totoroの小道

「挑戦することで、きっといいことがある」  http://www.geocities.jp/totoroguide/ 

国語と表現(1)

2010-11-24 07:05:54 | 表現

 私は、表現の指導が苦手です。
自分自身も、あまり演ずることが上手くありません。

ですから、本校に赴任し、
研修に表現活動があったときに、困りました。


あれから、4年がたちます。
その間、素晴らしい表現活動をいくつも見てきました。
いつかは自分も指導したいと思う反面
自信のなさを感じていました。

また、疑問も感じていました。

浜松授業研究の会で、「大きなかぶ」の学習をしました。
また、本年の学習発表会で少しだけ2年生の発表の練習を手伝いました。
この2つのことから、私の表現に対する思いが変わりました。
疑問に思っていたことが、
私なりに消化できてきたのです。

 

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3 コメント

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表現と子ども (Mrヒデ)
2010-11-26 23:08:21
 オペレッタなどの表現活動は、あまり他の学校ではやっていません。子どももはじめての経験が多いです。身体で表現することは、歌よりも恥ずかしさを伴うでしょう。もし、子どもに表現は好きですかと問われれば、あまり好きではないと答えるでしょう。それは前述したことなどが原因かもしれません。しかし、実際に表現を演じている子どもを見るとその物語の世界に入り集中して、とてもよい顔をしています。外側からやれと言われてやっているようではありません。これはほんとは、とても表現を楽しんでいる証拠だと思います。しかし、これが終わると現実の世界にもどるのです。子どもも大人も自分たち以外の表現は見るのが好きなはずです。例えば劇団四季などはとても楽しんでみるはずです。教師は、子どもがいやだということに遠慮することはないと思います。もちろん指導の方法が子どもの意欲を引き出すようにしなければなりませんがね。
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表現について (トルトリ)
2010-11-28 07:49:44
 長年の疑問?(チャレンジ精神旺盛なtotoroさんが)表現活動の中のオペレッタはやらなかった理由がわかってよかったです。)確かにtotoroさんのお話のように感じた子も残念ながらいるでしょう。
 自分の浅い経験から述べさせていただくと、教師が、オペレッタの脚本の通りに(脚本を一読しただけでイメージを固めてしまって)子どもたちにやらせていたら、きっと子どもは楽しく感じないでしょうね。登場人物のせりふや行動には必ず意味がある。なぜ、どうしてと考えて理由を見つけて話し合い、その答えを表現に生かす。(そうしなくてはいられなかった登場人物の気持ちを込める、何を見て言っているのか、どのくらい離れているのか等)こういうことを子どもたちに投げかけて、いっしょにオペレッタを作っていくと、自分も楽しいし、そのときの子どもたちは楽しそうに表現していました。逆に、自分が何日までここまでできるようにさせなくちゃと考えてやらせた時は、子どもも楽しくなかったと思います。これって、国語の授業と似ていますね。
 また、子どもに練習の様子をビデオで撮って見せると、「○○さんの動きや声はよかった。」「ここは、○○は~したんだから(登場人物の様子)こうした方がいい。」等、子どもたちでもっとこうした方がよい所を出し合い、さらによいものにしていこうとする姿に感心することが何回もありました。無口な子、引っ込み思案な子も、表現活動のとき少しずつですが、生き生きと表現できるようになっていきました。表現することが苦手や嫌いなのではなく、本当は、家庭や学校で、表現する機会がなかったり、表現する方法を教えてもらっていなかっただけではないでしょうか。
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トルトリさんの言う通りだね (Mrヒデ)
2010-11-28 09:29:14
 何度か既成のオペレッタを指導した。また、自分でも創作しオペレッタを指導したトルトリさんの言うとおりだと思います。非常に説得力のある説明だと思います。実践から生まれた貴重な言葉です。
 歌でも劇でもオペレッタでも人前でやりなさいと言えば9割の子ども、いや大人でさえも恥ずかしくていやだと言うでしょう。しかし、他人がやるものは楽しく面白く見るものです。そして、自分にもあんな演技をしたいと思います。そこが大切なのですね。ですから、子どもがいやがっているから指導しないのでなく、どのように指導したらよいかが問題になるのですね。その方法のいくつかがトルトリさんの言葉から読み取れます。
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