ほばーりんぐ・とと

ただの着物好きとんぼ、ウンチク・ズッコケ・着付けにコーデ、
あちこち飛んで勝手な思いを綴っています。

貼り紋のこと

2009-11-14 22:45:54 | 着物・古布
今日のお話は、先日の「繰り回し」もかねまして…。
写真はこれからお話しする「貼り紋のついていた紋付」の羽裏。
もう弱っていて、ちょっと引いただけでニリッときれます。
のんびり釣りしているおおらかな絵なんですけどねぇ。


まず、今ネットに出でくる男物羽織というと、紋付か紬。
一時代前までは「紋付羽織袴」というのは、留袖や振袖よりも用のあるものでした。
黒紋付はあらゆる「正式な場」で使ったからです。
例えば、目上のヒトへの年始や、何かの挨拶とか、
また祭りや、地域の行事などのいわゆる「祭祀」関係の列席とか…。
私が子供のころは、結婚式で紋付羽織袴は「新郎」だけではなく、
お仲人さんも父親も、みんな同じでした。
時代とともに洋装が台頭してきて、いまや仲人さんも父親も、
ブラックフォーマルが珍しくありません。
以前、友人の息子さんが、紋付で友人の結婚式に出ようとしたら
「花婿とまちがえられるからやめろ」なんていわれたという話を聞きました。
もちろんこの場合は、貸衣装でグレーっぽいのを借りる予定でしたが、
なんたって最近は新郎が白紋付だったり、きらきらだったりしますからねぇ。

さて、この黒紋付は当然おっきい「家紋」がどーんと入っているわけですが、
古着の羽織には、ワリと「貼り紋」があります。

えーと、貼り紋のお話しの前に、まず「紋を直す」お話しから致しましょう。
紋はきれいに描き直す、或いは別の紋に描き替えることができます。
簡単に言いますと、元々の紋を丁寧に洗って墨を落とします。
説明文にしたら一行ですんでしまうのですが、生地をいためないように、
ほかの部分に汚れを移さないように、細心の注意と熟練の技が必要です。
きれいになった部分に、新たに墨を入れて新しく紋を描き入れるわけです。
元と違う紋を描き入れるときも同じで、元のものが残っては重なってしまうので、
きれいに落として描きなおすわけですね。

紋付の紋の周りには、だいたい白い輪があります。これは白丸の土台で
これを「石(こく)」と言い、この輪の付いた紋を「石持ち(こくもち)」と言います。
つまり白い丸の中に紋を入れて、輪の分と紋の柄だけ残し隙間を塗りつぶして、
紋柄と白い輪を残すわけです。
女性の訪問着や色無地などには「石」がありませんから、
紋をつけたいときは、石のあるなしを決めて、あれば石も、
なければ紋の形に、まず地色を色抜きします。
元々紋があっての描きなおしは、その紋の墨を含めて色を抜きます。
その抜けた形の中に、墨で新たに輪郭と中の模様を描き入れるわけです。
もしたとえば、ちょっと広く抜けてしまい白い部分が端っこに残ってしまったり、
描きなおしで紋を重ねても、元の白い部分が隠しきれなかったりした場合は、
着物の地の色と同じ色を作り出して、その部分を細い筆で「塗る」のです。
ほんっとに細かい作業なんですね。
なんか説明していて「こんなに簡単にしか言えないのかしら」と悲しいのですが、
この「紋を描く」というのは、専門職で、たいへんな技術なのです。

さて、いよいよ「貼り紋」ですが、貼り紋を使うのは
ひとつには「生地が古くて紋を描き直す作業に布が耐えられない」場合、
もうひとつは「古着やもらいもので紋が違う」場合です。
墨を抜いたり、色を抜いたりするのは手間もかかるし、
元々紋付はほとんど羽二重ですから、薄くて傷みやすいのですね。
貼るほうがそれよりカンタンなので、多く使われるわけです。
貼り紋は絹の薄い布に紋を描きこみ、それを古い紋の上に貼り付けたのち、
貼り付けた「ふち」がわからないように、まためくれてこないように、
細かくまつりつけます。これ、ほんっとに見えないような針目で縫い付けてあります。
これが古来よりの方法なんですが、
今は、文字通り「シールはがしてペタ」ってのがおおいんじゃないでしょうか。
まぁ紋付そのものが、あまり着られない時代ですから、
それでもいいや…もあるかと思いますが、丁寧な「貼り紋」と、
ペタリ貼り紋とは、大きく違うところがあります。

