♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(9)

2016年01月20日 21時33分53秒 | 暇つぶし
                  
 翌日、朝風呂に入り食事に行くと、昨夜の仲居が立っている……和久が挨拶をすると、ニッコリ微笑んで挨拶を返して来た。
「今日は七十人の宴会が入って大変ですよ! 以前からの大切なお客様で、主催の社長様は、大変な食通らしいのです……あっ霧野様のお席はこちらです!ごゆっくりお召し上がりください」
 案内され食事を済ませた和久は、散歩がてらに、部屋から見えていた海岸の方へ歩いて行く。
 昼近くまで、のんびりと過ごした和久は、旅館に帰ろうとして商店街を通り抜けようとした……何気なく歩いていたら商店街の一角に『めし』とぶっきらぼうに書かれた看板を見つけ、中を覘いて見ると客で埋まっている。 
 気を引かれた和久は店に入った。
「いらっしゃい! 同席で良ければ此方にどうぞ!」
 大阪の明美に似た、元気の良い娘が席を取ってくれた。
「お客さん、昼は定食しか有りませんが良いですか?」
 明るく元気の良い問い掛けに、定食を頼み店内を見回した。 
厨房には中年の女性が三人居て調理をしている……客は五十人ほどで、来た時には居なかったが、店の外に十人ほどが並んでいた。
 食べている客は、満足そうな顔で美味そうに食べている。
 直ぐに、定食が運ばれて来た……定食の献立は、飯に貝汁、サバの煮付に卵焼きが付いている。
 貝汁を一口飲んだ和久は、大きく頷き煮付に箸を運んだ。
 サバの煮付を食べた和久。
(何や此れは? なんちゅう味付けや! ん……蜂蜜? オバちゃんの味に似ている……)
 小さな声で呟いたのだが、横に居た客の耳に入ったらしい……。
 その客は、ニッコリ笑って和久を見た。
「兄ちゃん、其れサバや!」
 丁寧な説明をしてくれた客。
 やはり世の中は広い! こんな食堂にも此れだけの味付けが出来る料理人が居る……味の奥深さを改めて、肝に銘じた和久。
 満足して食べた定食に600円を払い、店を出て旅館に帰って来た。
 玄関を入ると館内が慌ただしい、昨夜の仲居を見つけて呼び止めた和久。
「何か有りましたか? いやに慌ただしいけど……」
 気に成り問い質す和久。
「あっ、御帰りなさい! 実は、宴会の準備をしていた料理長が腰を痛めて立てないのです! 大切なお客様なので、他に料理人を探している所なのですが 見つからなくて、女将さんがお困りなのです」
 話を聞いた和久は、太閤楼の麗子と正晴の事を思い出し、手伝おうか! と思ったのだが、後々の事を思うと決断がつかなかった。

小説らしき読み物(8)

