えっこれが?というようなカタチです。その名も「ハリネズミ湯たんぽ」…。
ハリネズミって…こんな顔?いえ、ホンモノさんとまじまじ見つめあったことがないのでわかりませんが…。
ま、背中の大きなトゲがありますから、やっぱ「ハリネズミ」さん…。
ハリネズミって15センチくらいなのだそうですが、これはちと大きくて25センチくらい。
フタのところはこんなふうに水漏れ防止のゴム?がついてます。これで安心。
でもこのこんもりした全体のカタチ、使いづらそう…ですよね。
だって湯たんぽって平らでないと盛り上がっちゃう。
実はそれを狙いました。私「ひえのぼせ」の体質ですから、ほんとは冷えているはずなのに、
冬でも靴下履きたくないタイプ、夜は布団から時々足を出して冷たいところをさがしたりもする…。
そんな私が湯たんぽに直接足を乗せるなんてことはまずムリです。でも結局は冷えてる…のですよね。
なので、これだけ盛り上がっていれば(更にこれを袋に入れるわけですから)、ふとんの足の方に置けば、
布団が盛り上がった分、そのアタリの空気があたたまってくれるのではないかと…。
つまりは昔の行火の要領ですね。そんなわけで、こんな「変形」を買ってみました。
お湯の量が普通の湯たんぽより多いそうです。
今、ふと思い出したのですが、母は寝付いてから体もやせて布団が重い…と軽いものに変えました。
そのとき、足元だけ冷えないようにと、更に何かかけると暖かいより重いのがしんどい…というので、
足元の先に座布団を二つ折りにして高さを出し、その上からかけてました。
つまり布団の中に空間を作ってあげるわけです。この高さのある湯たんぽは、
高齢者で足の動きなども鈍くなっている人には、空間ができていいんじゃないかと思いました。
さて「湯たんぽ」って漢字ではどう書くか…「湯湯婆」…「ゆゆばば??たんたんばぁ?」
湯たんぽ発祥の中国では「湯婆」を「唐」の読み方で「たんぽ」というのだそうです。
つまり「湯婆」だけで、お湯を入れたらおばあちゃんやお母さんのようなやさしい暖かさ、
というところからきているのだそうですが、日本では「たんぽ」だけではわかりづらいので、
わざわざもう一つ「湯」をつけて「お湯であっかいんだよ」と、あてたわけです。
「千と千尋」の記事を初めて読んだとき、私はあの魔法使いおばーちゃんの「湯婆婆」を「湯湯婆」と見違え、
なんで「湯たんぽ」なんて名前なんだろう…と、あぁ勘違い…。
すぐに気がついたのですが、以来どうしても「湯ばーば」のあの束髪が湯たんぽに見えてしまう私です。
では本日は「日本の暖房」について…なんてまた、専門的な言い方してぇ…。
「暖房」というのは、当然「建築」に関わってくることであり「燃料」に関わってくることであり、
それはまた「暮らし」そのもののスタイルで変わってくるわけです。
日本家屋は木、竹、藁、そして土…。ヨーロッパのような石造りの家はありませんでした。
木造の家は「火」がこわいですから暖炉のように、大きく燃料を燃やして部屋全体を暖めるものは作れません。
そこで、部屋を暖めるより、体を温める…が先で火鉢、これは平安時代から使われていましたが、
日本では瓦や瀬戸物を作る技術、鉄や銅を加工する技術はありましたから、
火を入れても燃えないものに灰を入れて炭を焚いたのですね。「炭」は更に古くからありましたから。
この炭を使うものには、ほかにも「行火(あんか)」がありました。「行く」という字を「あん」と読みます。
ほかにもあ「あん」とよむものがありますね「行灯(あんどん)」、なんで「行く」のか、つまり「移動できる」ということです。
手軽に家の中や部屋の中をひょいひょいと移動して「行く」事のできる「火、灯火」、で行火、行灯です。
瓦つくりなどの技術の応用で、土をこねてその入れ物を作り、それを布団の中に入れて使ったわけです。
この「行火」にやぐらをかぶせて布団をかけたのが炬燵(コタツ)です。
私の記憶の中に、この「やぐらゴタツ」の記憶があります。現物はさすがに実家にもないと思いますが、
中に入れるも行火は…あの雪国のかまくら、あれの前と後ろに穴をあけてトンネルにしたもの…でわかるかな。
