西洋の芸術には聖書が深くかかわっていることが多い。多くの日本人にはあまり馴染がないが、音楽に触れるのを機に少し深く掘り下げてみたいと思う。
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"黒人霊歌とは、18世紀から19世紀にかけてアフリカからアメリカ大陸に連れてこられた人々の経験から生み出されたキリスト教音楽とのこと。旧約聖書のちなんだ歌詞、自由への渇望が反映されている。"
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旧約聖書はあまりに複雑すぎるし長いので、黒人霊歌と関係のありそうな部分までをまとめてみた。
旧約聖書は誰でも知っている通り、アダムとイブから始まる。アダムとイブを何代か下り、アブラハムという子孫が神様からカナン(パレスチナ)の地を与えられる。
アブラハムには7人の子供があり(幼稚園生が知っている”アブラハムと7人の子”っていう歌もこのアブラハムらしい)その中に後に”イスラエル”という名前を神様からもらうことになるヤコブという息子には12人の子どもがいた。その12人の子どもの中にヨセフという頭の良い子どもがいたのだが、兄たちに憎まれて奴隷としてエジプトに売られる。
エジプトに売られたヨセフはとても優秀だったので、奴隷から総理大臣にまで上り詰める。その後兄弟たちと和解。飢饉に苦しんでいたカナンからヨセフは兄弟たちをエジプトに呼び寄せる。
総理大臣の親戚ということで始めのうちは優遇されていたイスラエル人であったが、時を経るうちに人口が増え、エジプト人たちから疎まれてしまう。そうして奴隷の身分に落とされてしまったイスラエル人。当時エジプトのファラオ(王)はイスラエル人がこれ以上増えることを恐れ、”生まれた男の子をことごとく殺してしまえ”というお触れを出す。この頃に生まれたのがモーゼである。息子を殺されることを危惧した両親はモーセをナイル川の葦の茂みに隠す。
隠されていた生後3ヵ月のモーゼを見つけたのはエジプトの王女。イスラエル人と気づいてはいたが、自分の子供として育てようと連れ帰り、モーゼは王子として何不自由なく育てられる。なんと母乳の出ない王女に代わり乳母となったのは奴隷であったモーゼの実の母親だった。
さて、モーゼは順調に成長したが、自分の出自を知ってしまい、奴隷であるイスラエル人がエジプト人からひどい目にあわされている現場を見て逆上し、エジプト人を殺してしまう。それをエジプト王が知ることを恐れた育ての母のエジプト王女がモーゼを逃がす。
モーゼと一緒にエジプトから逃れたイスラエル人一行は紅海まで来たところで、行き詰まってしまう。追ってきたエジプト軍が迫ってきたところで、有名な”海が割れるシーン”。モーゼたちは無事に海を渡り、追手は海の中に沈む。そしてモーゼはシナイ半島で神から十戒を授けられる。
その後40年間荒野を放浪したモーゼはヨルダン川を越え、イェリコを攻略した後、神から与えられたイスラエルの土地カナンへ戻る。
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ここまでが旧約聖書に書かれた黒人霊歌に係わる内容である。
奴隷としてアメリカに連れてこられたアフリカの人たちは、イスラエル人の苦難を自分たちに準え、”深い河”ヨルダン川を渡り、イェリコ(ジェリコ)を攻略した後、自分たちの約束の地に戻れることを夢見たにちがいない。
旧約聖書は史実とも重なる部分が多いので興味深い。モーゼは実在する人物ではなかったようだが、”ノアの箱舟”などは実際に起きた災害をもとに書かれているのではないかと言われている。
”イェリコの戦い”は紀元前1300年頃実際にあったイスラエル人によるカナン人の大虐殺だという説もあるが、イスラエル人が入植した際、すでにカナンの地は廃墟だったという説もあり、実証はされていない。現代になっても”ジェリコの戦い”が続いていると思うとニュースを見るたび、根が深い問題であると認識する一方、悲しい気持ちになる。今世界で起きていることを思うと正直、”ジェリコの戦い”を元気よく演奏するのには少々複雑な想いはあるが、それはそれとして、楽しく演奏したい。