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写真は新年早々に利用したネットスーパーの配達員の方から、これお年玉ですと渡されたもの。
うさぎさん根付(セラミックだそうです)でした。あらぁうれしいですぅ。かわいい!
おみくじもついてました。
「吉」、「こちらによくすればあちらにわるく、右によくすれば左に悪く、常に心の迷いあり…」
あたしって八方びじんかい…。あたしはあたし…ブレちゃダメよってことですね。
「恋愛…思い通りにならぬ、縁談…いろいろと心迷うて時を失う」…所帯持ちでエガッタ。
幸いにも?最近私の周囲には、お年玉をあげなければ…という対象が、おりません。
年齢的対象者は、はるか彼方にすんでいたりしますし…。
おかげさまで「ぽち袋」でさえ、何年も前に買ったものがいまだにのこっているというありさまです。
では「お年玉」について…。
元々は「神霊的なもの」、つまり、歳神をそれぞれの家でお迎えし、その魂の力をわけていただく…。
そんなところから、それをカタチにした「丸餅」を与えたものが始まりといわれています。
鎌倉時代アタリから、お餅ではなく品物を与えるようになったという説もあります。
いつから「お金」になったんだか…。
私が子供のころは、親の友人知人、親戚などが来ると「はい、お年玉」といって、
お菓子の詰め合わせとか、手ごろなおもちゃなどをくれたものでした。
いつのころからか「現金」になり始めましたが、日ごろ持ちつけない金額がたまりますから、
親の目が厳しかったですね。記憶では、私が中学生の時、
月のお小遣いが350円で、当時のドーナツ盤といわれるレコードが330円、すぐに360円に値上がりして…。
そんな時代に1000円もらったら、いまなら10000円の感覚です。
中2のときだったと思うのですが、いつもはこない遠くの親戚がたまたま続けてやってきまして、
私のお年玉は8000円になりました。なにしろ、そんなにたくさん身内がいるわけではないので、
このときはもう「特別なお正月」になりましたねぇ。
それで何を買ったか…値段も覚えております。5000円でした。
母の「ビーズバッグ」、それがこちらです。
今考えれば、こんなフォーマルバッグなんか、当時の母は年に1回も使わない、
ハンカチいれたらほかは何もはいらない役立たずバッグなんですが…。
中もダメージなし。保存ミゴト…。
残念ながら、外の金具の部分にちょっとシミみたいなものがでちゃってます。
めったに手に入らないお金を手にして、母のものを買ったのは、
当時女手一つで必死に私を育ててくれていることへの感謝…だったのだと思うのですが…。
包みをあけたとき、母は「きれいやなぁ高かったやろに、おおきになぁ」と、そうは言いましたが、
あきらかに「心から喜んでいない」のを感じました。ちょっとジミだったんだろうか、
お店のヒトは、年齢的にこれがいいといったけど、やっぱり花のついてるほうがよかったのだろうか…。
それが「こんなもん使うときあらへんわ、もったいない」だったときがついたのは、大人になってから。
このバッグは何年か前に「これからやったら、あんたの方が使うやろ」と、渡されました。
捨てるわけにもいかず、一度も使わず、大事に保管してあったんですねぇ。このまま大事にとっておきましょう。
ところで…今日のニュースで毎年恒例の「福袋争奪戦」のニュースをやっていました。
大人ももちろんいますが、大体は「お年玉」か「バイト代」をつぎ込むんだろうなと思われる「少女」タチ…。
特定のエリアですが、買ってすぐお店の外で交換会やフリーマーケット並の販売が行われるんですよね。
年に一回のことだから…と、笑ってみるには、あまりにも…な光景ですわ。
福袋は昔からありましたし、私も「縁起物」と、1000円2000円くらいのを
買っていたことはあります。大体は「婦人用小物」のお店のもので、手袋やマフラーハンカチなど…。
あのころのものってバーゲンの更に残りものとか、そんなものの寄せ集めみたいなもので、
やたらハデな靴下と地味なマフラーとか、えぇかげんといえばえぇかげん。
だからあんなに並んだりはしませんでしたね。むしろ「福袋なんて残り物だよ」と、素通りも多かったです。
今の中身ははそんなことはなくて、去年の売れ残りなんてのはないんでしょうけれど、
何万も買うってのがねぇ…一袋に5万円分入って2万…なんていわれると、
じっくり考えて2万買い物した方が…あららこれっておばさんかしら。
お年玉かバイト代と思われるような年頃の子達が、1万2万という福袋をいくつも買って、
広げて交換して、というのを見ていると…お金の使い方ってのを考えちゃいます。
まぁこれもお正月のひとつの遊び方、で、いいものが一つでも手に入れば「福がきたぁ」で
いいのかもしれませんが…親はどう思って…あっ古いですね、こういう言い方。
娘のために徹夜で並ぶ父親もいますから…。もしウチなら「自分で並べ」でおわりですが。
でも「大島紬証書つき、反物3本いり10000円」…だったら、
おとーちゃんに「アンタ並んで」って言うかもしんない???