これは羽織の背中の紋の部分です。これは貼り紋ではなく普通の紋、橘ですね。


   


これを背縫いを解いて裏から見ると…


   


おわかりですね、袖や胸の紋は、そのまま平らなところに描けばいいのですが、
背中の紋だけは「背縫い」がありますから、
写真のように、縫う前の状態で「縫い代」に入って隠れてしまう部分まで、
ちゃんと紋を描いておくわけです。

つまり、どんな紋付でも、背中の紋は必ず真ん中に縫い目が入るんですね。
だから、丁寧な貼り紋は元の状態まで戻して片側ずつ貼り、
それから縫い合わせる…。
こちらの写真が貼り紋、これは胸の紋。


   


そぉっと剥がしてみると…元の紋は「剣木瓜(けんもっこう)」だったんですね。


   


そしてこれが背中の紋、あまりに弱っていて、とうとう紋部分だけ
すっぽり切り取れてしまいました。でも、ちゃんと両身頃分ありますね。
縫い代の中に入って見えなくなるところは、手抜きの絵ですが…。


   


つまり、貼り紋といえども、ちゃんと両身頃分二枚作って貼ってから
縫い合わせているわけです。

シールタイプのペタンコ紋は、そのまま背中の真ん中に貼るわけですから、
着物を解かなくてもいいわけで、そのぶん価格もお安いわけです。
でもこの真ん中の縫い目は、ゼッタイできないのです。
なんたって「何度も使えます」なんて書いてある…。
単に貼り紋のワザと言っても、雲泥の差がありますね。
あとは「本人のキモチ」しだい。
つまり、あの「着物から羽織を作ったときにできる、衿の真後ろ縫い目」、
それをちょっとなぁと思うか思わないか、
「シール紋だから、背中の真ん中に縫い目がないことが見られたらわかる」、
それをちょっとなぁと思うか思わないか…。

似て非なる問題です。
本当の「ワザ」って、それがたとえ、ある種のごまかしや、
元を隠すこと、だとしても、ネタバレしたときに「すごいわ」って、
そう思うものだと、私は思っています。

紋付なんて、そんなに用もないものではありますから、
何かの理由でとりあえず、いっとき凌ぐなら、
これでもいいとも言えるでしょう。
ただ、これだけ手間をかけて描いたり描き直したり、付け直したりする…、
それだけ「紋」というものは、元々ただのお飾りじゃないってことなんです。

ある質問サイトで「礼装じゃないんだけど、貼り紋でいいから
つけて飾りたい。動物とか植物とかの貼り紋はないだろうか。
つけるのはちょっとしたおでかけなんかに小紋なんかにもつけたいのだが」

こうなると「紋」は「タトゥーシール」じゃないんだよ、といいたくなります。
当然回答者は、いいか悪いかそれ以前に「紋」というのは、
小紋などにオシャレでつけるものじゃない、と、書いてました。

元々「紋」の始まりは平安貴族が、自分の牛車(御所車)に、
マイ・カーとしてのしるしとしてつけたのが始まりと言われています。
その後、政治そのものが「公家から武士」へとかわっていき、
公家にとっての「マイ・マーク」が武家にとっても大切なものとなりました。
戦国の世では、戦のときに「敵味方の判別」にも使われました。
六文銭の旗指物なんてよく映画でも見ますね。
武家社会は「お家第一」ですから、その家をあらわす「紋」は、
ただの「判別のしるし」ではなくなったわけです。
手柄を立てた武将に、主君が紋を与えたり、ということもありました。
また、家を継ぐものはその家の紋をつぎ、分家するものは、新たに紋を作ったり
親族の多いものは、元の紋を少しかえたりしましたから、
紋の数はふえていく一方だったわけです。
また徳川には、苗字を禁止された庶民ですが、かわりに元々屋号などがあり、
それに使われていた「そのうちのしるしとしての紋」は、
禁止事項にはいりませんでしたので、苗字がなくても紋のある家は残りました。
日本の識字率は高いのですが、それでも江戸まではまだまだ字の読めないものは
数多くいましたから、紋はそういう人にとっては「絵文字」として認識されたわけです。
便利だったわけですね。

