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「ビキニ事件」から70年 「70年間、国に見捨てられてきた」

2024年03月01日 12時50分29秒 | 一言
 「げんきで、おとうちゃんのかへりを、まって居なさい」。病床から幼い3人の娘にあてた手紙からは、こまやかな気づかいとともに、やさしく子煩悩な父親の姿が浮かんできます。
 焼津のマグロ漁船「第五福竜丸」の無線長だった久保山愛吉さん。核の「死の灰」を浴びて、40歳の生涯を閉じました。端正な字でつづられた家族への思いのなかには、放射能汚染を心配したのか「雨に濡(ぬ)れないように」とも。
 太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で米国が行った水爆実験によって、島民や日本の漁船員らが被ばくした「ビキニ事件」からきょうで70年。焼津市の歴史民俗資料館では特別展が開かれ、久保山さんの手紙や「死の灰」が展示されています。
 被災した船員らの無念の怒りは今も。いまだに日米の政府によって被災の全容は隠され、調査も謝罪も救済もないまま放置されています。「70年間、国に見捨てられてきた」と訴え、補償を求めるたたかいも続いています。
 ビキニ事件によって燎原(りょうげん)の火のようにひろがった原水爆禁止の署名。それは世界の反核平和運動を大きく前進させ、核兵器禁止条約へとつながっています。「こうした草の根の市民運動が次の世代を動かす力になる」。杉並区長の岸本聡子さんは原水協の3・1ビキニデー全国集会にそんなメッセージを寄せました。
 久保山さんは残した手記のなかで「とにかく私は平和を愛する」と。いままた戦争や核の脅威がひろまるなか、ふたたび核なき世界への運動を巻き起す決意を新たに。



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