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時の関守

結婚という形 (5)

神は人間をつくろうとしたとき、まず、夫婦の原型となるたましいを選び、そこからこの世がはじまりました。
この夫婦の原型というものは、この世の地と天がもと(手本)になっているのだと聞かせていただきました。

とても、突拍子(とっぴょうし)もない話しなので、私も最初はとまどったのを覚えています。
でも、最近なるほどと思うようになりました。
私たち人間をはじめ、生きとし生けるものは、この天と地の間に生きています。
大地は、万物を育み、この世が存在するための、ゆるぎない根拠です。
ですから、大地をゆるがす地震は、人間にたいへんな恐怖をよびさまします。
そんな大地というものは、まるで母のような存在です。
母なる大地とも言いますよね。

天は昔から、人間にさまざまな想像をいだかせます。
星を見てさまざまな空想にふけるのは当然のことでしょう。
昼間に見えていなかった星空を見て、その神秘さに感動しない人はいないと思います。
ある程度の知識がそなわったとしても、私はその神秘を否定する気にはなりません。
天はなかなか、手に届かないのですが、何かこの世の真実らしきものをかいま見せて、理想に向かう心をはげましてくれます。
手に届きそうもない夢を追う、(子供にとっては)少し厳しい父のようなものです。

天と地は、夢と現実、父と母、その全く違うもののあいだに、人間をはじめとする、生きとし生けるものが生存している。
ただ、生きとし生けるものがこの世に生きるには、どちらが欠けてもだめ。
天がなければ、地はない。地がなくても天は存在しない。

それが夫婦のもととなっているのだそうです。
まったく違うものが、もとになっているのですから、人が結婚して夫婦になるということは。
とても難しくて困難なこの世のミッションなのでしょうね。

ですから、たましいがこの世に生きるということの、大切な目的の一つが結婚であっても、おかしなことではないのでしょう。
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