瀬戸内寂聴さんの動画を見て
感じたことを…
人は大きな悲しみに遭遇した時、
心に穴があくらしいんですね。
あぁ…
そう言えば…
5年ほど前のお正月だったっけ…
知人の子どもさんが自死されて、
メールで相談を受けていたことがあった。
その人を感じると、
胸に直径10cmくらいの穴がぽっかりと開いていたんよね。
その穴が暗いんだけど黒いわけではなく、
深い闇のような…吸い込まれるような…
そんな穴。
私自身も7年ほど前、
それまで生きてきた価値観が意味をなさなくなって、
心に大きな穴があいた感があった。
穴があいたままだと、
生きてはいけなくなるんよね。
何もかもが身体を通り抜けてしまう。
悲しみしか残らない。
恐らく楽しいであろうことも、
悲しみに変換されてしまう。
穴があいてからは、
穴を埋めるために生きてきた感がある。
ちょっとぶっ飛んだ話だけど、
寂聴さんのお話を聴きながら思い出したこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/1e/99ba6265655ef5f4098c66bb82ff0396.jpg)
今日の夕方の空。
月が見えるよ。
・・・・・
今朝(1/26)、
Facebook 草場一壽さんの記事を転載。
心の穴のエピソード。
こころで
シスターで、ミリオンセラーとなった「置かれた場所で咲きなさい」の著者でもある、
渡辺和子さんは50歳のときうつ病を患われたそうです。
9歳のとき、2.26事件が起きますが、なんと目の前で、当時教育総監であった父親が44発もの銃弾で暗殺されます。
わずか1mの距離で目撃したというのですから、その心の傷の大きさははかりしれなかったことでしょう。
2年間、うつ病で苦しんだとき、医者からこんなことを言われたそうです。
「運命は冷たいけれど、摂理は温かいものです」。
これを彼女は、この病気は、私が必要とする恵みをもたらせるための人生の穴、と受け止めます。
穴から見えてくるもの、穴からしか見えてこないものに気づいたそうです。
こころ。
もうずっとずっと言われ続けていることですが、こころでしか見えないもの、こころでしか感じられないことが確かにあるのです。
それは宗教や、教義や教訓ではなく、また、どんなに言い古されていようと、ときに陳腐に聞こえようと、真実だと断じてよいと思います。
それは「到達」すべきところだとか、悟りの境地という常人には難しいような心境でもなく、とても「普通」のことです。苦しいときだけではないでしょう。
嬉しいときも楽しいときも。
そのような心情によって、森羅万象に親しみ、世界のすがたかたちをとらえるのですね。
モノの価値がこころの目を塞いだときもありましたが、時代は、次のステージ、聡明さに向かっているようです。
勇気がわいてくるというものです。
■陶彩画 草場一壽 公式サイト
http://kusaba-kazuhisa.com/