米国、北朝鮮両国が事実上国家承認! (その3)
トランプ米国大統領は、5月24日付にて金正恩北朝鮮国務委員長宛に予定されている首脳会談を中止する旨の書簡を発出したのに対し、5月1日、ポンペオ米国務長官との協議のため訪米した金英哲(キム・ヨンチョル)北朝鮮労働党副委員長より、ホワイトハウスにおいて金正恩委員長の返書をトランプ大統領に手渡し、トランプ大統領はこれを受けとった。
これは米国と北朝鮮の首脳(国家元首)が書簡を交換したということであり、事実上の国家承認に当たる。相互に国家として承認するとは明示はしていないが、国家元首同士の書簡の交換で、相互に米国合衆国、朝鮮民主人民共和国の国家元首として認め合うということであり、外交上、国家としての‘黙示の承認’とされるものである。事実5月24日付のトランプ大統領の書簡は、‘朝鮮民主人民共和国国務委員会金正恩委員長’に宛てられ、米国合衆国ドナルド・J・トランプ大統領として正式名称で署名しており、また今回の金正恩委員長よりの返書も同様の正式名称で発出されていると見られる。
朝鮮戦争が休戦となった1953年から65年を経て、未だ敵対関係にある米国と北朝鮮が事実上国家承認を行った歴史的な瞬間であり、トランプ大統領自身が金英哲朝鮮労働党副委員長(国務委員)を見送った後に記者団に述べているように、今後紆余曲折があろうが、1回だけの首脳会談で‘朝鮮半島の非核化’やミサイル開発などの問題が決着するもではなく、両国首脳間、当局間の交渉、協議が重ねられることを示唆している。
1、開かれた米、韓、北朝鮮3か国の戦争終結へ向けての交渉 (その1で掲載)
2、金正恩委員長は、軍部を含む自国民を裏切るか、国際世論の期待を裏切るか (その2で掲載)
3、キープレーヤーである中国、北朝鮮、米国各首脳の姿勢の変化と韓国の仲介的役割
今回の場合、南北朝鮮の停戦状態から戦争終結、和平を巡るキープレーヤーである中国、北朝鮮、米国首脳の姿勢が従来の首脳と明らかに異なる。
(1)習近平主席の下での中国の対北朝鮮圧力
中国は、朝鮮戦争以来北朝鮮の擁護者であり、最大の貿易相手国であるが、朝鮮半島の非核化を支持する一方、陰に陽に北朝鮮を支援し、国連の経済制裁についても建前上支持しつつ、国境貿易等はほとんど目をつぶり継続していた。しかし金正恩政権になり核やミサイル実験を繰り返すに至り、習近平主席の下では、国連の累次の制裁決議にも賛成すると共に、制裁決議に基づき国境貿易も厳しく制限し、北の対中輸出入が石油を含め激減し、北朝鮮経済に大きなマイナス要因になっている。その上3月の全国人民代表大会で中国主席の任期が撤廃され、現在2期目の習近平主席の任期終了後も国家主席の座にとどまることが可能になったので、習近平主席の厳しい対北圧力が継続される可能性が高まったので、北朝鮮にとしては中国との関係を調整しなくてはならない状況になった。
中朝友好協力相互援助条約についても、1961年7月に調印されて以来20年毎に自動延長されて来たが、中国側は‘北朝鮮が攻撃されたら援護するが、北朝鮮が先制攻撃し反撃を受けた場合には援護は行わない’との解釈変更が行われると共に、節目の祝賀式典にも使節を送らず、首脳による電報程度になるなど、一定の距離を置いている。
このような中で金正恩委員長は、就任以来訪中していなかったが、米国との首脳会談を前にして2度に亘り訪中(北京と大連)し、習近平主席と会談している。米国との交渉において北の非核化を行った場合の安全と体制継続の保証などにつき確認を求めたものと思われる。中国側としては、朝鮮戦争終結、南北和平などには北朝鮮、韓国と米国3国に加え中国を加えた4か国交渉とし、また韓国に配備された米国の迎撃ミサイル(THAAD)の撤去要求などについてくぎを刺したのであろう。
いずれにしても中国は‘朝鮮半島の非核化’を望んでおり、北朝鮮に実質的な圧力を加えており、その継続が大きな影響力を持っている。
(2)米国トランプ大統領の不可測性
