【撮影日:2022/8/5】
【本日の山行】
6:30 玉山温泉出発
6:42 林道分岐
7:14 一本杉
7:28 五合目 休憩
7:45 同上出発
8:45 祈祷が原 休憩
9:12 同上出発
9:38 山頂
10:05 同上出発
10:47 五合目
11:22 帰着
今年の夏は天気が悪い日が圧倒的に多いです。(涙)
そして今年は仕事も多く、なかなか登山の日程が取れず、残念です。
ところで、みなさんはこの写真はご存じでしょうか?
陸前高田市観光協会のパンフなのですが、この写真!
「山の上から眺める広田湾」の構図になっています。
なんと胸熱な写真!!!
今まで、「山に登ってその山頂から海を見る」っていうことは何度かあったのですが、
(②と③は過去記事にリンクしてます)
→①鵜鳥神社(普代村)←リンクなし。
→②五葉山(釜石市)
→③鯨山(大槌町)
…けっこう、いいもんですよ…。( *´艸`)
しかも、この観光パンフレットの写真、構図が滅茶苦茶にいいですよね~~。
空が大きく切り取られて、中心人物二人は岩の上。
山登りの格好。
はるか遠くの広田湾と霞む水平線。
サイコーの構図じゃないですか!!!!!(大興奮)
もちろん、電話して聞きましたよ。
陸前高田市観光物産協会に。
そうしたら、「氷上山」からの写真だというではありませんか!!!!
パンフの中身を見ると、地図の上方にあります。
登山コースは3コースもあり、整備されてそうな予感。
手ごろなコースタイムです。
うむ。(・∀・)
これは行かねばならない。
登らねばならない。
そう、強く決意したのでした。
そんなわけで、朝早く出発。
陸前高田に向かいます。
国道から左に入ります。
登山口には玉乃湯という温泉があり、
昔は周辺一帯が金山だったようです。
金山の歴史は古く、平安時代初期から金を産出。
奈良の東大寺の大仏殿に塗られた金箔はここからの産だそうです。
ここから山道を行きます。
どんどん奥に行くと、二股に。
なんか、看板があります。
げっ。工事中だって…(*´Д`)
ちょうど下山する辺りの時間帯にガッツリかかりそうです…。
なんてこった。
玉乃湯はもうすぐ。
何やら見えてきました。
「金山発祥の地」とあります。
こっちの山が、というより、この辺り一帯が金山だったらしいです。
坑道の跡などはもっと奥になるようです。
ちなみに、この辺は江戸時代の取水口の跡。
いまだに現役のようです。
こちらは道の反対側にある岩。
「女岩」と言うそうです。
対岸にある大岩「男岩」と対を成すのだそう。
「男岩」はどこだか、まったくわかりません。
案内板もなしです。
ちなみにこの周辺の案内図です。
いろいろ名所旧跡がある模様。
全てを回りきるのは難しそうです。
詳しい説明があります。
すんごい歴史ですよ…。
で、この辺には「検問所跡」というのがあるのですよ。
つまり、ここからが「金山」の場所だったわけですね。
なんか、独自の神様も祀られています。
「大天婆様」とは聞きなれない神様です。
その祠が「検問所跡」にあります。
進むと、今度は大岩が道の左にあります。
「我慢太郎」って誰ですかね…?(*´Д`)
水が湧き出しています。
「刀洗い」って相当に物騒です…。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
やっぱり坑夫ってならず者とか多かったんでしょうかね…。
次は何でしょう?