2016年01月20日 17時00分47秒 | 暇つぶし
                
 小さな港町に着いた和久は、堤防に腰を下ろしてオバちゃん親子に貰った握り飯を食べ始めた。
 五月の爽やかな風が、気持ち良く和久の頬を撫でて行く。
「美味いなぁ、流石はオバちゃんと明美や!」
 改めて二人に感謝する和久。
 日本海を北上しながら、評判の良い店が有ると出掛けて行き、納得するまで食べに行く……太閤楼を出て関門海峡を渡り、九州の地に入るまでに五年の歳月が流れていた。
 二十年振りに九州の土を踏んだ和久は感無量である。
 海峡の見える食堂で昼食を済ませ、温泉のある割烹旅館『笹の家』を二日間予約した。
 笹の家に着いた和久は記帳をした後、部屋に案内された。
 温泉に入り旅の疲れを癒した和久は、窓際の椅子に腰を下ろして遠くの海を眺めている。
 夕食の準備に来た仲居に、評判の良い店を聞く和久。
「お姐さん、この近くで珍しいものを食べさせてくれる店は有りませんか?」
「この辺りでは別に珍しくは有りませんが、猪鍋とソバの美味しい処は有りますよ」
 仲居は料理を並べながら、詳しく話し始めた。
「二時間程の所ですけど、久住に『朝霧の里』と言う村が有ります! そこに『朝霧』と言う店が有って、そこの猪鍋とソバが美味しいですよ! 結構評判が良いですねっ……でも、変った人らしいので、営業しているかどうかは分かりませんけど……」
 猪鍋の話を聞き、胸の高鳴りを覚えた和久……並べられた料理を見て、席に着き食事を始める。
 割烹旅館とは言っても、此れと言って珍しくは無く無難な料理である。
 食事が終り、仲居が片付けに来た。
「ご馳走さんでした……ところで、此処の料理長は長いのですか?」
 何かを確かめる様に聞く和久。
「はい、旦那さんが亡くなられてからですので、三年に成ります! 何か御座いましたか?」
 不審そうに問い掛ける仲居。
「いやっ別に! 美味しく頂きました」
 差し障りの無い返事をした和久。
「ありがとうございます! でも、お客さんが少なく成って来まして、息子さんも調理場に入って見習いをしております」
 言いにくそうに本音を漏らす仲居。
 部屋が片付けられた後、休息を取った和久は風呂に行く。
 風呂から出て部屋の椅子に座り、ぼんやりと遠くの漁火を見ていると、ドアがノックされて女性が入って来た。
 女性は竹田 千恵子と名乗り、笹の家の女将だと言った……太閤楼の女将、小竹 麗子を彷彿させる様な上品さと美しさを秘めている。
 和久の前に座り、両手を付いて頭を下げる千恵子……和久もまた、座りなおして頭を下げた。
 顔を上げ、和久を見詰めた目に優しさが漂っている。
「先程、宿泊名簿を見ておりましたら、霧野様のご住所が大阪の太閤楼に成っておりましたが……もしかして、前料理長の霧野様では?」
 半信半疑に問い掛ける千恵子。
「はい、旅の途中で寄らせて頂きました! 霧野 和久と申します……よろしくお願い致します」
 頭を下げ、礼を尽くす和久。
「知らぬ事とは申せ、拙い料理をお出しして誠に申し訳御座いません……」
 話を聞いてみると、和久が料理長をしていた時に、夫婦で太閤楼に来たと言う……洗練され妥協を許さない料理に感心し、和久の年を聞いて驚いたと言った! 千恵子は見習い中の息子の為に、教えを請いに来たと言う。
「女将さんお気持ちは分かりますが、料理長を差し置いてそれは出来ません! ただ、調理が出来れば後は精進しか無いと思います! 私も見習いの時に良く叱られました……(アホか! 何回言うたら分かるのや! 料理は心や、見せ掛けの小細工はあかん! 客の気持ちになれ! 自分が食べるつもりで調理せい!……和、この食材を見てみぃ、大切な命を頂いてるのやでっ! よう覚えとけドアホッ!)そう言って叱られました。 厳しい先代でしたが有り難かったです」
 教える事は出来ないが、先代が自分にしてくれた事を伝えた和久。
「霧野様、ありがとうございました! 息子に良く言って聞かせます……でも霧野様は先代がお好きだったようですね」
 心の中を見透かされた様で照れる和久。

小説らしき読み物(7)

2016年01月20日 08時35分41秒 | 暇つぶし
                
翌朝、住み慣れた部屋を片付け、出発の準備が終った時。
「兄さん、おはようございます! 女将が朝食を取る様に言っています」
 正晴に案内されて朝食を取った和久は、先代に別れを言うべく、仏間で手を合わせた。 
長い沈黙の後、麗子と正晴が待つ応接間に行き、大事そうに持って来たノートを出した和久。
「正、此れにはワシが調べた文献が書いてある……何かの役に立つかも分からん、暇な時に読んだらえから……」
 正晴にノートを手渡す和久。
「そのノートは、あんたが一生懸命に調べたものやろ! そんな大事な物を!」
 恐縮したように言って、和久を見詰める麗子。
「はい! そやけど、正の役に立つならその方がええですから……」
「兄さん、ありがとうございます……兄さんに少しでも近づける様に精進致します」
 ノートを受け取った正晴は、深々と頭を下げた。
 嬉しそうに正晴を見る和久。
「正! 女将さんと太閤楼を頼んだでっ! 女将さん、長い間可愛がって頂きまして、本当にありがとうございました! 行って来ます!」
 挨拶をして、部屋を出掛かる和久。
「和久、体に気を付けてなぁ……何時でも帰って来るのやでっ!」
 涙をこらえて、実の子を送り出すように言った麗子。
「はい! ありがとうございます……女将さんも、お体を大切にして下さい」
 麗子と先代に別れをした和久が、正晴と共に駐車場に行くと、太閤楼の全従業員が見送りに来ていた……一人一人に挨拶をした和久は、正晴の事を頼んで車に乗り込み玄関を出る。
 玄関を出た所で車から降り、太閤楼に向かって深々と頭を下げた。
 太閤楼を出た和久が、想い出の多いオバちゃんの店に行くと、店の前に二人が立っている……驚いて車から降りた和久は、二人の所に走って行った。
「おはようございます! オバちゃんどうしたのや? 明美ちゃんまで……こないに朝早ようから……」
「和、おはようさん! 此れを渡そうと思うてなっ」
「何や、此れは?」
「昼飯のおにぎりや! 明美と二人で作ったのや、持って行き!」
 身寄りの無い和久に、大都会の人情が身に沁みた。
「明美ちゃん、オバちゃんの事頼んだよ! オバちゃん、明美ちゃん、行って来ます」
「和久ぁ、体に気を付けてなぁ……」
 目にいっぱい涙を溜めて見送る女将と明美。
 人生の半分近くを過ごした街と、厳しい修業に明け暮れた太閤楼! 思い出の人達と別れて、食を極める旅に出た和久は、引退した茜 夕子の歌を聞きながら日本海に出た。