米国は従来、共和党政権はもとよりオバマ前政権を含む民主党政権においても、北朝鮮の核、ミサイル開発に対しては強い懸念を持ち、‘軍事的手段を含む全ての選択肢はテーブルの上にある’との姿勢であり、トランプ大統領も同様の姿勢を明らかにしているが、トランプ大統領は、いわばワンマン経営者のように既成の世論の反対に逢っても敢えてそれを実施する可能性がある。同大統領は、大統領就任のスピーチにおいてもその後の言動においても、既成政治、既成概念の打破を鮮明にしており、多少国際世論で不評でも北が非核化に応じなかった場合には、軍事的手段に訴える可能性があり、従来概念では不可測性がある。
(3)金正恩委員長のリアルな懸念
金正恩委員長は、父金正日総書記(国防委員長)の先軍主義路線を踏襲し、核兵器、長距離ミサイルの実験、開発に拍車を掛け、対米、対韓国に強硬路線を取って来ていると見られており、平昌冬季オリンピックに参加を決定した後に南北首脳会談を実施し、また米国との首脳会議に応じているものの、従来の北朝鮮の動きを知っている筋からは懐疑的な見方が示されている。
しかし今回の金正恩委員長の動向はそのような従来の動きと明らかに異なる。
金正恩委員長のリアルな懸念は、‘非核化’に応じなかった場合、トランプ大統領が何らかの軍事行動に出るかもしれないということであろう。特に3月に安全保障担当大統領補佐官がボルトン前国連大使になり、北朝鮮の非核化のモデルとしてリビア方式が示唆されたことである。リビアのカダフィ大佐は、反イスラエル、反米の過激な姿勢を取っていたが、リビアの工作員がスコットランド上空でパンナム航空103便を爆破(1988年)、翌89年にはフランス航空機を爆破するなどのテロ活動を実施した。これに対し国連安保理は、リビアが航空機爆破事件への捜査協力などの要求を拒否したことから、1992、93年に2度に亘り制裁決議を採択した。リビアは核兵器開発も秘かに始めていたが、国連安保理の制裁決議によりリビアは孤立して行き、経済的にも政治的にも困難な状況に陥り、過激路線を変更せざるを得なくなった。核開発についても米国からの圧力でまず核の放棄に合意し、国際協調に応じることにより体制の維持を図ろうとしたが、結局暗殺され、核も体制も失ったという先例がある。
この先例は金正恩委員長も知るところであり、それだけに非核化により、北朝鮮の安全や体制維持が保証されるのかが最大の懸念であり、中国の習主席と2度に亘り会談するなどして、安全の保証と体制の維持に躍起になっている。もう一つの懸念は、国連安保理決議に中、ロも賛成し、経済制裁が強化されると共に、外交関係を断絶する諸国が増えるなど国際的な孤立が現実味を帯びて来ていることだ。他方、韓国で開催された冬季オリンピックには92もの多数の諸国・地域が参加し、また高速列車や近代的な施設など顕著な経済発展を遂げていることを、妹の金与正女史(党中央委員会宣伝扇動部第1副部長他)や今回トランプ大統領に親書が託された金英哲労働党副委員長などが目の当たりにしており、南に先行されているとの意識を強くしたのではないだろうか。
(4)韓国文在寅大統領の対北融和政策と仲介
4月27日の板門店での南北首脳の出会いは劇的であった。金正恩委員長が休戦ラインを挟んで北側から現れ、休戦ラインの南側で待っていた文大統領と握手し、ラインを跨いで南側に入った。そして金委員長に促され文大統領がラインを跨いで北側に立った。
首脳会談後署名、公表されたパンムンジョン宣言は3項目からなるが、南北朝鮮が現状の‘休戦状態’となっている敵対関係を脱し、‘終戦を宣言して平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築’のため関係国との協議を開始すると共に、南北双方が‘完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標’を確認した第3項が最も注目される。
<<南北首脳会談後のパンムンジョム宣言要旨 2018年4月27日>>
南北首脳はパンムンジョムの「平和の家」で、会談を行い、朝鮮半島にもはや戦争はなく、新たな平和の時代が開かれたことを全世界に厳粛に宣言。
1.南と北は、共同繁栄と自主統一の未来を早めて行く。
民族自主の原則を確認し、すでに採択された南北宣言とすべての合意などを徹底的に履行することとし、
高官級会談をはじめとする各分野の対話と協議を早い時期に開催。