「博打岩」とか…、やっぱり…。
次は擁壁がある場所。
代官屋敷跡のようです。
今では草茫々です。
松などは当時の屋敷の庭園にあったのかもしれませんね。
「玉乃湯」に来ました。
道を上がります。
お食事処もあるようです。
残念ながら、工事の関係でこの日の営業は工事の終わる3時から。
というわけで、お風呂も食事もできませんでした…。
無念…(*´Д`)
わりと新しめな建物がありました。温泉施設のようです。
登山口はこっちのようです。
では、行きますかね。
まもなく、「不動院跡」というところに来ました。
近くには小川が流れていますから、川の流れや滝にお不動様を祀っていたのでしょう。
ただ、付近一帯は藪の中なので、どこら辺にそういう寺院やお堂があったのか往時は全く偲べません。
たぶん、雨上がりなので、道が濡れています。
そして、違和感。
電柱があります。
けっこうな山の中なのに…。
温泉施設とか、金山の会社がある影響なのでしょうか。
ちなみに足元はこんな感じ。
写真では分かりづらいとは思いますが、足元がかなりえぐれています。
陸前高田でもかなり降ったみたいですね。
わりと歩きづらいです…(*´Д`)
あれ?なんだか開けた場所に出ました。
林道との交差点です。
一部ですが、コンクリで舗装されています。
たぶん、金山の会社の関連なのでしょう。
崩れやすいからせめて根元だけでも舗装したのでしょうか。
さらにその先に行きます。
ほとんど林道ですね、こりゃ。
足元がえぐれまくっていて歩きづらいです。
道が別れています。
メイン道路はこのまま林道を行くのが良さそうですが…。
こんな感じなので、これ以上は進めないようです。
これ以上行くとシャレにならんやつでしょう。おそらく(´・ω・`)
おとなしく、右手の登山道を下ります。
小さい沢を渡ります。
…こういう小さい渡渉、和賀岳を思い出すと、本当にほほえましく感じてしまいます。
あれはガチだった…(*´Д`)
→和賀岳の渡渉(リンクを張ります)
沢沿いに進む山道のようですね。
けっこう道が濡れていますし、山全体が湿っている感じがします。
一昨日までの大雨の影響でしょうかね。
途中、山道が崩落している箇所があります。
四の五の言わずに迂回しましょう。
よくみるとあちこちで、ヤバいくらいに斜面が崩れ去っています。
けっこう注意が必要だと思います。
大きな木がありました。
「氷玉の木」…「ひだまのき」とでも読むのでしょうか…?
氷上山と玉乃湯の間にあるからそういう名前なんですかね?
見事な木です。
さらに、進みます。
だんだん、岩がゴツゴツ出てきました。
なんとなく予想通りです。
基本的にこの山は広葉樹林帯なのですが、めずらしくスギの木を見かけました。
その名も一本杉。
周囲にはコンクリートの水槽らしきものや、人工物が目立ちます。
なにやら不明の青い筒…?
(暗いので手ぶれして申し訳ない)
この一本杉、すんごくでかいです。
道は続きます。
けっこうガレ場です。
割と登りが続くエリアです。
この日の気温は高くはないのですが、登り続きでかなり汗をかいてきます。
三合目まで来ました。
さらに進みますが、ふと違和感。
笹が短い。
そりゃあ、なめとこ山みたいに背丈ほどもある笹は嫌になりますが、ここの笹はなんだか背が低い。
膝くらいまでの大きさしかないんです。
まあ、それでも邪魔は邪魔ですが。
五合目まで来ました。
「がんばれ!」って励まされています。
けっこう、長い登山道です。
???なんだか、霧が出て来たような気がします。
けっこうガスってますね…。
っていうか、露がすごくて、足がけっこう濡れてきます。
五合目からだんだん尾根道になってきます。
ちょっと小高いところを見つけました。
なんかの標識がありました。
地図の計測に使っている者でしょう。
しかし、山中の空気、湿度が半端ないです。
蜘蛛の巣にもビッシリと水滴がついています。
……確実に霧が出ていますね…(*´Д`)
だんだん、辺りが白くなってきました。
七合目です。
「あと一息」ですって。
なんか声掛けが暖かい…。(・∀・)
この辺になると大岩が増えてきました。
やっぱり巨石群の山です。
小さいですが、「胎内くぐり」もありました。
岩の表面にはコケらしきものも。
普段から水分が多めの山なのかもしれません。
まあ、なんちゅうか、岩が多いですね。
と、なれば、相場は決まっていますが、やっぱりここは信仰の山なのでしょう。
…っつーか、霧がすごいです。
視界を失いそう…。(*´Д`)
お、展望の良さそうなところ発見。
しかし…、
何も見えませんがな。
まあ、予想通り(*´Д`)
たぶん、ふもとから見たら、相当この山には雲がかかっているのでしょう。
ヤバいな、この水気。
霧雨の中を歩いているようです。
まるで石碑のような石を見つけました。
どうも、表面を見ると自然石のようです。
これは不思議。
さて、地図上で鳥居(神社)のあるところに差し掛かりました。
???え???(´・ω・`)
なんて読むの???「りくんきょだん」???
