♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(29)

2016年01月30日 17時54分01秒 | 暇つぶし
                  
  久し振りにソバと押し寿司を作った和久は、武夫妻を昼食に招いた……だが夕子が二人に見せた笑顔に変わりは無かった。
 食事が済み、夕子と加代は外でダイスケと遊んでいる。
「夕子君が来てから一週間か! 先程見せた笑顔ではなぁ……まあ、難しいのは初めから分かってはいたが……」
 武は気長に遣れよ! と言いたかったのだろう。
 此れまでの経過をつたえる和久……聞いている武に同情の色が見て取れる。
「だがなぁ武さん、毎晩夢を見て泣き叫ぶ夕子が哀れでなぁ……見守る事しか出来ん自分が情けのうてなぁ、出来る事なら代わって遣りたいと思うでっ!」
 辛い身の内を明かす和久である。
「うん、しかしなあ和さん……あんたとダイスケにだけでも、昔の笑顔が戻って来たのなら、少しは希望が出て来たという事だ! 希望は有る!」
 武に励まされたが、自信が無さそうに頷く和久。
 翌日、夕子とダイスケが小川沿いの探索に出掛けている時に、待っていたスープの食材が正晴から届いた。
 早速調理に掛かる和久……二日後、出来上がったスープの味見をした和久は大きく頷いた。
「美味い! 太閤楼で作った味と同じやっ!」
 和久は外で遊んでいる夕子とダイスケに留守を任せて、診療所にスープを持って出掛けた。
 診療所の横に在る武の家に上がり、台所を借りてスープに火を通した和久。
「此れが皇帝料理のスープや! 太閤楼で一回だけ作ったスープや、武さん、加代さん、飲んで見てくれや!」
 台所の椅子に座って、調理を見ていた二人に勧める和久。
「綺麗な色、それに良い香り……」
 呟きながら、一口飲んだ加代。
「美味しい……」
 放心したように言って飲み干し、和久を見た加代。
「美味い! 此れが味の魔術師と言われる所以か! こんなに美味いスープは初めてだ! 料理とは凄いものだなぁ……たった一杯のスープが、こんなにも人の心を和ませるとはなあ……」
 武は感動して褒めた。
「おおきに!……此のスープは、夕子が太閤楼に来た時に始めて作ったのや! 後で女将さんに聞いたのやが、涙を流していたと言うてた……此のスープを覚えてくれていたら良いけどなぁ……」
 藁にもすがる思いで、調理した事を話した和久。
「大丈夫ですよ和さん! 和さんの気持ちは、きっと伝わりますよ!」
 加代は微笑みながら言い切った。
 和久が席を立って帰り掛けた時。
「和さん、そんな大切なスープを如何して飲ませてくれたのだ?」
 和久の後ろ姿に声を掛けた武。
「わしにとって、大事な人やからや!」
 和久は振り返らずに言い、手を上げて挨拶をした。
 家に帰ると、山女が泳ぐ小川の側に夕子とダイスケが見えた……ダイスケは何時もの様に、泳ぎ回る山女に吠えている。
 荷物を置き、タオルと水を入れた竹の水筒を持って夕子達の所へ行くと、ダイスケの仕草が面白いのか、夕子が大笑いをしている。
「夕子、夕日を見に行こうや! 夕焼けも綺麗やでっ!」
 夢中でダイスケの仕草を見ていた夕子は、和久の声にちょっと驚いたが、素直に頷いて山頂への階段を上がって行く。
 山女と遊んでいたダイスケは、二人の姿が遠くなるのを見て、慌てて追い掛けて来た。
 山頂に着いた二人を金色に輝く茜雲が迎えてくれ、夕子の額に流れる汗が、夕日に照らされて宝石の様に輝いている。
 汗を拭き、水を飲んだ夕子は、沈む夕日に手を合わせている。
「またお願いしたのか? 太閤楼の和さんの事を……」
 和久の問い掛けに、恥ずかしそうに微笑んで頷いた夕子。
「そうか、優しいのやなぁ夕子は……」
「それとねっ、此処で何時までも暮らせますようにって……」
 蚊の鳴くような声で言い、ダイスケを抱き上げた夕子。
「うん、夕子がそうしたのなら、此処に居ったらええ……」
 複雑に揺れ動く夕子の気持ちを察した和久は、安心するように言った。
「本当、和さん! 此処に居ても良いの?」
 子供の様に目を輝かせて確かめる夕子……夕子の嬉しそうな顔を見て、毎夜魘される現実が恨めしく感じる和久である。
 和久は夕子の問い掛けに、優しく夕子を見詰めて大きく頷いた。