息子のお年玉つぎこんで…こらこら!
一度も使わなくても裏地が黄ばんだり
するのに、保存状態のいいのに驚きます。
福袋は今迄で一度だけ買った事があります。
自分の好きな色じゃなくて、その時交換
しませんかと言われて、交換しましたが、
それ以来、本当に欲しい物だけ買った方が
納得できると思い、それ以来福袋は買って
いません。
古いと言われても、おばさんと言われても
私もとんぼ様と同じ事を思います。
中身がかろうじて出した金額ととんとん、くらいであとはミスドの景品ですかって感じでしたw
他の福袋も中身が書いてあるのもあり、見てみたんですが、いいなと思うものの値段=福袋の値段と言う印象でしたねえ。
台所のスポンジなんか100円ショップので十分すぎるのに、300円のこれといって変わり映えしないスポンジとかで倍入ってます!と言われても。。。という感じ。
なんだかそういうところ多かったようで、日本経済もほんとに厳しいんだなと思ったりしました。
安くてもいらないものは買わないし、売る方もたくさん仕入れないから良いものが余ってる事も無い。。。エコといえばエコなのかもですけどね苦笑
我が家は孫がいないものですから、
お正月の祝い膳の脇には娘と私のお年玉が
おかれます。が、
年女の私は今年限りでお年玉は終わりにしますと
伝えました。
もう自分の力で家を買える社会人ですから、
大人の扱いをして、自分の気持ちにも区切りを
つけて...なんて考えたからですって言い切る
ほどのことでもないのですが...。
大きめのお年玉袋に<卯>を赤で押して名前をいれました。
<有り難うございます>がお互いの心に伝わります。
干支がよい区切りになってくれました。
でも必ず不要の物が・・・
今年はいつも使っている化粧品の福袋のみにしました。
あの渋谷の一騒動は異常ですよ。
もし我が家の娘が行きたいなんぞ言ったって、断固反対します。当然代理で並ぶなんてこともしません。
お年玉ですが、私は親戚が多かったので、かなりの収入になっていました。30年前で10万近いお金が集まることもあったのですから、とんでもないことですよね。
少しだけ貰って、おもちゃ買ったりマンガを買ったり無駄遣いさせてはもらいましたが、基本的に全て、頂いたらすぐに親に渡していました。一応貯金しておいて学資としていたようですが、時々生活費に流れていたんじゃないかと(笑)
我が娘は親戚が少ないので、そこまで大金は行かないと言うのもあり(集まってもせいぜい2~3万)、“利益”は全額臨時収入として渡しています。
出資は親なのですから、せめて元手くらいは返してもらってもいいです・・・よね?!
ねこもしゃくしも…でしたよね。
ちょっとお出かけと言うと、祖母なども
色の濃いビーズバッグをもっていましたっけ。
あんまりきれいに残っていたので驚きました。
福袋って要するに「縁起物」なんですよね。
ちょっと1000円くらいの、
小物とかお菓子とか…。
何万も出すなら、予定立てて買った方がいいですよ。
損はしないようにつくってあるのでしょうけれど、
あくまで縁起物、買うこと自体を楽しんで
わくわくしてあけて「なーんだ」でも、
とにかくいっとき楽しい程度の買い物でないと。
何万もつぎ込むのは、なんか損してる気がします。
そう、年女でいらっしゃいましたね。
私はいつから親にお年玉もらわなくなったかしらと
考えてみたんですが…。
働きだしたとたんに、こっちが渡してましたね。
それでもそれを全部私名義の貯金に
入れてありましたが…。
親はありがたいものです。
今日も「渋谷10ナントカ」をやっていましたが
あの小さなビルに何千人だかの列ができる…。
日本は平和だよなぁと、思います。
お年玉、一時期、私やイトコが小さいときは
親同士が「結局いったりきたりで損は親ばかり」と笑っていました。
ほんと、出資分くらいはって思いますよね。
それでなくとも年末年始は支出が多いんだから…。