え???何?邪神の類???
社殿がオレンジ??
ああ、コレって吸い殻入れだったんだ…。
鍵がガッチリかかっているので中の方はご覧いただけません。
どんな神様か知りたかったのに…。
しばらく行くと何やら標識が…。
え?どこ?
全然わかりません…(´・ω・`)
あ!見つけた!
なにやら書いてあります。
もっと近づいてみましょう。
どうも、戦時中に建てられた先勝祈願の石碑のようですね。
すごく新しくて面白くないなあ…。(´・ω・`)
さらに進むと、なんだか開けてきました。
おお!森が途切れた。
平原です。
あれ?吸い殻入れ?
吸い殻は入りそうにないなあ…。
綺麗なお花。
リンドウですかね?
いやあ、真っ平らな平原だ。これは…、天気がよければ、さぞかし…。
避難小屋があります。
なかなか立派そうですね。
近くには水場もあるようです。
どんなもんだか気になるので、見てみましょう。
避難小屋の見学はその後で…。
水場は山に少し入っていくようです。
森の中に沢がありました。
パイプを引いて、水をためておく水槽が見えます。
けっこう、水は奇麗な感じがします。
どこから引いているんでしょう?この水。
なんだか地中から伸びていますよ。
この沢が水場になっているなんて…。
たしか山頂の近くなのに、どっから水が湧き出ているんでしょう…?
さて、避難小屋の方に戻ってきました。
避難小屋の前にはなかなか立派な竈があります。
これは飯盒炊飯とかできそう。
(まあ、私はやりませんが)
中はこんな感じです。
入口にはこんな使用上の注意が書かれています。
市が管理しているんですね。
そして「登奈孝志山荘」ってこの避難小屋の名前でしょうか????
さっきの「理訓許段」とかいい、読めないんですが…(´・ω・`)
この周辺図があります。ありがたい(・∀・)
どうやら、この広い原っぱは「祈祷が原」というらしいですね。
さっきの水場と、今登ってきた玉乃湯コースと、事前に見た地図などと合致します。
右手の方はこんな感じ。
個室に分けられているんでしょうか?
いや、ビミョーに狭いような…。寝れるの?コレ。
左手前は道具置き場というか、管理人の席的な感じです。
鍋釜の炊事道具まであるなんてまるでキャンプ場です。
奥の方になにやら書いてあります。
!!???何???延喜式??
さっきの神社の名前と、この山荘の名前があります。
東の御殿…衣太手大神(きぬたておおかみ)
中の御殿…登奈孝志大神(となこしおおかみ)
西の御殿…理訓許段大神(りくこたんおおかみ)
とあります。さっきの神社は「りくこたん」と読むんですね。
「コタン」ってアイヌ語です。ここに祀られているのはアイヌ語源の神…?
