♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(19)

2016年01月25日 15時28分40秒 | 暇つぶし
                    
 「和さん、あんた何者だ! この寿司の酢飯と言い、此のつゆと言い、並みの料理人に出来る代物ではない!」
 真顔で言い、武夫妻に同意を求める様に視線を送った源三。
「味の魔術師か! 和さんは、大阪太閤楼の前料理長! 霧野 和久さんでしょう……」
 武は風呂で名前を聞き、集めていた雑誌や新聞の切り抜きを調べたと言う。
 武の問い掛けに、武を見て笑みを浮かべ、目を閉じて頷いた和久。
「そうだったのか! もう少し早くに会いたかったのう……」
 二人の会話を聞いていた源三は溜め息混じりに言い、朝霧を手放して、娘夫婦の所に行く事を話した……そして朝霧が、源三の思惑通りの金額では買い手が付かない事も……此の朝霧を開店した時に、描いた夢が実現していない事も話した源三。
 源三の話が終り、少しの沈黙が流れた。
「源三さん其れまでには、まだ半年以上ある……此れから観光シーズンに入り観光客が来る! これ程美味い猪鍋と押し寿司が有るのだから、朝霧を再開してはどうですか?」
 武の提案を聞いて頷いている加代。
「私もそう思います! 此れほど美味しいお料理は初めて頂きました! 源三さん、そうされては?」
 二人の話に、暫く考え込んだ源三。
「うん! だがのう、此の味は和さんが作った物だから……それに、わし一人では如何にもならんよ……」
 源三は、ちらっと和久を見て武と加代に言った。
「大丈夫だと思いますよ! 其のつもりで私達に、御馳走してくれたのだと思いますよ、ねっ和さん!」
 和久に確かめる様に問い掛ける武。
「流石は武さんですねっ、何もかもお見通しか! 小父さん、出来るか出来ないか分かりませんが、遣るだけ遣って見ませんか? お手伝いさせて頂けませんか……」
 負担の掛からない言い回しで、源三に頼む和久。
 話が決まり、山女の塩焼きを食べながら、再開店の計画を話し合う四人……尽きぬ話の中、加代には和久の部屋で寝て貰い、三人は飲み明かした。
 翌日から数日間掛けて、源三の幼馴染である女性数人に手伝いを頼み、店や周りの掃除をして看板も書き直した……また、村長や里の人を招待しての試食会も済まし、朝霧は再開店をした。
 湖の側に有る広大な駐車場の一角に、農産物の販売所も立てられ、観光シーズンに備えての準備が整った朝霧の里。
 そして、源三達の思惑も当たり、桜が開花し始めた頃から来店客が増え出し、紅葉の季節が終わりを告げるまで、朝霧は大繁盛の日々を送ったのである。
 最後の日を終えた和久と源三は風呂から帰り、囲炉裏の側で飲みながら、お互いを労った。
「和さん、有難う! あんたのお陰で長年の夢が叶ったよ……和さん、わしの願いを聞いてくれんか?」
 立ち上がった源三は自分の部屋に行き、大きめの封筒を持って来て和久に渡した。
「朝霧の権利書じゃ! 何も言わずに受け取ってくれんか! それから利益の半分を……」
 渡された権利書を見ると、名義が和久に変えられている。
 礼を尽くしてくれる源三に感謝する和久。
「小父さん、有難う御座います……お言葉に甘えさせて頂き、権利書だけ頂きます」
 和久は源三の礼に答えて、権利書だけを受け取った……それでも執拗に、利益を渡そうとした源三だったが、最後には和久の説得に従った。
 診療が終って武夫妻が来たのは、それから間もなくしてだった……四人は思い出話に花を咲かせ、別れの前夜を語り明かした。

小説らしき読み物(18)

