♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(15)

2016年01月23日 16時42分20秒 | 暇つぶし
                  
  テレビに映し出された夕子……夕子が歌い出すと、店内は静まり返って夕子の歌に聞き惚れている。 
 歌を聞きながら、夕子との出会いを思い起こす和久。
 番組が終り、客も減り始めた頃に昌孝が来た。
「兄さん! 有難う御座いました……小母さん、朱美ちゃん、お疲れ様です」
 和久に頭を下げて横に座る昌孝。
 二人の前に女将が来た。
「小母さん、新しい料理長です! 宜しく引き立ててやって下さい!」
 立ち上がって、誇らしげに紹介する和久! 昌孝も立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
「そうですか! 昌、おめでとう……それでは煮込みは出来たのですねっ?」
 目を細めて聞く女将。
「小母さん、残念ながら出来ませんでした! あの煮込みは誰にも出来ないそうです! 兄さんにも……」
 自信を持って経過を話す昌孝。
「出来なかったのに料理長になれたの? 昌ちゃん、どうして?」
 不思議そうに問い質す朱美。
「うん、兄さんに言われた言葉の意味が分かったから……(味に対して謙虚に成れ)と言う……」
 昌孝の話に半信半疑の朱美だったが、全てを理解した女将。
「そうか昌、よう精進した! おめでとう!」
 女将は自分の事の様に喜び祝ってくれた。
 翌日から、笹の家の厨房には、料理長として指揮を取る昌孝の姿が有り、何も言わずに、昌孝を見守る和久の姿が有った。
 昌孝が料理長として指揮を取り、一ヶ月が経とうとしていたが、依然として客足の絶える事は無く、予約で埋まっている。
 約束の期日まで3日に迫った日、千恵子が昌孝と一緒に部屋に来た。
「霧野様、お願いが有って来ました! お部屋を移って頂きたいと思います! 此れだけは、是非にもお聞き入れ下さいませ!」
 断り切れない千恵子の眼差しを見て、言葉に従う和久。
 千恵子に案内された部屋は、露天風呂付きの特別室であり、夕食は一晩だけの約束で甘える事にした。
 部屋を移り、露天風呂で体を癒した和久は、昌孝の指揮する料理に満喫していた……旅立ちの前日、厨房から帰って来た和久は、風呂から出て朱美の店に行く。
客が居なくなった所へ昌孝が来た。
女将と朱美に頭を下げて、和久の横に座った昌孝。
「兄さん、いよいよですか! 寂しくなりますが、有難う御座いました」
 それだけ言うのが精一杯で、寂しさを隠すようにビールを飲み干した。
「霧野さん、どちらに行かれますか?」
 前に座って、話を聞いていた女将が問い掛けた。
「はい、朝霧の里に行こうと思っております! 猪鍋とソバが美味いと聞いたものですから……」
 和久の言葉に頷く女将。
「ああ、源さんの所ですか……」
 懐かしそうに言った女将。
「小母さんは朝霧と言う店を御存じなのですか?」
驚いたように女将を見詰めて問い掛けた。
「その、源さんと言う人とは幼馴染でねえ……大谷 源三と言って、代々の大地主ですよ! 色々と失敗して、殆どの土地は手放したと言って笑っていましたがねっ、今住んでいる所を除いてね! 観光客を目当てに『朝霧』と言う店で、猪鍋とソバを出しているらしいがねっ! 変り者だが良い人ですよ!」
 女将の話を聞いた和久は、直ぐにも出掛けたい衝動に駆られていた。
 別れの時が来て、椅子から立ち上がった和久と昌孝。
「小母さん、朱美ちゃん! お世話に成りまして有難う御座いました。 昌の事を宜しくお願いします! 体に気を付けられて下さい……お元気で!」
 気持ちを伝え、昌孝の事を頼んで頭を下げる和久! 涙ぐんでいる朱美と女将に別れを告げ、二人は笹の家に帰って行く。
 翌日、朝食を済ませ旅の支度を終えた所へ、千恵子と昌孝が入って来た。
 千恵子は袱紗の掛かった盆を持ち、昌孝は紙袋を持っている。
 二人は和久の前で正座をし、両手を付いて頭を下げた。
「霧野様、この度は何とお礼を申し上げれば良いのか分かりません! 本当に有難うございました。 付きましては誠に失礼とは存じますが、何とぞご笑納頂ければと思います……」
 千恵子は持って来た盆をテーブルに置いた! 置かれた盆の袱紗を取ると、盆の上には大金が置かれている。
 千恵子を見詰めた和久。
「女将さん、有り難く頂きます!」
 千恵子の決意を汲み取った和久は、いとも簡単に大金を受け取った。
 そして、従業員の人数を聞き、その分の金額を取って昌孝に渡した。
「昌、此れを封筒に入れて、お世話に成りましたと言って渡してくれないか! 其れから、お前の料理長の就任祝いをして無かった! 此れは就任祝いや! 受け取って欲しい……」
 貰った全額を渡した和久。
 黙って和久の言動を見ていた千恵子。
「霧野様! 其れでは……」
 言いかかった千恵子の言葉を制した和久。
「女将さん、女将さんの誠意は確かに受け取らせて頂きました! 有難う御座いました……楽しかったです。 昌、料理に限界は無い! 精進してなっ! ところで其れは何や?」
 昌孝が持って来た紙袋を見て、問い掛けた和久。
「あっ兄さん! 此れは、お袋が作った握り飯です……お口には合わないかも知れませんが、昼飯にと……」
 昌孝の返答を聞いた和久。
「アホか昌、其れを先に言わんかい! 女将さん、昌、此れは頂いて行きます」
 嬉しそうに、握り飯が入った紙袋を受け取った和久……子供の様に喜んだ和久を見詰めて、目頭を拭う千恵子。
 和久の荷物を持って、一足先に昌孝が部屋を出た。
 和久が千恵子と共に部屋を出掛かった時。
「和さん、本当に有難うございました……でも、どうして助けて頂けたのかと、ご迷惑をお掛けしたのではと考えていました」
 見知らぬ自分達を助けてくれた事が理解出来ずに、尋ねる千恵子。
 千恵子の問い掛けに、少し間を置いた和久。
「境遇が太閤楼と似ていたのと、太閤楼の母さんの面影に、女将さんが似て居られたので、何とかお手伝いが出来ればと思いまして……お陰で楽しい時を過ごす事が出来ました! 有難う御座いました……」
 千恵子の真剣な問い掛けに答えた和久。
「和さん……」
 謙虚な和久の言葉を聞いて言葉に詰まった千恵子は、綺麗な目に涙を溜めて和久の胸に顔を埋めた。
「和さん、必ず帰って来て下さいねっ!」
 やっとの思いで其れだけを言った千恵子。
 和久は、女手一つで笹の家を守って来た千恵子の小さな背を、そっと抱き締めた。
 少しの時が流れ、部屋を出た二人は玄関に向かって歩き出す……長い廊下の途中、そっと和久の手を握り締める千恵子。
 玄関に着くと、泊り客が帰ったロビーに全従業員が集まっている……和久は礼を言い、昌孝の事を頼んで車を出した。
 四月の爽やかな風が、笹の家に福を残して駆け抜けて行った。
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小説らしき読み物(14)