しかし、このように三柱の神を祀る形式は天照、月読、素戔嗚尊と同じく大和朝廷系の日本神話のオーソドックスな形です。
ここ東北はアイヌ語源の土地名も多く、おそらくはアイヌ系の縄文人が「蝦夷」として住んでいた地です。
そこに大和系の神道の祭祀の形式が入ってきているとは…、興味深い。
しかも、延喜式(平安時代前期の神社リスト:リンク)に記録されているとはそのくらい地域で信仰を集めた有力神社であったということ。
これは間違いなく地域信仰の有力な神社であったのでしょう。
で、残りの看板の内容です。
(まあ、こっちはけっこうどうでもいいです。)
(・∀・)
さっきの平原が「祈祷が原」という名前だったのも、そこが重要な祭祀の場であったことを推定しての名称なのでしょう。
さて、その「祈祷が原」のほぼ中央。
「中央コース」の降り口には大きな岩があります。
辺り一面の霧を覚悟していましたが、かろうじて眼下に広田湾が見渡せます。
完全に晴れた状態で見たかったですね。
もう少し行けば山頂のようです。
この「祈祷が原」にある案内板です。
大分古いし、なんだかキティちゃんのシールとか貼ってありますが…。
玉乃湯コース70分とか…どんだけ健脚を想定しているんでしょう???
私、2時間かかっているんですが…(´・ω・`)
トレイルランしろっていうの??( ゚Д゚)
(ちなみに、このあと山頂まで25分かかっている)
とりあえず、行ってみましょうか。
また、森の中です。
少し歩くと、
「まわり石」というところに出ます。
これが、「まわり石」のようです。
たぶん、ここからの眺めが例のパンフのものだと思われます。
今日は曇っているので、眺めがイマイチどころか、ホワイトアウトです。
( ;∀;)
分岐です。
「すずらんコース」というのもあるようです。
「中の御殿」というやつに行ってみましょう。
巨石の合間にあるようです。
見えてきました。
この社殿は…、
やっぱり、「登奈孝志大神」(となこしおおかみ)です。
なーんで、オレンジ色の社殿なんでしょうね???
さらに進みます。
冷静に考えると、すごい霧ですよね、コレ。
大岩が増えてきます。
最後の登りです。
石を積んだものが出てきました。
ゲン担ぎかなにか知りませんが、多くの山でこういうのを見ます。
賽の河原じゃあるまいし。
と、思ったら、誰か弔われている…。
見ちゃったよ。一人で山登りしているときに…(*´Д`)
まあ、気を取り直して進みます。
さっきもありましたが、「すずらんコース」の分岐です。
どうもあまり使われていないルートみたいですね。
(この氷上山の「すずらんコース」や「中央コース」に繋がる山道も、舗装はされていますが、未整備で荒れ果てまくっています。
使う人がほとんどいないコースのなのでしょう)
おっと、社殿が見えてきました。
ここが最後の社殿、「東の御殿 衣太手大神(きぬたておおかみ)」です。
ここから間もなく、山頂です。
さっきの「東の御殿」の裏手です。
眺望は…ありません!!!(*´Д`)
この日の天気もさることながら、多分晴れていても周りの木に阻まれて眺望はないでしょう。
大変に残念です。
しかし、まあ、次に来るときの楽しみができたということで。
それもまたよし。
帰りの「まわり石」では少しだけ霧が晴れて、見通しができました。
カキの養殖が見えます。
帰りはゆっくり歩きます。
平日だからか、林道の修理をしているブルドーザーがいました。
【おまけ】
玉乃湯温泉の紹介です。
この日は残念ながら工事の関係で日帰り入浴は出来ませんでした。
無念。
ちなみに、宿泊棟もあるようです。
三陸ジオパークとして玉山金山のことが紹介されています。
周辺図です。
金山関係の遺構が沢山。
しかし、立ち入り禁止区域も多く、観光ツアーに申し込まなければ鉱山跡などは見られないようです。
源義経を奥州に連れてきた「金売り吉次」なる人物の屋敷跡も周辺にあるようです。
帰りは回り道をして市内方面に降りなければなりませんでした。
玉乃湯以降の道は草ぼうぼうで落石、落枝なども多く、全く整備されていません。
道の端にも草がぼうぼうです。
かなり使われていない道路のようです。
でも、管理してほしいなあ…。
途中、中央コースの入り口がありました。
こっちから登ってみるのも面白いかもしれません。
(終わります)
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