「やぐら」は、木で作った枠、足が入ってしまわないように、大きな格子になっていて、
一箇所だけあくようにしてあり、行火を入れたわけです。
小さいものでしたから、コタツ板なんてものも乗せません。てっぺんは50センチ四方くらいでしたかねぇ。
そこに直接みかんの入ったかごなんかがおいてありましたっけ。
今の電気コタツはただの四本足でテーブルみたいですが、やぐらゴタツという名前は残っていますね。
この行火のほかに、お湯を使う「湯たんぽ」がありました。
金属製のものが出てきたのは近代にはいってからで、かつては陶器製。
行火も湯たんぽも、元が「土」であるがゆえに、割れるという難点がありました。
またもっと小さいものだと「温石(おんじゃく)」これは今で言う「カイロ」です。
火で熱した石を真綿や布でくるんで、懐に入れました。
「懐石料理」というものがありますが、あれは僧侶が修行の際、空腹を抑えるために、
懐にこの暖かい石を入れてしのいだこと、に由来します。
そういうことから、本来は「質素」とか「カンタン」な料理を言いましたが、
いつのまにかお高い料理になりましたねぇ。
では日本には、部屋全体を暖める暖房は全然なかったのでしょうか。
まぁ「ない」というほうが正解かと思います。
家が木と紙と藁である以上、家の中で大きな焚き火をするわけにいかない…そこで考えられたのは「囲炉裏」ですね。
これは暖房といっても小さな焚き火みたいなものですから、とりあえず部屋の一部に火を使える場所を作った…。
後年、炊飯用の火器は「かまど」を使いましたが、部屋の中に囲炉裏をきり、
飲食で中から温まるための煮炊きするコンロと温まるストーブと、両方の役目を負ったわけですね。
さて、次に「燃やすもの」の種類です。囲炉裏では元は「たきぎ」を燃やしていました。
これは炎が立ちますから、確かに暖かいのですが、かわりに「煙」が出ます。
そうなると、家の作りも今のような天井だの壁だのに囲まれると、部屋の中に煙が充満…死にますがな…。
そこで、薪を燃やす囲炉裏は、「煙だし」の穴や窓が必要でした。農家では天井を張らずにてっぺんまで吹き抜け…。
通気はよかったけど寒い、でもそのかわり煙で燻された柱や梁、屋根の藁や萱などは、殺菌されて丈夫になり、
長持ちしたわけです。蚕を飼うなどにも適した「二階」ができたわけですね。
やがて少しずつ普段でも「炭」を使うようになりました。炭は煙も出ませんし、遠赤効果で薪の炎より暖かいです。
建築や生活が少しずつ向上してくると、まず囲炉裏を一段深く掘り下げて、まわりに腰掛けられるように作り、
足も暖める囲炉裏が作られ、やがて燃料に炭を使えるようになると、この囲炉裏に枠(やぐら)をのせて、
そこに布団を乗せる…これが「掘りゴタツ」の始まりです。
先に出た「やぐらゴタツ」は、掘りごたつに対して「置きゴタツ」と言います。
こうしてみると、日本は本当に「夏の暑さ対策」仕様の家に住み、冬はひたすら「がまん」…
という暮らしだったのですね。
ちょっと調べましたら、日本で初めてのストーブは、それでも江戸末期に蝦夷、
つまり北海道で使うために作られたそうです。もちろん外国製のものをまねして作ったもの。
実際ストーブがいろいろ開発されだしたのは明治に入ってからですが、
私が中学のころはまだ「石炭ストーブ」でしたね。
日直が石炭用バケツ持って「石炭補充」に行ったりしていましたっけ。
我が家でも炭のコタツが電気ゴタツになって、火鉢のほかに石油ストーブ、円筒形のですね、あれになって、
それから四角い石油ストーブになるころに、火鉢が使われなくなりましたかね。
なんにせよ、今年の震災による計画停電で「電気がないと」をつくづく感じましたので、
寒くなってからもエアコンは使っていません。ストーブは、ファンヒーターでないものも準備。
そして今回は湯たんぽ…アナログの暮らしを思い出しつつ、お湯を沸かして入れる面倒さも、
あわせて楽しんですごそうと思っています。
私も電気毛布から湯たんぽに変えて、さて何年になるのかな。
プラスチックで数百円の物と、あとは昼間眠る時に電子レンジでチンして使う(ゆたぽん)がご贔屓。
