♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(6)

2016年01月19日 17時12分40秒 | 暇つぶし
                   
5年の歳月は瞬く間に流れた。
 一人息子の小竹 正晴は和久の年季を知って、血の滲むような精進をし、和久もまた労を惜しむ事無く、先代の教えのままに正晴を鍛えた。
 先代の血を受け継いだ正晴は、精進のかいも有って瞬く間に先輩達を超え、和久の後を継いで太閤楼の料理長に就任した。
 和久が退社する前日、麗子に呼ばれて社長室に行くと、麗子と正晴が応接椅子に座って待っていた! 正晴は立ち上がって和久に頭を下げ、和久に座るよう勧めた……麗子の前に座った和久。
 麗子は、寂しそうに和久を見詰めている。
「和さん、いよいよやねぇ……長い間ご苦労さんでした! 正晴の事もありがとう。 それから此れは、あんたが来てからのお給料です! 食を探しての旅に出るのなら、住所が必要になる時が有る! 落ち着く先が見つかるまで、此処の住所を使いなさい! 何か有ったら何時でも戻って来るのやでっ……あんたの家なんやから……」
 和久を労った麗子は、通帳と印鑑、それに保険証を手渡した。
「女将さん、何から何までありがとうございます。 何と言って良いのか分かりません……大恩が有るのに、勝手を許して頂いて申し訳ございません」
 やっとの思いで、此れだけを言った。
「兄さん、ありがとうございました! まだ自信は有りませんが、親父と兄さんが守って来た太閤楼の調理場を守って行きます」
「正、お前なら大丈夫や! そやけど大任やから精進してなっ。 何か有ったら何時でも知らせてなっ……わしに出来る事なら何でもするからなっ!」
 実の弟を励ますように言う和久。
 最後の調理が終った後、和久は慣れ親しんだ持ち場を磨き上げ、正晴を誘って居酒屋のオバちゃんを訪ねた……10時過ぎだが、店内に客の姿が無い。
「おおっ和、来たか! 待っていたでっ、此処に座り!」
 いかにも待ちかねて居た様な、オバちゃんの笑顔である。
「オバちゃんお客は?」
 心配顔をして問い掛ける和久。
「お母ちゃんなぁ、和さんが来るからみんな10時で帰らした……」
 笑いながら説明する明美。
「無茶しよるなぁオバちゃんは……」
 そう言いながらも、和久はオバちゃんの気持ちが嬉しかった。
「オバちゃん、太閤楼の料理長です!」
 椅子から立ち上がり、嬉しそうに正晴を紹介した和久。
「おおっ、あんたが先代の息子さんか! 親父さんより男前や!」
 正晴を見詰め、目を細めるオバちゃん。
「小竹 正晴です! 親父や兄さんと同じように、宜しくおねがいします」
 立ち上がって頭を下げ、自己紹介をする正晴。
「こっちこそ、よろしゅうなっ……これは娘の明美です」
 紹介された明美は、微笑みながら頭を下げた。
「明美、あんたも座りなはれ! 和の門出を祝って宴会や!」
 寂しさを隠すように、はしゃいでみせる女将。
 出された料理に箸を付けた正晴は、料理を見詰めている。
「美味い! 親父や兄さんが通って来たのが分かります……兄さん、世の中には凄い人が居るものですねっ、良い勉強になります」
 正晴の言葉を聞いて、改めて安心した和久。
「正! それ以上言うな、オバちゃんが泣きだすから……」
 女将を見ると、下を向いて目を拭っている。
「おおきに正晴! 先代も喜んでいるわ……よう精進したなぁ、和! ようやった! ようやった!」
 目頭を拭い、心底から喜ぶオバちゃん。
 女将を見た和久は、ゆっくりと立ち上がった。
「オバちゃん、明美ちゃん、長い間ありがとうございました! 明日出掛けます。 正晴の事よろしくおねがいします……正、女将さんにも相談が出来ん事が起こったら、オバちゃんに相談したらええからなっ!」
 そう言って、深々と頭を下げた和久。
「はい! 小母さん明美さん、よろしくおねがいします!」
 立ち上がった正晴も、深々と頭を下げた。
 二人の言葉に感極まった女将。
「うんうん、おおきに……こんなオバはんに、ありがとうなっ……」
 女将の言葉に、明美も涙ぐんでいる。
 別れの時が来て、二人が出掛かった。
「和、よう精進した! 気を付けて行くのやでっ!」
 和久の手を握り締めた女将! 温かい優しい手であった。
「オバちゃんも体を大事になっ! 行って来ます」
 握り返した和久の目から、光るものが落ちた。

小説らしき読み物!(5)

2016年01月19日 09時36分54秒 | 暇つぶし
                    
閉店時間が迫って来ると、一人二人と客が帰り始め、店内には和久が一人になった。 
和久が立ち掛けるのを見た女将。
「和、ちょっと待っとき直ぐに終るから……明美、暖簾を入れて閉めなはれ」
 明美に言って、調理場を片付ける女将! 片付けが終った女将はカウンターの中の椅子に腰を下ろした。
 明美は和久から少し離れた椅子に腰を下ろしている。
「和、どうしたのや? 料亭の料理に悩んでいるのか?」
 和久の心中を見透かしたように聞く女将。
「オバちゃん……」
 それだけ言うと黙ってしまった。
「和、お前幾つに成った?」
 突然、和久の歳を聞いて来た。
「はい、28に成りました」
「そうか、あれから10年か! 早いものやなぁ……初めて此処に入って来て(オバちゃん何か食べさせて下さい! お金は無いけど、その分働かせて下さい!)そう言うた子が、今や日本一の料亭太閤楼の料理長か! 和、よう精進したなぁ……先代の目に狂いは無かった! その時店に来ていた先代が(幾つや、何処から来た、両親は知っているのか?)と聞いたら、お前は小さな声で(18です、九州から来ました。 二人とも亡くなって……お金を落として)そう言うたなぁ……」
 女将は当時の事を、懐かしそうに話す。
「話を聞いた先代が、わしの目を見て合図した! わしが直ぐに、ご飯とおかずを出したら(オバちゃん先に仕事を!)そう言うて手を付けんかった。 そしたら先代が(ええから食べ! 仕事はそれからや!)と言うた! それでもお前は箸を取らん。 わしが、腹が減っては働けん、先に食べ! と言うた!  そしたら、やっと食べたなぁ……美味い、美味い、言うてなぁ……食べ終わって、溜まっていた食器を一生懸命に洗ってくれた……その仕事振りを見た先代が、小さな声で(この子を試してみよう)そう言うた。 椅子に座ったお前に(何が美味かった?)そう聞いたら(はい、大根の煮付が! 魚と一緒に食べているようで美味かったです)お前がそう答えた……次に井戸水を出したら一口飲んで(美味しい、そして甘い!)そうお前が答えた。 それを聞いた先代が嬉しそうに(そうか! 水が甘いか……そうか、そうか、水が甘いか!)そう言って喜んでいた。 そしてお前を太閤楼に連れて帰った! あれから10年か、早いものやなぁ……」
 女将は感慨深げに言った。
「和、先代が亡くなる前に来てなぁ(女将、和久が相談に来たら宜しゅう頼むわ)そう、言い残した! 後5年だけお礼奉公をしなはれ、先代の一人息子も給料取りを辞めて、太閤楼で見習いをしとる……先代に代わって一人前にしてからや!」
 そこまで気を使ってくれていた先代に、万分の一でも恩返しが出来ればと、女将の言葉に従う和久。