過熱する日米同盟論議と基地問題-オバマ大統領訪日の波紋― (その2)
民主党政権が発足して1ヶ月半程過ぎた。補正予算の無駄の凍結や予算編成など国内問題と共に、ゲーツ米国防長官の訪日を受けて外交、安全保障問題の議論も過熱気味になって来ている。特に、日米双方とも両国同盟関係を重視しているものの、民主党政権は沖縄の基地移転問題などで自民党政権とは異なる姿勢を示しているおり、11月13、14日に予定されているオバマ大統領の訪日に向けて日米双方で意見の調整が活発に行われている。
1、新政権に戸惑う米国 (その1として掲載掲済み)
2、実質的な政権交代には政策転換が伴う
そもそも普天間飛行場の返還問題は、沖縄米海兵隊員による少女拉致・暴行事件(1995年9月)に端を発して、日米の外交・防衛当局により沖縄における米軍施設・区域に関する協議が開始され、橋本政権において移設を前提とするものの、普天間飛行場の返還の方向性が決断され、それ自体は評価されるところである。しかし米軍の再編計画については、沖縄の基地問題や日本の防衛のためだけではなく、1991年の湾岸戦争以降、中国が軍事力の近代化を中心とする急速な軍事力増強を行い、また最近北朝鮮が核・ミサイル開発を進めていることなどに対処するため、アジア・太平洋規模での安全保障を勘案して再編計画を打ち出していることは米国側も十分に認識しているところであろう。
従って、鳩山政権が政権発足後1、2か月で2006年の日米合意に基づく移設計画に同意しないとしても、“最大の問題が中国ではなく日本”という認識は、そもそも日米同盟とは中国との関係よりも脆弱なものということを意味することになり、冷静さを欠く過剰な反応と言える。更に、日本側当局がこれまで自民党政権下で、米国の要請を丸呑みにして来たとのイメージや認識は、鳩山政権が主張している旧政権下の対米追従外交を米国の日本通も認めていることなる。日本の政治が戦後ほぼ一貫して自民党政権下で首班順送りがなされ、政権の安定的な運営のためにも経済的、政治的に対米国関係の安定的な維持が不可欠であったので、米国側もそれを当然視し、政権が交代してもそのような関係が継続すると期待しているとしても不思議はない。
しかしオバマ政権としては、日本の今回の政権交代は首班順送りではなく、戦後初の本格的な政権交代であり、国民が政策転換を選択したことを認識すべきであろう。政権交代には、国内政策はもとより、外交、安全保障政策においても転換が伴うことは自然であろう。それが国民の明確な選択なのである。
確かに政権が交代しても、外交、安全保障政策は、相手国との関係や、国際約束などの遵守を含め、国際社会での信頼性に関係するので、一定の安定性や一貫性が要求される。しかし、一般論として政権が交代すれば外交、安全保障政策においても転換されることは少なくない。米国においても、ブッシュ前政権において、温室効果ガス抑制の枠組みに関する京都議定書に不同意を表明し、また北朝鮮の核開発問題に関するクリントン政権下での米・朝枠組合意を破棄し、米・日・韓などにより北朝鮮で建設を開始した軽水炉計画を中止し、新たに6か国協議を枠組みでの交渉に転換するなど、国際的な約束や合意を修正している。また09年1月に発足したオバマ新政権は、温暖化ガス削減を目指すグリーン・ニューデイールを打ち出した他、これまで禁句に近かった「核無き世界平和と安全」を提唱し、中・東欧に建設を推進していたミサイル(MD)防衛網の建設中止を表明すると共に、イラク都市部を中心とする大幅撤退を表明するなど、変革(“チェンジ”)を図ろうとしている。
鳩山新政権は、9月の総選挙において大幅な政策転換を伴う政権交代を訴えて地滑り的な国民の支持を獲得し、「マニフェスト」の具体化に向けて検討を開始した。実質的な政策転換が予想されている。
