
翌日、朝風呂に入り食事に行くと、昨夜の仲居が立っている……和久が挨拶をすると、ニッコリ微笑んで挨拶を返して来た。
「今日は七十人の宴会が入って大変ですよ! 以前からの大切なお客様で、主催の社長様は、大変な食通らしいのです……あっ霧野様のお席はこちらです!ごゆっくりお召し上がりください」
案内され食事を済ませた和久は、散歩がてらに、部屋から見えていた海岸の方へ歩いて行く。
昼近くまで、のんびりと過ごした和久は、旅館に帰ろうとして商店街を通り抜けようとした……何気なく歩いていたら商店街の一角に『めし』とぶっきらぼうに書かれた看板を見つけ、中を覘いて見ると客で埋まっている。
気を引かれた和久は店に入った。
「いらっしゃい! 同席で良ければ此方にどうぞ!」
大阪の明美に似た、元気の良い娘が席を取ってくれた。
「お客さん、昼は定食しか有りませんが良いですか?」
明るく元気の良い問い掛けに、定食を頼み店内を見回した。
厨房には中年の女性が三人居て調理をしている……客は五十人ほどで、来た時には居なかったが、店の外に十人ほどが並んでいた。
食べている客は、満足そうな顔で美味そうに食べている。
直ぐに、定食が運ばれて来た……定食の献立は、飯に貝汁、サバの煮付に卵焼きが付いている。
貝汁を一口飲んだ和久は、大きく頷き煮付に箸を運んだ。
サバの煮付を食べた和久。
(何や此れは? なんちゅう味付けや! ん……蜂蜜? オバちゃんの味に似ている……)
小さな声で呟いたのだが、横に居た客の耳に入ったらしい……。
その客は、ニッコリ笑って和久を見た。
「兄ちゃん、其れサバや!」
丁寧な説明をしてくれた客。
やはり世の中は広い! こんな食堂にも此れだけの味付けが出来る料理人が居る……味の奥深さを改めて、肝に銘じた和久。
満足して食べた定食に600円を払い、店を出て旅館に帰って来た。
玄関を入ると館内が慌ただしい、昨夜の仲居を見つけて呼び止めた和久。
「何か有りましたか? いやに慌ただしいけど……」
気に成り問い質す和久。
「あっ、御帰りなさい! 実は、宴会の準備をしていた料理長が腰を痛めて立てないのです! 大切なお客様なので、他に料理人を探している所なのですが 見つからなくて、女将さんがお困りなのです」
話を聞いた和久は、太閤楼の麗子と正晴の事を思い出し、手伝おうか! と思ったのだが、後々の事を思うと決断がつかなかった。