よろず戯言

テーマのない冗長ブログです。

宇佐市平和資料館

2017-01-22 03:05:09 | 旅行・まち歩き

先日の大分日帰り旅行の続き。

宇佐神宮を出て遅い朝食をとって、宇佐市平和資料館という場所を目指す。

宇佐神宮のほかに、面白そうな場所がないかなと、

前日パンフレットで見ていて、立ち寄ろうと思っていた場所だ。

 

 

 

戦時中、宇佐市には海軍航空隊の基地があり、

市内にはその戦争遺跡がいくつも残っている。

そして今回 立ち寄る宇佐市平和資料館には、

当時の基地の物品,航空隊員の遺品や、

米軍からの爆撃の際の弾痕や爆弾の破片などの資料が展示されている。

そして展示品の目玉は、映画"永遠の0"で使用された原寸大のゼロ戦(零式艦上戦闘機)の模型だ。

ここ宇佐の基地からも、神風特攻隊として200機近くのゼロ戦が飛び立ち、

沖縄の海で、その若い命を散らしていったという。

 

 

 

少し道に迷った。

国道10号線から逸れて、少し入り組んだ脇道沿いにあった。

外観は大きなガレージのような建物。

ちゃんとした建物を想像していると、見落としてしまう。

入場料は必要なく、受付で記名するだけで無料で観覧できる。

内部はやはり大きめのガレージを改装したようなたたずまい。

 

 

 

入ると、いきなりどーんと原寸大のゼロ戦がお出迎え。

想像以上にでかい。

前に広島県の呉市にある、大和ミュージアムでもゼロ戦を見たのだが、

こんなにでかかったっけ・・・?

まあ戦闘機なんだから、このくらいの大きさがあって当然なんだろうが、

間近で見ると、こんなものに乗って空を飛び、

それを自在に動かして戦うなんて、相当な訓練が要るだろうなあ・・・と。

 

 

 

原寸大の模型はコックピット内部まで精巧に作られており、

その内部が覗けるように、階段が設けられている。

ゼロ戦の脇には、搭載する爆弾の模型や実物のプロペラなども展示されていた。

そして、映画の撮影にも使用されたという、コックピットだけの模型もあり、

こちらは実際にそこに座ることができ、さらに記念撮影もできるようになっていた。

家族連れが独占していたので、座ることはしなかったが、

思った以上に狭くて窮屈そうで、こんなところに入って長時間飛行なんて、

体力はもちろん、精神力,忍耐力も必要だなあと思った。

 

  

 

ゼロ戦以外にも、多数の資料が展示されている。

そんなに広くなく、ワンフロア,ワンスペースなので、くまなく見て回る。

当時、女学生たちが手作りし、特攻隊員に贈った人形(再現制作)や、

大和ミュージアムでも見たけれど、若い隊員が出撃前に家族に宛てた遺書には涙が込み上げてくる。

当時の写真や映像資料もあり、宇佐海軍航空基地の歴史をじっくりと知ることができる。

そして、資料館の一番奥に、衝撃的な展示物があった---。

 

 

マシンガンの機銃がマゼラトップ砲みたい。

 

 

永遠の0の原画が展示されていた。

小説,映画のみならず、漫画化もされていたのね。

 

奥にはゼロ戦よりもずっと小さな飛行機の模型が展示されていた。

えらく機体がつるんと、のっぺりとしたシンプル過ぎる外観。

戦闘機なのに武装が見当たらない。

プロペラもなく、エンジンらしきものも見当たらず、

翼にフラップとかタブとかも見当たらない。

ランディングギア(タイヤ)もない。

 

 

巨大な有人ミサイルといったところか。

パブリク突撃艇とか、そんなレベルじゃない。

シャレにならない兵器だ。

 

説明プレートを読んで衝撃を受ける。

これは戦闘機ではなく、突撃用の兵器"桜花(おうか)"の原寸模型だった。

全重量の80%は機首に搭載された爆薬の重量。

固定武装はなく、機体そのものが巨大なミサイル。

稼働時間、わずか数十秒のみのロケットエンジンを搭載。

母機に吊るされて出撃し、標的を捉えると切り離され、

そのまま高速で体当たり攻撃を行って目標を撃沈する。

ひとが操縦するという、アナクロニズムな追尾ミサイル。

脱出装置などなく、操縦者はそのまま死亡する。

出撃したら最後、生きて帰ることはない。

特攻兵器だった。

 

 

 

ゼロ戦で敵艦に体当たり攻撃をしかける、"神風特攻隊"は知っていた。

だが、特攻専用として開発された航空兵器があるとは知らなかった。

人間魚雷なんてのもあったのだから、それの飛行機版があってもおかしくはないか。

こんなものを開発する人間も、運用する人間も本当に狂っている。

当時はそれが当たり前だった。

実際にその時代を生きていたひと、

とりわけ命がけで戦地で戦っていた方々には申し訳ないけれど、

戦争末期の日本は、狂気の沙汰としか言いようがない。

いったい何が、そうさせてしまったのだろう?

これまで戦争の体験談や映像、そういったものを見聞きしても、まるで解らない。

  

 

ゼロ戦,桜花を見て、あらためて戦争の愚かさを知る。

平和資料館を出て、次の目的地へ移動しようとすると、

駐車場脇にある小さなプレハブがから、おじいさんが出てきて呼び込みをする。

プレハブは小規模な土産物屋になっており、戦争遺跡のパンフレットや資料集の他、

手作りのお菓子や、小物なんかが売られていた。

ブリキで作られた、手作り感たっぷりのゼロ戦の置物があり、

手ごろな価格だったので、ちょっと欲しくなったが我慢した。

 

 

次は、"宇佐のマチュピチュ"を観に行こうと思ったが、

どしゃぶりの雨のなか、わざわざ離れた山間部まで車を走らせ、

「すごく微妙」と話題の、その景観を観に行くのもどうかと思い今回は取りやめ。

次なる目的地は、別府湾を望む町、日出町(ひじまち)だ。

 

 

展示物には触れられない。

 



コメントを投稿