米国において政権交代が行われる場合、新政権が軌道に乗るまで少なくても3か月から半年は掛かる。大使人事や課長クラスの人事についてはもっと時間を掛けている。大統領選挙後、選挙結果が明らかになってから翌年1月の就任式まで約1ヶ月半あり、その間に「政権移行チーム」の作業が開始し、閣僚人事や主要ポストの人事が固まっていくと共に、「政権移行作業」が行われる。そして大統領就任式後、優先的取り組み事項と各省庁の課長クラス以上を中心とする人事など、実施に向けての具体化作業が3ヶ月から6ヶ月程度掛けて行われる。外交政策についても同様で、日本を含め各国は、新政権の政策、姿勢についての情報収集が活発に行われる。一般的に、特定分野や地域を担当する次官補クラス(日本の局部長)が決まらないと新たな方向性は分からないし、次官補クラスが決まっても具体策などについては更に時間が掛かり、日本側は必死に米国の新政権の政策、方針を「学習」するのが常である。米国側の主要ポストが決まれば政策協議なども行われる。在外公館からその「学習結果」が報告されてくると、省内外の関係方面にも送達され、政府高官の発言など重要なものは大臣や首相官邸などにも伝えられる。米国の場合、4年から8年毎に共和党と民主党との間で政権交代が行われるので、日本の外交当局は「政権交代」への対応にはある程度慣れているが、重要な問題が一巡するまでの半年から1年前後は情報収集と学習の状況が続く。
他方、米国側、特に米国の事務方は今回のような日本の政権交代、政策転換には不慣れであり、対応に戸惑っている。。日本においては戦後、1993年の細川政権を除き自民党を中心とする政権が継続し、政権が交代しても与党内の首班の交代であり、外交の一貫性も保たれていたからだ。米国の国務、国防当局が、従来の首班交代の時と同様、日本の新政権もほぼこれまで通りの政策を踏襲するものと期待していても不思議はない。米国側とすれば、むしろ日本側が「学習」してくれると期待する空気が強いと思われる。上述のワシントン・ポスト紙の記事で、従来であれば、米国の提案に対し日本側が“ああそうですか”と言って受け入れていたとしている。日本外交もそれ程単純でも、ナイーブでもないが、残念なことに米国のアジア研究者などにそのような印象を与えていたことが明らかになった。それ以上に、米国側の日本に対する認識がその程度かと寂しい限りである。ワシントン・ポスト紙は、共和党支持の保守系の新聞であるので、そのような論調をより強く打ち出しているのであろうが、党派を問わず同様の認識を持っている可能性があるので、今回は、米国側が日本の新政権の政策や国民の意識の変化を「学習」してもらう必要がありそうだ。
政権交代を前提とすると、日米間の相互理解を促進する上でもう一つ制約要因がある。それは米国側だけではなく、日本の官僚組織が本格的な「政権交代」に不慣れであることだ。半世紀以上に亘る与党自民党の下での政権が継続していたわけであるので仕方がないことであり、外交、防衛当局は政策の一貫性を期待する。そのような期待感は米国側にも伝わり、米国側が日本側に強く要請すれば日本側は受け入れるとの印象を与える恐れがある。特に、事務レベル間での接触においてはそのような流れになる可能性が強い。そこで米国側が取る対応は、「外圧」である。「ガイアツ」という言葉は、米国の日本通などの間では、可なり広く知られている表現で、日本に強い圧力を掛ければ日本側が妥協するとの認識だ。“ガイアツ”は事柄により様々なチャンネルで日本にもたらされる。政治を動かしたい場合は実務レベルや民間レベル、官僚組織を動かしたいときは政治レベルなど、各種のチャンネルが使われる。11月3日、米国務省ケリー報道官が、普天間飛行場の移設問題に関連し「どのような関係を米国と持ちたいかを決めるのは日本次第である」と述べ、日本側に判断を迫ったが、オバマ大統領訪日までの決定を迫る“ガイアツ”であったのであろう。それらが多くの場合偏った意見、論調が両国のメデイアや評論家などを通じ両国の国民に伝えられる。(09.11.) (All Rights Reserved.)