関係当局間の緊密化と民間交流促進のため、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所をケソン(開城)地域に設置。
対内的には、6・15(2000年6月15日の南北共同宣言)をはじめ意義がある日を契機に、各界において民族共同行事を積極推進、対外的には2018年アジア競技大会をはじめ国際大会に共同で出場。南北赤十字会談を開催して離散家族・親戚の再会を含む諸問題を協議、解決。8・15(8月15日)を契機に、離散家族・親戚の再会を進める。
また10・4宣言(2007年10月4日の南北共同宣言)で合意された事業を積極推進。一時的にトンヘ(東海)線およびキョンウィ(京義)線鉄道と道路を連結、現代化対策を取る。
2.南と北は、朝鮮半島で先鋭化した軍事的緊張状態を緩和して、戦争の危険を実質的に解消するため、共同で努力。
(1)南と北は、地上と海上、空中をはじめとするすべての空間で、相手に対する一切の敵対行為を全面中止。
当面、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布を含むすべての敵対行為を中止して、その手段を撤廃。今後、非武装地帯を実質的な平和地帯とする。
(2)黄海の北方限界線一帯を平和水域とし、偶発的な軍事的衝突を防止し、安全な漁労活動を保障するための実際的な対策を取る。
(3)南と北は、相互協力と交流など、さまざまな軍事的保障対策を取る。
南と北は、双方の間で提起される軍事的な問題を遅滞なく協議解決するために、国防相会談をはじめとする軍事当局者会談を頻繁に開催。
3.南と北は、朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制構築のために積極協力。
朝鮮半島で非正常な現在の停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立するのは、これ以上先送りできない歴史的課題。
(1)南と北は、いかなる形態の武力も互いに使用しないという不可侵合意を再確認して、厳格に遵守。
(2)南と北は、段階的に軍縮を実現。
(3)南と北は、休戦協定締結65年になる本年、終戦を宣言して停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のために、南・北・米の3か国、または南・北・米・中の4か国の協議開催を推進。
(4)南と北は、完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認。
南と北は、北側が取っている主導的な措置は、朝鮮半島の非核化のために非常に大きな意義があると認識、今後それぞれが、自らの責任と役割を果たす。
両首脳は、定期的な会談と直通電話を通じて、民族の重大事を随時、真剣に議論する等、共に努力。
差し当たりムン・ジェイン大統領は、本年秋にピョンヤンを訪問。
2018年4月27日 板門店
更に金正恩委員長は、5月24日にトランプ大統領が6月12日に予定されている首脳会談の中止を明らかにし、その旨の書簡が発出された2日後の5月26日、金正恩委員長の要請で再び南北首脳会談を行っている。2回目の文韓国大統領との会談は、板門店の休戦ラインを跨いだ北側で行われた。金正恩委員長としては、米朝首脳会談の中止への対応について意見を交わしたかったのであろう。文韓国大統領は、翌5月27日の記者会見において、‘正恩氏は会談で改めて完全な非核化の意思を示し、6月12日の米朝首脳会談開催に向け、米国との実務協議を行う考えを明らかにした’旨説明している。
トランプ大統領の真意や米朝首脳会談について、文大統領に金正恩朝鮮労働党委員長が意見を求め、韓国大統領がいわば米国との仲介役を果たしているようだ。
朝鮮半島の非核化や南北間の戦争終結、和平などについては、今後紆余曲折があろうが、戦争終結の上でのキープレーヤーである中国、北朝鮮、韓国、米国4か国首脳がそれぞれ従来と明確に異なる動きを示していることから、朝鮮半島の歴史が大きく動く可能性がある。既に米朝両国は事実上の国家承認に動いている。(2018.6.2.)(All Rights Reserved.)