2016年01月25日 09時22分08秒 | 暇つぶし
                   
 朝霧に帰って来た和久は、囲炉裏の側で酒を飲んでいる源三に会釈する。
「良い温泉でした! 先生は後でお邪魔するから、小父さんに宜しくと言っていました」
「そうか、先生と会えたか! 和さん、冷蔵庫にビールが冷えているよ」
 冷蔵庫からビールを取り出した和久は、源三が座っている囲炉裏の正面に座って飲み出した。
「此れ摘みだ! 葉ワサビを漬けた物だが……」
 自分の前に置いていた摘みを、器のまま和久に手渡した源三。
 摘みを一口食べた和久は目を細めた。
「美味い! 小父さん此れは良いですねっ……ところで、思う所が有って休業していると言われましたが……」
 休業している訳が気に成り、問い掛けた和久。
「うん、実はなあ……ソバつゆが気に成ってなあ……」
 困り果てた様な顔をして言った源三は、コップのビールを飲み干した。
「小父さん、ソバを食べさせて頂けませんか?」
 和久に催促された源三は、ソバを切って茹で始め、つゆと薬味を和久の前に置いた。
 置かれたつゆの味見をした和久は、囲炉裏の炭を整えながら、茹で上がるのを黙って待っている。
 茹で上がった麺を水で洗い、ざるに盛り付けて持って来た源三。
「和さん、出来たよ! 食べて見てくれ……」
 薬味を入れて食べた和久は、小さく頷いて源三を見た。
 心配そうに和久を見ている源三に会釈した和久は、源三に許しを得て調理場につゆを持って行く。
 何度も味見をしながら、出来たつゆを器に移して冷やした。
 源三は米の炊き上がりを確かめ、囲炉裏の自在鉤に掛けられている鉄鍋の蓋を取って、味を確かめている。
「小父さん、飯はどうしましか?」
「そうだなっ、握り飯にでもするか!」
 源三の返事を聞いた和久。
「小父さん、私に任せて頂けますか?」
 和久は源三の返事を待って寿司酢を調合し、先程食べた葉ワサビの漬物を使った押し寿司を作った。
 源三は再び鉄鍋の蓋を取り、猪鍋の味を見ている。
「和さん、出来たぞ!」
 満足そうな顔付きで和久を見て、丼に入れて手渡した。
「美味い!」
 一口食べた和久は、何とも言えない味付けに満足した。
 暫く食べて飲んでいると、車の停まる音がして話声が近付いて来る……其の声が止んだかと思うと、引き戸が開いて武と女性が入って来た。
「先生、奥さん……どうぞ上がって下さい!」
 二人を見た源三は、笑みを浮かべて手招きをする。
 居間に上がった武夫妻は、囲炉裏の側で会釈して座った。
「源三さん、お言葉に甘えて来ました! 此れは貰いものですが……」
 提げて来た酒を源三に渡した武。
 其々の紹介が済み、囲炉裏の周りに座って乾杯をする。
 源三は、用意していた山女の串刺しを火の周りに刺して、ソバを切り茹で出した
 和久もまた、作った寿司を切り、作り直したつゆを皆の前に置いた。
 武と妻の『加代』は猪鍋を食べながら、笑顔で話している。
 加代は武より五歳年下で、夕子と同じ三十三歳であり、小柄だが笑顔が可愛い美人である……余り酒が飲めないと言う加代は、猪鍋を食べた後で押し寿司を食べた。
「美味しい!」
 加代の一言を聞いた源三は、茹で上がったそばを水で洗い、ざるに盛り付けて皆の前に置き、押し寿司を食べた。
 それを見ていた武も、飲んでいたグラスを置いて食べ始めた。
「美味い! こんなに美味い寿司は始めてだ!」
 絶賛して源三を見た武……源三は無言で味を噛み締めている。
 二人が食べるのを見た加代は、つゆに薬味を入れてソバを食べ始めた……だが何も言わずに、盛り付けられていたそばを食べてしまった。
「美味しい……」
 ぽつりと言い、放心した様に溜め息を吐いている加代。
 加代の様子を見た武と源三もソバを食べ、黙って猪鍋を食べている和久を見ている。
 二人の視線を感じている和久は丼を置き、火の回りに刺されている山女の串刺しを返し始めた。
 食べ終わり、つゆの味見をして和久を見詰める源三。