民主党政権が発足して1ヶ月半程過ぎた。補正予算の無駄の凍結や予算編成など国内問題と共に、ゲーツ米国防長官の訪日を受けて外交、安全保障問題の議論も過熱気味になって来ている。特に、日米双方とも両国同盟関係を重視しているものの、民主党政権は沖縄の基地移転問題などで自民党政権とは異なる姿勢を示しているおり、11月13、14日に予定されているオバマ大統領の訪日に向けて日米双方で意見の調整が活発に行われている。
1、新政権に戸惑う米国 (その1として掲載掲済み)
2、実質的な政権交代には政策転換が伴う
そもそも普天間飛行場の返還問題は、沖縄米海兵隊員による少女拉致・暴行事件(1995年9月)に端を発して、日米の外交・防衛当局により沖縄における米軍施設・区域に関する協議が開始され、橋本政権において移設を前提とするものの、普天間飛行場の返還の方向性が決断され、それ自体は評価されるところである。しかし米軍の再編計画については、沖縄の基地問題や日本の防衛のためだけではなく、1991年の湾岸戦争以降、中国が軍事力の近代化を中心とする急速な軍事力増強を行い、また最近北朝鮮が核・ミサイル開発を進めていることなどに対処するため、アジア・太平洋規模での安全保障を勘案して再編計画を打ち出していることは米国側も十分に認識しているところであろう。
従って、鳩山政権が政権発足後1、2か月で2006年の日米合意に基づく移設計画に同意しないとしても、“最大の問題が中国ではなく日本”という認識は、そもそも日米同盟とは中国との関係よりも脆弱なものということを意味することになり、冷静さを欠く過剰な反応と言える。更に、日本側当局がこれまで自民党政権下で、米国の要請を丸呑みにして来たとのイメージや認識は、鳩山政権が主張している旧政権下の対米追従外交を米国の日本通も認めていることなる。日本の政治が戦後ほぼ一貫して自民党政権下で首班順送りがなされ、政権の安定的な運営のためにも経済的、政治的に対米国関係の安定的な維持が不可欠であったので、米国側もそれを当然視し、政権が交代してもそのような関係が継続すると期待しているとしても不思議はない。
しかしオバマ政権としては、日本の今回の政権交代は首班順送りではなく、戦後初の本格的な政権交代であり、国民が政策転換を選択したことを認識すべきであろう。政権交代には、国内政策はもとより、外交、安全保障政策においても転換が伴うことは自然であろう。それが国民の明確な選択なのである。
確かに政権が交代しても、外交、安全保障政策は、相手国との関係や、国際約束などの遵守を含め、国際社会での信頼性に関係するので、一定の安定性や一貫性が要求される。しかし、一般論として政権が交代すれば外交、安全保障政策においても転換されることは少なくない。米国においても、ブッシュ前政権において、温室効果ガス抑制の枠組みに関する京都議定書に不同意を表明し、また北朝鮮の核開発問題に関するクリントン政権下での米・朝枠組合意を破棄し、米・日・韓などにより北朝鮮で建設を開始した軽水炉計画を中止し、新たに6か国協議を枠組みでの交渉に転換するなど、国際的な約束や合意を修正している。また09年1月に発足したオバマ新政権は、温暖化ガス削減を目指すグリーン・ニューデイールを打ち出した他、これまで禁句に近かった「核無き世界平和と安全」を提唱し、中・東欧に建設を推進していたミサイル(MD)防衛網の建設中止を表明すると共に、イラク都市部を中心とする大幅撤退を表明するなど、変革(“チェンジ”)を図ろうとしている。
鳩山新政権は、9月の総選挙において大幅な政策転換を伴う政権交代を訴えて地滑り的な国民の支持を獲得し、「マニフェスト」の具体化に向けて検討を開始した。実質的な政策転換が予想されている。
