届いてあけたときにまず「ちっさー!」でした。
そういえば、私が子供のころはこんなサイズでしたね。
このハガキ、貼り絵です。布ではなく、なんといいますか今でもたまにありますが、
表面がケバのなくなったベルベットみたいな…昔ペナントなんてものが売られましたが、
そういう物にも使われた化繊素材です。
通常花嫁振袖は黒地ですが、これは紺地。絵ハガキですので、きれいな色柄を使ったということでしょう。
私はたまに骨董市などでも古い絵ハガキを買うことがあります。
主に「着ているもの」や「使っている道具」がわかるもの…それと、自分の知っている場所や
行ったことがある場所の昔の風景…。こんなだったんだぁ…なんて現在と比較しながら見たりします。
そういうもののなかでできればエンタイヤが楽しい…。エンタイヤというのは切手が貼ってあるものです。
つまり使用済み、この切手を収集している人もおられますが、私の楽しみは切手の収集ではなく「文面」の方。
他人様の手紙を読むなど「あくしゅみ~」といわれてしまいそうですが、
別に、秘密を嗅ぎ取ろうというのではなく、そのころの人たちの暮らしが垣間見える、
このハガキ、手紙を書いた人が確かに存在し、生きて暮らしていた…と思うと、
自分が今こうして生きて暮らしていることも、なんといいますか、
世間様の歯車の歯のひとつなんだなぁとそんな風に思うのです。
切手は「一銭五厘」、確か大正ではなかったかと思って調べましたら、
明治32年から昭和12年までの料金でした。
文面は、要約すると「お元気ですか、こちらも元気です。そのうち遊びにきてください。
このハガキの花嫁さんは、貴女によく似ています。このお嫁さんが私のお姉さんだったら、うれしいです」
宛名の「伊予三津浜」は、今の愛媛県松山市、差出人は「吉浦町」だけですが、
地図を見ると、瀬戸内海をはさんで広島は呉の近くに吉原、という地名があります。
このハガキ、よく見ると消印がありません。実際にはださなかったのでしょうか。これって希少価値?
メールやケータイどころか、一般家庭には電話もなかった時代です。
たった一枚のハガキが、様子を知りえたり思いを届けたりする手段だったのです。
もし昭和も12年のころだったら、戦争の気配も近づいてきていたころです。
届かなかったのか、ださなかったのか、と気になります。
ハガキはその後の戦火を越えて、どこをどう流れてきたのでしょう。書いた人は、無事であったでしょうか。
70年の旅を終えて、私のところに「届いた」ハガキ、高須賀ナミエさんのかわりに、
しっかり読みましたから。お疲れ様でしたね。
さて、こちらは「未使用」の絵はがき、伊豆大島の観光土産用と思われます。
有名な「アンコ」ですね。はい、今「♪アンコォォォだよりぃはぁぁ」と歌った方…いましたねぇ、きっと。
「アンコ」は「姉こ」のなまったものといわれています。元は年上を敬う言葉であったらしいですが、
今では若い娘さんの総称らしいですね。
なんでこんな後姿のハガキを買ったのか…いえいえそもそもなんで後姿なの?
それは、この髪型に特徴があったからなんですね。このはがきには「未婚者の髪の結い方」とあります。
私、それに興味があって買いました。以前「大島には独特の髪型がある」というようなことを
読んだ記憶がありまして…よく覚えときゃいいのに、たいがい「へぇぇ」で通り過ぎるんです。
髪型とか着物の着方、帯の締め方などが、年齢や未婚既婚で使い分けられるのは
当たり前のように行われていますが、それがだんだん緩んできて境目がなくなる、
ということもまた珍しいことではありません。
大島でも、既婚者の髪と未婚者の髪は違っていたようなのですが、
時代とともに差がなくなったようです。名前が面白いのですが「いぼんじり髷」というのだそうです。
郷土研究者によれば「いぼんじり」は、江戸の「疣毟(いぼじり)髷」と同じであろうといっています。
「いぼじり」は「いぼいじり」、おかしいですね。「いぼじり」はカマキリの古い名称と言われています。
あのカマの振り具合が、いぼをほじるように見えたからですかねぇ。
髪型の分類で言えば「島田」の中の「投げ島田」になります。
部分アップしましたが、こうなると島田とかなんとかの原型とどめてナイ…?
髷を結うというよりは、束ねて縛ってとめる…と、だんだん簡素化して行ったようですが、
それを結って、あの手ぬぐいを角隠しのように前にしてぴったり押さえ込むのが「アンコ」さんですね。
投げ島田と言うのは、髷が下側について、しかも後ろに行きますから上は高島田のようにでっぱりません。
これはアンコが頭の上にものを乗せて運ぶため。
「頭上運搬」は、大島に限らず、昔の日本ではあちこちで見られます。
島国である日本は、農地にしても生活圏であっても、山道や斜面、坂道など
荷車や牛馬を使う運搬がしづらいところが多いわけです。
電気という動力も道具もなかった時代、そこでは肩に担ぐか、頭に載せるか、なんですね。
たとえば水の入ったバケツのようなものを運ぶとき、片手で一個運ぶと、バランスわるいですね。
ゆれも大きくて、急ぐと中身がこぼれます。だから上にのせるか振り分けるか…。
男性は棚田のようなところに水や肥料を運ぶのには「てんびん」を使いました。
女性は頭にのせるのが、両手がつかえて便利だったんですね。
難しいように思いますが、外国の「水がめを運ぶ女性」などは、帽子をかぶっているだけみたいに、
すいすい動いたり振り返ったりしています。なんでも「慣れ」なんですね。
「暮らし」のためには髪型もかわる…そんなことがわかる写真だと、興味深く見ています。
それにしても黒髪つややかだわぁ。
よく歌いましたが、アンコの意味も全く
知りませんでした。
切手まで貼って出さなかったのが気に
なりますね。
一銭五厘の切手には分数もローマ字も
書かれていたんですね。
珍しいものを見せて頂きました。
出そうか出すまいか悩んで、出さなかったのかな。出す前にお嫁さんに来てくれたなら良いなと思いました。
大島へは一度行ってみたいと思っています。
「アンコ」さんに会いたい!
出されないまま、荷物の奥で眠っていたんでしょうね。
読まれなかったのかなぁと気になります。
もしかしたら、そうだったのかもしれませんね。
一枚のハガキのなんでもない文章でも、
いろんなドラマがあるはずなんですよね。
なんだかしんみりしました。