2018年6月2日
グローバル・ポリシー・グル-プ
元駐ルクセンブルク大使
小嶋 光昭
トランプ米国大統領は、5月24日付にて金正恩北朝鮮国務委員長宛に予定されている首脳会談を中止する旨の書簡を発出したのに対し、5月1日、ポンペオ米国務長官との協議のため訪米した金英哲(キム・ヨンチョル)北朝鮮労働党副委員長より、ホワイトハウスにおいて金正恩委員長の返書をトランプ大統領に手渡し、トランプ大統領はこれを受けとった。
これは米国と北朝鮮の首脳(国家元首)が書簡を交換したということであり、事実上の国家承認に当たる。相互に国家として承認するとは明示はしていないが、国家元首同士の書簡の交換で、相互に米国合衆国、朝鮮民主人民共和国の国家元首として認め合うということであり、外交上、国家としての‘黙示の承認’とされるものである。事実5月24日付のトランプ大統領の書簡は、‘朝鮮民主人民共和国国務委員会金正恩委員長’に宛てられ、米国合衆国ドナルド・J・トランプ大統領として正式名称で署名しており、また今回の金正恩委員長よりの返書も同様の正式名称で発出されていると見られる。
朝鮮戦争が休戦となった1953年から65年を経て、未だ敵対関係にある米国と北朝鮮が事実上国家承認を行った歴史的な瞬間であり、トランプ大統領自身が金英哲朝鮮労働党副委員長(国務委員)を見送った後に記者団に述べているように、今後紆余曲折があろうが、1回だけの首脳会談で‘朝鮮半島の非核化’やミサイル開発などの問題が決着するもではなく、両国首脳間、当局間の交渉、協議が重ねられることを示唆している。
1、開かれた米、韓、北朝鮮3か国の戦争終結へ向けての交渉 (その1で掲載)
2、金正恩委員長は、軍部を含む自国民を裏切るか、国際世論の期待を裏切るか (その2で掲載)
3、キープレーヤーである中国、北朝鮮、米国各首脳の姿勢の変化と韓国の仲介的役割
今回の場合、南北朝鮮の停戦状態から戦争終結、和平を巡るキープレーヤーである中国、北朝鮮、米国首脳の姿勢が従来の首脳と明らかに異なる。
(1)習近平主席の下での中国の対北朝鮮圧力
中国は、朝鮮戦争以来北朝鮮の擁護者であり、最大の貿易相手国であるが、朝鮮半島の非核化を支持する一方、陰に陽に北朝鮮を支援し、国連の経済制裁についても建前上支持しつつ、国境貿易等はほとんど目をつぶり継続していた。しかし金正恩政権になり核やミサイル実験を繰り返すに至り、習近平主席の下では、国連の累次の制裁決議にも賛成すると共に、制裁決議に基づき国境貿易も厳しく制限し、北の対中輸出入が石油を含め激減し、北朝鮮経済に大きなマイナス要因になっている。その上3月の全国人民代表大会で中国主席の任期が撤廃され、現在2期目の習近平主席の任期終了後も国家主席の座にとどまることが可能になったので、習近平主席の厳しい対北圧力が継続される可能性が高まったので、北朝鮮にとしては中国との関係を調整しなくてはならない状況になった。
中朝友好協力相互援助条約についても、1961年7月に調印されて以来20年毎に自動延長されて来たが、中国側は‘北朝鮮が攻撃されたら援護するが、北朝鮮が先制攻撃し反撃を受けた場合には援護は行わない’との解釈変更が行われると共に、節目の祝賀式典にも使節を送らず、首脳による電報程度になるなど、一定の距離を置いている。
このような中で金正恩委員長は、就任以来訪中していなかったが、米国との首脳会談を前にして2度に亘り訪中(北京と大連)し、習近平主席と会談している。米国との交渉において北の非核化を行った場合の安全と体制継続の保証などにつき確認を求めたものと思われる。中国側としては、朝鮮戦争終結、南北和平などには北朝鮮、韓国と米国3国に加え中国を加えた4か国交渉とし、また韓国に配備された米国の迎撃ミサイル(THAAD)の撤去要求などについてくぎを刺したのであろう。
いずれにしても中国は‘朝鮮半島の非核化’を望んでおり、北朝鮮に実質的な圧力を加えており、その継続が大きな影響力を持っている。
(2)米国トランプ大統領の不可測性