2016年01月23日 09時48分35秒 | 暇つぶし
                
 「最後の仕事?」
 和久の思惑が分からない千恵子は、和久を見詰めて問い掛けた。
「昌、今日の調理は手伝う必要は無い! その代り、献立と同じ料理を三人分作るのや、お前一人で……それと、調理場に居る皆の試食を! ええかっ!」
「はい、兄さん! 分かりました……」
 千恵子にも昌孝にも、和久の意図は分からなかったが、昌孝は気持ち良く返答して部屋を出て行った。
 全ての料理を出し終えた和久と梅田は、千恵子が待っている部屋に行く。
 千恵子に挨拶をした二人が席に着くと、直ぐに料理が運ばれて来た……客に出す料理の手順と同じように出された料理。
 三人は、昌孝が一人で調理した料理を味わった。
「女将さん、梅田さん……昌孝の料理は如何でしたか?」
 満足したように聞く和久。
「料理長、まるで料理長の料理を頂いているようでした! 昌孝さんの精進には感服いたしました……申し分の無い料理でした」
 梅田の言葉に耳を傾けていた千恵子。
「霧野様、ありがとうございました」
 礼を言った千恵子は、そっと目頭を抑えた。
「梅田さん、此れまでの様に昌孝を助けてやって頂けませんか? お願いします……」
 昌孝の調理を見せ付けた上で、梅田に頼む和久。
「料理長、ありがとうございます……精一杯務めさせて頂きます」
 快く承諾した梅田。
 一方で、昌孝の料理を試食した料理人達は、誰もが昌孝の料理に感服していた。
 和久は言葉ではなく、昌孝の実力を見せ付ける事で、その力を認めさせたのである。
 調理場に来た千恵子は、全料理人の前で、昌孝の料理長就任を伝えた。
 満足して千恵子の訓示を聞いた和久。
「皆さん今の笹の家は、大阪の太閤楼にも匹敵する位に成っています! 此れからも精進して、新しい料理長の手助けをして下さい……お願いします」
 和久の挨拶が終るや、昌孝も深々と頭を下げた。
「皆さん! 若輩者ですが、宜しくお願い致します!」
 短いが、心の籠った挨拶をした昌孝。 
 昌孝の挨拶を聞いた料理人から拍手が起こり、昌孝の料理長就任を心から認めたのである。
 全てを昌孝に託した和久は、風呂に行き部屋で休んでいた……暫く休んでいると、ドアがノックされて千恵子が入って来た。
 和久の前で正座をして、両手を付いた千恵子。
「霧野様、この度は誠に有難うございました! 何とお礼を申し上げれば良いのか……」
 言葉に詰まり、深々と頭を下げた千恵子。
「女将さん、顔を上げて下さい……全ては御子息の精進です! 私は少しだけ提案をしただけです……御子息は良く精進をしました! 素晴らしい御子息です……」
 息子の為に礼を尽くす千恵子を見て、心地よい安らぎを感じた和久である。
「霧野様、ありがとう御座います……」
 我が子が精進する姿を、陰で見守ってくれた和久……和久への感謝を伝えたかった千恵子だが言葉が続かなかった。
「女将さん、御心配には及びません……口出しはしませんが、お約束の期日までは調理場に居ますから……それから霧野様は照れ臭いですから、和久とか和で良いですから……」
 千恵子の心配ごとを汲み取って、安心させる和久。
「何から何まで御心配りを頂きまして、有難う御座います! 和さん……」
 千恵子は照れながらも、和久の名を呼んで頭を下げた。
 子を思う親の気持ちに触れた和久は、千恵子と共に部屋を出て、朱美の店に歩いて行く……店は相変わらずの満席で、和久を見た朱美は大きく手を上げて手招きをしている。
 何時もの席に座り、何時もの肴を頼んで飲んでいると、客の一人が立ち上がった。
「朱美ちゃん、悪いがテレビを点けてよ! 引退した茜 夕子の特集が有るから……」
 客が言った途端に、店内から大きな拍手が起こった。
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