたくさんいますし、真摯に「世界」と向き合い、「存在」について深く考えている作家もいますが、中西夏之のように正面から「絵画」と対峙している人は、なかなかいません。そんなことを私たちに気づかせてくれる林の文章の一節を、引用してみます。

生きるということにまつわる重苦しさ、否応のないその重力に対して絵は、中西の絵のような絵は、世界の、別の測量法を示唆してくれる。そういう教えが彼の絵からはやってくる。「わたし」が括弧にいれられることで見えてくる可能性。

だが、間違えてはいけないのは、この別の測量法が、現実の重力からの逃避を意味しているのではないことだ。彼の絵が、重力の司る世界から、かぼそい力で持ち上げられ、かろうじてそこに立っていることに目を凝らそう。彼の絵は、世界からの逃避ではなくて、世界の只中にあって世界を別の仕方で見る可能性があるという「教え」を、その佇立から正確に放射してくる。
(「測量の教え/中西夏之 works on paper 2009-2014」林道郎 p31)


「藤井 博  知覚現実 - 視覚性 - 絵画 」/SPC GALLERY
藤井博(1942 - )の作品を見るのは久しぶりかもしれません。以前に「アートプログラム青梅2012」で作品を見た時のことを、このblogで書きました。
久しぶりの展示のせいか、作品が画廊の廊下にまで、あふれだしているようです。
私がビルの入り口から入ると、画廊の階段を上るところから、藤井さんの声が聞こえてきてきました。画廊の下の廊下で、作品を何点も並べて誰かと何やら講評をしています。夢中になっていて、私が後ろにしばらく立っていても気がつかない様子でしたが、実は美術家の田中恭子さんと展示できなかった作品について話しあっていたのです。それだけ制作した作品が、たまっていたのでしょうね。
さて、作品は紙の作品もあれば、油絵の作品もありましたが、どれも基本的な構造や考え方は同じです。作品は多層的な構造をしていて、表層の部分を断片的にずらすことで、平面作品でありながらも重層的な構造が見えてくる、というものです。少し前の作品では、表層に具象的な形が描かれていましたが、今回はそれが抽象的な形象に変わっていました。しかし、作品の構造そのものは変わっていないので大きな変化という感じはしません。むしろ具象的な形から離れたことで、作家にとって試してみたいこと、確かめてみたいことがあふれ出ているようで、今回展示されている作品だけでも、個展が三回ぐらいできそうなくらい、ぱっと見たところ、変化に富んでいました。
そのなかで、もっともシンプルなものは紙の作品で、重ねられた紙の上層部分を切り取り、その断片をずらして貼りなおす、というものです。いわば表現の基本的な構造だけでできているような作品で、藤井の展覧会では、このような作品がしばしば展示されます。
次に展覧会の案内状の写真になっているような、表層がミニマルな筆致や色だけでできた作品があります。もしかしたら、現代美術の作品を見慣れた目からすると、このあたりがもっとも受け入れやすいのかもしれません。作品の表層をずらす、という構造がわかりやすく、ミニマル・アートの絵画以降、絵画の新たな可能性について否定的に考えている方がいたら、これらの作品をご覧になるとよいと思います。もちろん、藤井博という作家は、「ミニマル・アートの絵画以降・・・」などという状況的なことを考えて制作しているわけではありませんが、そういう視点から見ても十分に興味深い、ということです。
さらに、表層にかなり複雑な、抽象的な形象が描かれている作品があります。これらの作品については、画面の一部分だけを見ても十分に作品として成立しているように見えますし、また、断片的に層をずらすという構造がなくても、絵画として鑑賞できるだけの内容を持っています。よく言えば盛りだくさんであり、悪く言えば作品として見づらいということになるでしょう。ここで、彼の作品に対する好悪が分かれるのかもしれません。作家によっては、鑑賞者に受け入れられやすい表現を優先する、という選択をするのかもしれませんし、そういう作家を好む人も多いと思います。しかし藤井は、自らの作品の基本的な構造からはずれるようなことはしません。なぜなら、彼にとって基本的な作品構造は、単に制作のための操作ではなくて、ものの見方、認識の仕方に関わることだからです。もちろん、彼の絵は単なるコラージュではありません。今回の展覧会のタイトルにあるように、「知覚現実」をどうとらえるのか、ということが作品の重層性と深くかかわっているのです。かれは以前、「もの」をつかって現実の異なる層を私たちに見せてくれていましたが、現在では「視覚性」、「絵画」とつながっていくところで制作を続けています。というよりも、彼の問題意識の中には、絵画と繋がるものがどこかにあったのかもしれません。そのことも、私にとっては興味深いところです。

中西夏之にしても、藤井博にしても、絵画表現が彼らの知覚する「世界」と深く結びついているということに、深く共感をおぼえると同時に、「絵画」というものの面白さを感じます。だからこそ、制作に際しては、世界との接し方、つまり基本的な構造が必要なのです。これはシステマティックに絵画を制作することとは、まったく異なります。いかに生きいきと世界と接するのか、が重要なので、たんにシステムにのっとって制作する、文法通りに制作する画家たちとは、まったく意識が異なるのです。真摯に「世界」と向き合うことはしんどいことなので、どうしても制作をガイドするシステムを作りたくなります。作品が基本的な構造を持つことと、システマティックに描くこととは、制作手順だけを見れば似て見えますが、本質的な違いがあります。私自身、そこのところをごちゃまぜにして絵を見たり、描いたりしていないだろうか、とつい反省してしまいます。いちばん重要なことから逃げているのではないか、と・・・。
もう少し、うまく言葉にしたいところですが、とりあえず今日はこんなところで・・・。

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