小説らしき読み物(28)

2016年01月30日 09時36分54秒 | 暇つぶし
                  
 寝食を共にして五日目の朝、山頂で手を合わす夕子に、微かな変化が見えて来た……和久にもダイスケと同じ笑顔を見せ始めたのである。
 山頂の広場を探索しながら走り回っていたダイスケは、和久の足下に座り込んだ……そして、和久に入れて貰った器の水を飲み、再び探索に出掛けたダイスケは、目を閉じて手を合わせている夕子を見上げて見詰めている。
 可愛い目で自分を見ているダイスケに気が付いた夕子は、ダイスケを抱き上げ、笑みを浮かべて和久に近付いて来た。
 側に来た夕子に抱かれて、安心しているダイスケの頭を撫でる和久。
「何か願い事でもあるの?」
 ダイスケの頭を撫で、空の彼方に視線を移しながら優しく問い掛けた。
 少し恥じらって頷いた夕子。
「昔、一度だけお会いした人だけど、もう一度逢わせて下さいって……」
 言った後で、悲しそうな表情を見せた夕子。
「そうか……夕子の大切な人か、その人は……」
 和久の問い掛けに、当時を思い出しながら話し始めた夕子。
「その人は、大阪の料亭太閤楼の料理長で、和さんって呼ばれていました……」
 夕子はその時の経過を話した。
「そうか! そんなに美味しいスープやったのか?」
「はい……優しい大きなものに抱かれている様な……それに、私に出されたお料理には全て火が通されていた。 和さんの気遣いが嬉しくて、女将さんに無理を言って会わせて頂いたの……そして、二度と太閤楼では出せない! と言われたスープの事を尋ねたら(大切な人にしか作らない!)って言ってくれたの……こんな私を、大切な人だと言ってくれた。 そしてねっ(私の歌が有ったから此処まで来れた!)って……此処に居てくれる和さんと同じように、優しくて温かい目で見てくれたの……」
 話している夕子の目に、宝石の様な涙が滲んで来た。
 そっと夕子の肩を抱いた和久。
「そうやったんか……そやけど、その和さんも夕子に逢いたがっているかも知れんなぁ……」
 和久は、夕子が自ら思い出すまで待とうと思っていたのである。
「でもね和さん、もう歌は歌えないし! 汚れてしまったから……」
 ダイスケを抱き締めている夕子は、和久の胸に顔を埋めて泣き出した。
 夕子の背を優しく摩る和久。
「そんな事は無い! 夕子は少しも汚れてなんか無い……綺麗な優しい心が有る! それに、元気に成ったら歌は歌える……苦しんだ分、もっとええ歌が歌えると思うよ……」
 和久の言葉を噛み締めている夕子。
「本当に? 私、汚れてない?」
 和久を見詰め、確かめる様に問い掛ける夕子。
「うん、少しも汚れてなんか無い! 夕子が汚れていたら、ダイスケが懐かんよ!」
 涙ぐんでいる夕子を見詰め、諭すように話す和久。
「良かったぁ……和さん、有難う……」
 満面の笑みを浮かべ、和久を見詰める夕子。
「さあ、腹も減ったし帰ろうや! ダイ、何時まで抱かれてるのや!」
 ダイスケの頭を軽く叩くと、にっこり微笑んだ夕子が、そっとダイスケを下ろした。
 和久とダイスケには、昔の笑顔を取り戻した夕子だが、夢を見て泣き叫ぶ夜は続いている。