陶器の湯たんぽってズッシリ重くて、土鍋みたく暖かさを長時間保ってくれそうですね。
デザインもなかなか~♪
被災地の人達はどんなにか不如意で辛い暮らしを強いられていることか.....とは思いつつ、根性なしで寒さの苦手な私はエアコンにも頼り、炬燵にも親しみ、の日々が本格的に始まるんです。
つめたい雨まで落ちてきて気温も
ぐっと低めです。
お昼にダンスレッスンから戻って
最初にしたのは暖房を入れることでした。
カーペットも敷いて用意してありますが、
きっと夜には足元にもいれることでしょう。
湯たんぽ...今年は電気のではない
ものも用意しましょうか、節電の話も
出ていますしね。
でも、たのしい湯たんぽがあるものです。
選びにいっても迷いそうです。
温かいのですが、換気に気を使います。
友人に言われました、インテリジェンスな暖房器具だと・・スイッチひとつで温まらないので頭を使うということらしいのですが・・
店頭に並んでいますが、こんな可愛い
湯たんぽは初めて見ました。
子供の頃に火傷をした豆炭あんかと違い
湯たんぽはまったり温かいでしょうね。
寝る前に電気毛布でお布団を温めて、寝る時
切って寝ますが朝方はやはり寒いです。
うちも湯たんぽ買おうかな。
私自身はとても暑がりで、ヒートテックを着たら全身汗まみれ、で急に冷えて風邪をひくパターンが嫌なので、冬はめったに暖房しないで暮らしてます。寒いかも…という日は着物を着てます。(東京は暖かいと思います^^;)
実家は北関東なので、冬は毎朝氷点下。幼い頃の暮らしの中で、確実に体感気温だけが残っています。縁側は開きっ放しで、障子を閉めた室内は火鉢だけでした。茶の間だけ、炭を使う掘りこたつがありましたっけ。昭和40年代の話ですが(ーー;)
今の家は密閉性があるので、たまにファンヒーターを付けたら換気に注意です。
寝るときは、猫を抱いて(猫も寒いから)こんな暮らし方も今のトシだからできるのでしょうね。今だけでも、楽しんで寒い(?)いえ、涼しい暮らしをします(^^)もしかして私も「冷えのぼせ」でしょうか…?
こちらも冷たい雨です。
暖かい11月でしたから、これでやっと冬の入り口という感じです。
昔ながらのものはどことなく人間くさくて好きです。
湯たんぽは、朝になると冷えたお湯をさて鉢植えにあげようか、雑巾がけに使おうか…。
そんなことをやっていたなぁと思い出しました。
急に寒くなりましたね。
北国はもっと寒いかと思うとガマンガマン。
「動物湯たんぽ」いろいろあるのを跡で見つけたのですが、
同じものなのに、お店によって価格が全然違うのです。ちょっと差がありすぎですわ。
http://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E6%B9%AF%E3%81%9F%E3%82%93%E3%81%BD+%E9%99%B6%E5%99%A8/-/p.1-s.1-sf.0-st.A-v.2
アザラシのがいいなと思ったら8400円…でびっくりしました。
あぁ火鉢、うらやましいです。
確かに換気は、特に気をつけないとですね。
子供のころの家は、スキマが多くてそんな心配ありませんでしたけどね。
たしかに「インテリジェンス」…。
急に寒くなってきました。
シーツをモコモコの素材に替えましたが、
これからもっと寒くなりますね。
湯たんぽ「ほっこり」ですよ。
昔のあんか、母が朝になると灰の始末をしていましたっけ。
いろんな昔の風景を思い出します。
年をとったり寝付いたりすると、
元気ならなんでもないことがしんどいんですね。
私も更年期以来ものすごい暑がりで、実はまだ下着も着ていなくて、
さすがに昨日からちと寒くなりましたので、ランニングタイプの下着を着ました。
昔の冬、を思い出します。家の中でモコモコの綿入れ着て、
それでもコタツには「うーさぶっ」って入りましたね。
「ひえのぼせ」ってほんとしんどいです。実はひえているので、
靴下ナシで平気で一日すごしても、夜お風呂に入ると、
足の先がジーンとしてお湯がキモチいい…。
ここ数年は、途中で脱ごうとも、靴下履くドリョクしてます。