米国において政権交代が行われる場合、新政権が軌道に乗るまで少なくても3か月から半年は掛かる。大使人事や課長クラスの人事についてはもっと時間を掛けている。大統領選挙後、選挙結果が明らかになってから翌年1月の就任式まで約1ヶ月半あり、その間に「政権移行チーム」の作業が開始し、閣僚人事や主要ポストの人事が固まっていくと共に、「政権移行作業」が行われる。そして大統領就任式後、優先的取り組み事項と各省庁の課長クラス以上を中心とする人事など、実施に向けての具体化作業が3ヶ月から6ヶ月程度掛けて行われる。外交政策についても同様で、日本を含め各国は、新政権の政策、姿勢についての情報収集が活発に行われる。一般的に、特定分野や地域を担当する次官補クラス(日本の局部長)が決まらないと新たな方向性は分からないし、次官補クラスが決まっても具体策などについては更に時間が掛かり、日本側は必死に米国の新政権の政策、方針を「学習」するのが常である。米国側の主要ポストが決まれば政策協議なども行われる。在外公館からその「学習結果」が報告されてくると、省内外の関係方面にも送達され、政府高官の発言など重要なものは大臣や首相官邸などにも伝えられる。米国の場合、4年から8年毎に共和党と民主党との間で政権交代が行われるので、日本の外交当局は「政権交代」への対応にはある程度慣れているが、重要な問題が一巡するまでの半年から1年前後は情報収集と学習の状況が続く。
他方、米国側、特に米国の事務方は今回のような日本の政権交代、政策転換には不慣れであり、対応に戸惑っている。。日本においては戦後、1993年の細川政権を除き自民党を中心とする政権が継続し、政権が交代しても与党内の首班の交代であり、外交の一貫性も保たれていたからだ。米国の国務、国防当局が、従来の首班交代の時と同様、日本の新政権もほぼこれまで通りの政策を踏襲するものと期待していても不思議はない。米国側とすれば、むしろ日本側が「学習」してくれると期待する空気が強いと思われる。上述のワシントン・ポスト紙の記事で、従来であれば、米国の提案に対し日本側が“ああそうですか”と言って受け入れていたとしている。日本外交もそれ程単純でも、ナイーブでもないが、残念なことに米国のアジア研究者などにそのような印象を与えていたことが明らかになった。それ以上に、米国側の日本に対する認識がその程度かと寂しい限りである。ワシントン・ポスト紙は、共和党支持の保守系の新聞であるので、そのような論調をより強く打ち出しているのであろうが、党派を問わず同様の認識を持っている可能性があるので、今回は、米国側が日本の新政権の政策や国民の意識の変化を「学習」してもらう必要がありそうだ。
政権交代を前提とすると、日米間の相互理解を促進する上でもう一つ制約要因がある。それは米国側だけではなく、日本の官僚組織が本格的な「政権交代」に不慣れであることだ。半世紀以上に亘る与党自民党の下での政権が継続していたわけであるので仕方がないことであり、外交、防衛当局は政策の一貫性を期待する。そのような期待感は米国側にも伝わり、米国側が日本側に強く要請すれば日本側は受け入れるとの印象を与える恐れがある。特に、事務レベル間での接触においてはそのような流れになる可能性が強い。そこで米国側が取る対応は、「外圧」である。「ガイアツ」という言葉は、米国の日本通などの間では、可なり広く知られている表現で、日本に強い圧力を掛ければ日本側が妥協するとの認識だ。“ガイアツ”は事柄により様々なチャンネルで日本にもたらされる。政治を動かしたい場合は実務レベルや民間レベル、官僚組織を動かしたいときは政治レベルなど、各種のチャンネルが使われる。11月3日、米国務省ケリー報道官が、普天間飛行場の移設問題に関連し「どのような関係を米国と持ちたいかを決めるのは日本次第である」と述べ、日本側に判断を迫ったが、オバマ大統領訪日までの決定を迫る“ガイアツ”であったのであろう。それらが多くの場合偏った意見、論調が両国のメデイアや評論家などを通じ両国の国民に伝えられる。(09.11.) (All Rights Reserved.)