さあ、落ち着いて席に着こう。照明が落ち、舞台が輝く。和音が、メロディがあっという間に流れて去っていくのが惜しく感じられる。音が耳に届いては、ぽろぽろ零れ落ちていく。そんな零れていく音が目に見えたなら、ホールの黄金を反射して光り、美しいだろうと思う。
そんな空想をしながら上からピアニストを覗き込む。ベートーヴェンのソナタ、シューベルトの即興曲、その他、知らない曲。きれいやなあ。音がきれいなのか、ホールが美しいのか。そんなきれいが入り混じって、空間丸ごときれいやなあ。…まるでお上りさんの感想のようだ。演奏会の2時間、きれいだと惚けたり、現実に戻って客席を観察したり、ピアニストの指を見つめたり忙しい。アンコールも終わり、夜9時ごろになる。コンサートの終了を惜しむ気持ちと、暗がりの中一人帰る不安と、二重の意味で、帰りたくないなあと思う。
帰りのクロークでは私の印象が強力だったのか、それとも係員が優秀だったのか、私の姿を見ると荷物(エコバッグ)をすぐに渡してくれる。これだけの人がいて荷物と人物がすぐに一致するって、すごい技だと思う。
ホールを出て駅まで歩く。思ったより駅へ向かう人が少ない。コンサートの帰りらしき人の後ろにぴったりついて歩く。地下鉄も、まばらだが乗客はいて安心する。問題は降車後だ。アパートメントは駅前とはいえ、大通りを横切るのに地下道をくぐらなくてはいけない(信号はない)。夜の地下道怖いよお。壁には落書きがあって嫌な感じ。
怖いと思っていた夜の地下道だが、若い女性の一人歩きさえあり、誰も怖がっている様子がない。覚悟を決めて地下道に来たのに拍子抜け。でもやはり怖いので、若い女性に追いついて、後ろをくっついて歩く。私の方がよっぽど不審者だと思う。地下道を出るとアパートメントのゲートまで全速で走る。鍵穴が暗くてよく見えない。何度目かにようやく開いて、建物に入る。はぁ、安心。こんな時間に出歩いたことがない私は、暗がりの中、部屋へ登る階段の照明スイッチがどこにあるか分からない。暗すぎて、足元さえ見えない。階段下で怪しい動きをしていると、アパートメントオーナーの息子がたまたま通りかかって照明をつけてくれる。
今晩は、クロークで料金が払えるかドキドキして、音楽やホールのすばらしさにドキドキして、帰りの夜道にドキドキ、暗がりのアパートメントの階段にも。ドキドキのフルコースだった。無事に帰ってみると、あー楽しかったという感想。あと一晩寝たらいよいよ日本へ。
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