米国は従来、共和党政権はもとよりオバマ前政権を含む民主党政権においても、北朝鮮の核、ミサイル開発に対しては強い懸念を持ち、‘軍事的手段を含む全ての選択肢はテーブルの上にある’との姿勢であり、トランプ大統領も同様の姿勢を明らかにしているが、トランプ大統領は、いわばワンマン経営者のように既成の世論の反対に逢っても敢えてそれを実施する可能性がある。同大統領は、大統領就任のスピーチにおいてもその後の言動においても、既成政治、既成概念の打破を鮮明にしており、多少国際世論で不評でも北が非核化に応じなかった場合には、軍事的手段に訴える可能性があり、従来概念では不可測性がある。
(3)金正恩委員長のリアルな懸念
金正恩委員長は、父金正日総書記(国防委員長)の先軍主義路線を踏襲し、核兵器、長距離ミサイルの実験、開発に拍車を掛け、対米、対韓国に強硬路線を取って来ていると見られており、平昌冬季オリンピックに参加を決定した後に南北首脳会談を実施し、また米国との首脳会議に応じているものの、従来の北朝鮮の動きを知っている筋からは懐疑的な見方が示されている。
しかし今回の金正恩委員長の動向はそのような従来の動きと明らかに異なる。
金正恩委員長のリアルな懸念は、‘非核化’に応じなかった場合、トランプ大統領が何らかの軍事行動に出るかもしれないということであろう。特に3月に安全保障担当大統領補佐官がボルトン前国連大使になり、北朝鮮の非核化のモデルとしてリビア方式が示唆されたことである。リビアのカダフィ大佐は、反イスラエル、反米の過激な姿勢を取っていたが、リビアの工作員がスコットランド上空でパンナム航空103便を爆破(1988年)、翌89年にはフランス航空機を爆破するなどのテロ活動を実施した。これに対し国連安保理は、リビアが航空機爆破事件への捜査協力などの要求を拒否したことから、1992、93年に2度に亘り制裁決議を採択した。リビアは核兵器開発も秘かに始めていたが、国連安保理の制裁決議によりリビアは孤立して行き、経済的にも政治的にも困難な状況に陥り、過激路線を変更せざるを得なくなった。核開発についても米国からの圧力でまず核の放棄に合意し、国際協調に応じることにより体制の維持を図ろうとしたが、結局暗殺され、核も体制も失ったという先例がある。
この先例は金正恩委員長も知るところであり、それだけに非核化により、北朝鮮の安全や体制維持が保証されるのかが最大の懸念であり、中国の習主席と2度に亘り会談するなどして、安全の保証と体制の維持に躍起になっている。もう一つの懸念は、国連安保理決議に中、ロも賛成し、経済制裁が強化されると共に、外交関係を断絶する諸国が増えるなど国際的な孤立が現実味を帯びて来ていることだ。他方、韓国で開催された冬季オリンピックには92もの多数の諸国・地域が参加し、また高速列車や近代的な施設など顕著な経済発展を遂げていることを、妹の金与正女史(党中央委員会宣伝扇動部第1副部長他)や今回トランプ大統領に親書が託された金英哲労働党副委員長などが目の当たりにしており、南に先行されているとの意識を強くしたのではないだろうか。
(4)韓国文在寅大統領の対北融和政策と仲介
4月27日の板門店での南北首脳の出会いは劇的であった。金正恩委員長が休戦ラインを挟んで北側から現れ、休戦ラインの南側で待っていた文大統領と握手し、ラインを跨いで南側に入った。そして金委員長に促され文大統領がラインを跨いで北側に立った。
首脳会談後署名、公表されたパンムンジョン宣言は3項目からなるが、南北朝鮮が現状の‘休戦状態’となっている敵対関係を脱し、‘終戦を宣言して平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築’のため関係国との協議を開始すると共に、南北双方が‘完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標’を確認した第3項が最も注目される。
<<南北首脳会談後のパンムンジョム宣言要旨 2018年4月27日>>
南北首脳はパンムンジョムの「平和の家」で、会談を行い、朝鮮半島にもはや戦争はなく、新たな平和の時代が開かれたことを全世界に厳粛に宣言。
1.南と北は、共同繁栄と自主統一の未来を早めて行く。
民族自主の原則を確認し、すでに採択された南北宣言とすべての合意などを徹底的に履行することとし、
高官級会談をはじめとする各分野の対話と協議を早い時期に開催。
