写真は、今年もなんとか作った干し柿です。すでに神棚と仏壇にお供えしました。
今年の話はしたくないようなひどい年になりました。
横浜にクルーズ船がついてからは、余計に毎日大放送。
若いころにはよく出かけた港の近辺、なんだか切なかったです。
コロナについては、もう今更なので書きませんが、上の方たちの緊張感のなさと無責任さには、
「日本ってこんな人たちがカジ取りしてるわけ?」と、情けなくなりました。
二階氏は「たべてないから会食ではない」…。
だれか「アンタねぇ、出るな、群れるな、集まるなと言うとろぉが!」と、
ゴツンとやってくれる人がいないのが、あの人の不幸です。
さてさて、昨日は仕事場のほうにもお飾りやお供えをしつらえてきましたが、
思えば今年のお正月には、まだリフォーム工事中でしたから、お飾りも置けるところに…でした。
実際にはまだ外構すべてが終わっているわけではありません。
来年に持ち越しですね。それでも形はほぼ整いましたから、荷物も少しずつ運び込んでいます。
来年、とにかくワクチンです。それができないことには動くことはできません。
今年はヘルパーさんも理学療法の先生も訪問看護士さんもすべて断り、閉じこもりました。
パソコンは動かず、スマホはやっとこさ…でも手足もぎ取られたような気はしなかったのは、
まがりなりにも、スマホで買い物したりメールができたから。
また友人と電話や手紙でやり取りがあったから…。一人ではないことのありがたさを感じた1年でした。
世の中もいろんなことがあって、改めて生き方暮らし方を考えたり振り返ったりという
そんな時間にもなったと思っています。とんでもない経験をしたのだから、
いやいや今も経験中ではありますが、だからこそ「転んでも ただでは起きない とんぼっち」で、
何かしら新しい発見や、思いついたことの推敲や、初めてのことへの挑戦…と、
少しずつ時間を使ってきました。
動けるようになったら…と、あれこれ「やることリスト」も増えています。
こんな年だったけど、これから先、これが10年20年続くというわけでもありますまい。
私たちの親は、別の意味での先の見えない「戦争」という時期を乗り越えてきた人たちです。
その子供世代である私たち、なんのこれしきと「乗り越えなければ」と思っています。
今年はほとんど書くこともなく、放置ブログになっていたにも関わらず、
お訪ねくださり、またご心配くださり、さらには「おかえりなさい」と、
迎えてくださった皆々様、本当にありがとうございました。
年末のドタバタで、家の中には着物が「放置」、コラコラ。
少しずつまた書いていきます。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
本当にありがとうございました。お元気で、新しい年をお迎えください。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます