今日こそは洗濯日和と思ったのに、午後からはなんとかっていってたのに、
まーったく晴れないどころか、きをつけていないとポツポツきそうな空です。
だからというわけではないのですが、着物の話題がなくて、すみませーん。
洗濯もすっきり乾かず、ぶぅらぶら…。
そんなわけで今日はのんびり、プリンターを乗せた台の下をおそーじしました。
いつも前に何かしら置いてしまうので、何か出すのに扉をあけるのが面倒。
考えてみたら、扉がなくても何も困らないので、はずしてしまいました。
古い本とかファイルとか、パソコン関係のものなどが入っているのですが、
一番はしに何かはさまってる・・・なんだろうと思って引っ張りだしてみたら、
写真の「記念切符」でした。一時期ジサマがコリましてねぇ。
これは高倉健主演の「駅」を記念して発売された切符です。
ブルートレインの人気はこのころからですかねぇ。
カシオペアとか北斗星とか、乗ってみたい私です。
さて、これを買いに走ったジサマ本人は、戦後すぐに免許を取ってから、
どこへ行くにも車ばっかり。間近の私鉄さえ、年に何回も乗らないのです。
それなのになぜかあれこれ買いまくりまして、実家にもあるはずです。
こちらはジサマに影響されて(すぐ染まるんだアタシも)
オットと京都に行ったときに買ったもの、太秦映画村の開村5周年ですと。
昭和55年のもの、
こちらは「都営新宿線(地下鉄)開通記念、昭和53年、
で実は我が家では全員、この「新宿線」ってのに乗ったことがナイ…。
私なんかいまだに「で、ヒガシオオジマってどこ?」です。
とーきょーは品川と秋葉原と浅草橋しかわかんないもん。
さて、更にに出てきたのが…ファイルの中から懐かしいものが…。
このファイルには、雑誌の切抜きとか、コピー機をかってからは、
新聞のコピーとか、そういうものが入っていたのですが、
それも整理しようと全部引っ張り出したら…、
一番後ろにひっそりと紙袋…おっ、忘れたままのへそくりかっ!
んなことあるわけないじゃん…。
出してみてびっくり、私が「まじめ」に和裁をやっていたころのメモでした。
今から30年も前の…、バサマにしごかれながらの…。
バサマはやさしい教師ではありませんで、とにかく自分で見て覚えよ考えよ、
という人でしたから、最初に「こうすんねんで」というところしか、
やってくれません。自分で見て聞いて、メモしたものを清書したものでした。
こんなのです。
結局私はバサマとの確執もあって、単までで、やーめた、をしたわけですが、
今、こうなってみて改めて考えてみて気づいたのは、
「自分で書いたり作ったりしたもののことは忘れない」ということです。
もちろん最近の年齢による「物忘れ」は、これはもうしかたのないこととしても、
パソコンで検索して、プリントアウトしたようなこと、というのは、
ちゃんと記憶しないんですね。いまのように部分的にほしいと思うところは、
そこだけ切り取って保存できる、なんてことを覚えてからは、
わずか数行のことも、記録が残っている、いつでも見られる、
そういう思いも手伝って、じっくり見ないし改めてそれをメモすることも
ないんですね。実はこれってそのときだけ「頭の中をとおりすぎてる」わけで、
やっぱり見て、自分で一字一字書き写す、そういう作業が、
記憶の棚に、わずかでもその気配を残すのだと思います。
自分で書いた着物の縫い方を見て、長い間和裁から離れているにもかかわらず、
今でも部分名称や、基本的な縫い方を忘れずにいるのは、
若かっただけではなく、自分の目で見て書いたからだと、そう思います。
先日もパソコン始めてから字を忘れた…と書きましたが、
パソコンも自分の脳も、きちんと使ってこそだなぁと、あらためて思いました。
さて、明日は着物や布の話題にしたいんですが、
なんたって連休だと思うと気持ちもダレてましてねぇ…すみませーん!
まーったく晴れないどころか、きをつけていないとポツポツきそうな空です。
だからというわけではないのですが、着物の話題がなくて、すみませーん。
洗濯もすっきり乾かず、ぶぅらぶら…。
そんなわけで今日はのんびり、プリンターを乗せた台の下をおそーじしました。
いつも前に何かしら置いてしまうので、何か出すのに扉をあけるのが面倒。
考えてみたら、扉がなくても何も困らないので、はずしてしまいました。
古い本とかファイルとか、パソコン関係のものなどが入っているのですが、
一番はしに何かはさまってる・・・なんだろうと思って引っ張りだしてみたら、
写真の「記念切符」でした。一時期ジサマがコリましてねぇ。
これは高倉健主演の「駅」を記念して発売された切符です。
ブルートレインの人気はこのころからですかねぇ。
カシオペアとか北斗星とか、乗ってみたい私です。
さて、これを買いに走ったジサマ本人は、戦後すぐに免許を取ってから、
どこへ行くにも車ばっかり。間近の私鉄さえ、年に何回も乗らないのです。
それなのになぜかあれこれ買いまくりまして、実家にもあるはずです。
こちらはジサマに影響されて(すぐ染まるんだアタシも)
オットと京都に行ったときに買ったもの、太秦映画村の開村5周年ですと。
昭和55年のもの、
こちらは「都営新宿線(地下鉄)開通記念、昭和53年、
で実は我が家では全員、この「新宿線」ってのに乗ったことがナイ…。
私なんかいまだに「で、ヒガシオオジマってどこ?」です。
とーきょーは品川と秋葉原と浅草橋しかわかんないもん。
さて、更にに出てきたのが…ファイルの中から懐かしいものが…。
このファイルには、雑誌の切抜きとか、コピー機をかってからは、
新聞のコピーとか、そういうものが入っていたのですが、
それも整理しようと全部引っ張り出したら…、
一番後ろにひっそりと紙袋…おっ、忘れたままのへそくりかっ!
んなことあるわけないじゃん…。
出してみてびっくり、私が「まじめ」に和裁をやっていたころのメモでした。
今から30年も前の…、バサマにしごかれながらの…。
バサマはやさしい教師ではありませんで、とにかく自分で見て覚えよ考えよ、
という人でしたから、最初に「こうすんねんで」というところしか、
やってくれません。自分で見て聞いて、メモしたものを清書したものでした。
こんなのです。
結局私はバサマとの確執もあって、単までで、やーめた、をしたわけですが、
今、こうなってみて改めて考えてみて気づいたのは、
「自分で書いたり作ったりしたもののことは忘れない」ということです。
もちろん最近の年齢による「物忘れ」は、これはもうしかたのないこととしても、
パソコンで検索して、プリントアウトしたようなこと、というのは、
ちゃんと記憶しないんですね。いまのように部分的にほしいと思うところは、
そこだけ切り取って保存できる、なんてことを覚えてからは、
わずか数行のことも、記録が残っている、いつでも見られる、
そういう思いも手伝って、じっくり見ないし改めてそれをメモすることも
ないんですね。実はこれってそのときだけ「頭の中をとおりすぎてる」わけで、
やっぱり見て、自分で一字一字書き写す、そういう作業が、
記憶の棚に、わずかでもその気配を残すのだと思います。
自分で書いた着物の縫い方を見て、長い間和裁から離れているにもかかわらず、
今でも部分名称や、基本的な縫い方を忘れずにいるのは、
若かっただけではなく、自分の目で見て書いたからだと、そう思います。
先日もパソコン始めてから字を忘れた…と書きましたが、
パソコンも自分の脳も、きちんと使ってこそだなぁと、あらためて思いました。
さて、明日は着物や布の話題にしたいんですが、
なんたって連休だと思うと気持ちもダレてましてねぇ…すみませーん!
私はその都度書き足したりして、どれが
正しいのかさえあやふやになってきました。
綺麗に清書をしておけばいいものを・・・と
今更ながら思います。お陰で和裁をする度
あっちこっちと何処に書いたか探すのが大変
ですわ。
すっかり忘れていたので、
自分でびっくりしました。
バサマが怖かったのかもー。
結婚してからの手芸メモは、
そりゃぁもぉひどいもので、
自分で解読できまへんがな…。