関係当局間の緊密化と民間交流促進のため、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所をケソン(開城)地域に設置。
対内的には、6・15(2000年6月15日の南北共同宣言)をはじめ意義がある日を契機に、各界において民族共同行事を積極推進、対外的には2018年アジア競技大会をはじめ国際大会に共同で出場。南北赤十字会談を開催して離散家族・親戚の再会を含む諸問題を協議、解決。8・15(8月15日)を契機に、離散家族・親戚の再会を進める。
また10・4宣言(2007年10月4日の南北共同宣言)で合意された事業を積極推進。一時的にトンヘ(東海)線およびキョンウィ(京義)線鉄道と道路を連結、現代化対策を取る。
2.南と北は、朝鮮半島で先鋭化した軍事的緊張状態を緩和して、戦争の危険を実質的に解消するため、共同で努力。
(1)南と北は、地上と海上、空中をはじめとするすべての空間で、相手に対する一切の敵対行為を全面中止。
当面、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布を含むすべての敵対行為を中止して、その手段を撤廃。今後、非武装地帯を実質的な平和地帯とする。
(2)黄海の北方限界線一帯を平和水域とし、偶発的な軍事的衝突を防止し、安全な漁労活動を保障するための実際的な対策を取る。
(3)南と北は、相互協力と交流など、さまざまな軍事的保障対策を取る。
南と北は、双方の間で提起される軍事的な問題を遅滞なく協議解決するために、国防相会談をはじめとする軍事当局者会談を頻繁に開催。
3.南と北は、朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制構築のために積極協力。
朝鮮半島で非正常な現在の停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立するのは、これ以上先送りできない歴史的課題。
(1)南と北は、いかなる形態の武力も互いに使用しないという不可侵合意を再確認して、厳格に遵守。
(2)南と北は、段階的に軍縮を実現。
(3)南と北は、休戦協定締結65年になる本年、終戦を宣言して停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のために、南・北・米の3か国、または南・北・米・中の4か国の協議開催を推進。
(4)南と北は、完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認。
南と北は、北側が取っている主導的な措置は、朝鮮半島の非核化のために非常に大きな意義があると認識、今後それぞれが、自らの責任と役割を果たす。
両首脳は、定期的な会談と直通電話を通じて、民族の重大事を随時、真剣に議論する等、共に努力。
差し当たりムン・ジェイン大統領は、本年秋にピョンヤンを訪問。
2018年4月27日 板門店
更に金正恩委員長は、5月24日にトランプ大統領が6月12日に予定されている首脳会談の中止を明らかにし、その旨の書簡が発出された2日後の5月26日、金正恩委員長の要請で再び南北首脳会談を行っている。2回目の文韓国大統領との会談は、板門店の休戦ラインを跨いだ北側で行われた。金正恩委員長としては、米朝首脳会談の中止への対応について意見を交わしたかったのであろう。文韓国大統領は、翌5月27日の記者会見において、‘正恩氏は会談で改めて完全な非核化の意思を示し、6月12日の米朝首脳会談開催に向け、米国との実務協議を行う考えを明らかにした’旨説明している。
トランプ大統領の真意や米朝首脳会談について、文大統領に金正恩朝鮮労働党委員長が意見を求め、韓国大統領がいわば米国との仲介役を果たしているようだ。
朝鮮半島の非核化や南北間の戦争終結、和平などについては、今後紆余曲折があろうが、戦争終結の上でのキープレーヤーである中国、北朝鮮、韓国、米国4か国首脳がそれぞれ従来と明確に異なる動きを示していることから、朝鮮半島の歴史が大きく動く可能性がある。既に米朝両国は事実上の国家承認に動いている。(2018.6.2.)(All Rights Reserved.)
2018年6月2日
グローバル・ポリシー・グル-プ
元駐ルクセンブルク大使
小嶋 光昭