そんな風に、身分によって価値観に多少のちがいがあっても、
「家紋」というものは、その家の先祖からつながる大切なものだったわけです。
だからこそ「礼装」というものにしか使われず、数とか
デザイン(「陰紋」とか「覗き紋」とか)、或いは描いた紋か縫った紋か、
そういったことで、着物の格までかわるものなのです。

もちろん、例えばお茶碗とか、のれんとか、バッグとか、そういったものに
「ひとつのデザイン」として使うことはありますが、
本来それを「紋」としてつける着物に「お遊び」でつけてはいけない…と、
このあたりがややこしいでしょうか?
振袖などに「加賀紋」という華やかな紋をつけることはありますが、
元々振袖は「紋」をつけてもかまわないもの、それだけの格のあるものです。
そこに「家紋」より柔らかい「紋」を入れることは、
きものとしてのオシャレなわけです。
本来紋をつけることのできない小紋には、たとえ「ぞうさん」のシールであっても、
そこに「紋」があることがおかしいのです。
そういえば…過去に「家紋」について書いています。こちらです。

時代とともに、さまざまなことが変わっていくのは、
しかたのないことでもあり、また変わった方がいいこともあります。
「紋」については、自分の家の紋を知らない人もいる昨今、
これ以上崩すことは賢明でないと私は思っています。

昔の人の手仕事を、こうして目の当たりにするとき、
モノも大切に、伝統も大切にと思う気持ちが、
すばらしい技術を鍛え上げてきたのだと思います。

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8 コメント

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Unknown (とんぼ)
2009-11-15 21:50:30
りのりの様
それはまたフシギなことですね。
下に土台がなくて、地の黒色でしたか?
時間がなくて、いそいで貼ったんですかねぇ。
喪服を着るのはたいがい「急」ですからねぇ。
たまーにナゾなものに出会います。
それもまた楽しいですね。

返信する
Unknown (とんぼ)
2009-11-15 21:41:39
みつわ様
いえ、どう致しまして。
対して詳しい説明でなくてすみません。
返信する
Unknown (とんぼ)
2009-11-15 21:40:13
sachi様
「いいですか?」じゃありませんよね。
今はなんでも外国に出しますから
縫い紋などは、だしているかもですよ。
腕は日本人なみでも、知識がなければ、
そういうマチガイも起こしますよね。
それを「いいですか」って、聞くのは、
本人もしらないというか、
「これくらいいいんじゃないの?」とか
「どうせお客さんもわからないんじゃないか」
そんな感じだったのでしょうか。
こわいですねぇ。
返信する
Unknown (とんぼ)
2009-11-15 21:36:07
陽花様
私も古着で始めてみたときには、
面白くて全部はがしてみたりしました。
すごい技術ですね。
返信する
Unknown (りのりの)
2009-11-15 19:17:52
前に一度喪服を解いたら紋がシールみたいにペロッとはがれたことがありました。もとい、シール状のものがすごく細かくまつりつけてありました。
こういう紋もあるんだー、くらいしかおもわなかったけど染め直しかなんかだったんでしょうか?
はがした下にはなにもなかったハズですが・・・下から違う紋がでてきたらびっくりして覚えてるとおもうんですよ。もっと、注意深くみておけばよかった~~~

しかし、いつも思いますが着物って奥が深い!
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Unknown (みつわ)
2009-11-15 14:58:38
どんぱについて丁寧な回答頂き有り難うございます。紋についてもよくわかりました
返信する
Unknown (sachi)
2009-11-15 08:15:29
この間、白生地を染めて一つ紋入れ、ついでに紬の小紋柄の反物の湯通しを染め物屋さんに頼みました。
できたからという連絡で取りに行ったら「紬の小紋にも勢い余って一つ紋を入れちゃったんですけど、いいですか?」って、いいわきゃないでしょ!
縫い紋だったので即ほどいてくれるように頼みましたが、どこをどう勢いが余ると紬の小紋に紋を入れるのか、それを変だと思わない・・・もしかしたら紋入れも海外でやる時代になっているのかもしれないなぁと、ちょっと“暗澹たる”気分になりましたデス。
返信する
Unknown (陽花)
2009-11-14 23:05:49
貼り紋という言葉を知っていても
実際に目にする事はほとんどありません
から、なるほどそんな風に貼られている
んだとよく分かりました。
返信する

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