totoroの小道

「挑戦することで、きっといいことがある」  http://www.geocities.jp/totoroguide/ 

事実として

2009-02-10 22:08:47 | 表現

2年生は、今、帰りの会の時間。

職員室まで、スイミーのオペレッタの練習が聞こえてくる。帰りの歌の時間に、みんなでオペレッタを演じているのだ。

まず、1組を見に行った。すると、2組の先生が1組にいて、
「もっと息をすうといいよ。」
「指揮をみて!!」
などと、アドバイスをしていた。

ほどなく、2組の先生は2組に戻り、2組も帰りの会が始まった。1組同様、帰りの歌でのオペレッタの練習が始まった。

1組と2組は、同じ2年生だが少し雰囲気が違う。

1組はどちらかというと、自由な雰囲気で楽しそうに歌う。子どもらしい内面からはじけ出る純粋なパワーを感じる。
2組はこの写真のように、細かい部分にまでこだわって演技する。
一度そのこだわりに入り込むと、指先はどうだろう、視線はどうだろうとどんどん追求を始める。

そのこだわりに感心し、一人一人の写真を撮らせてもらいながら、視線の向きを観察した。

それぞれ、決めのポーズをすると、そのまま微動だにしない。

かなり、長いことこうして写真を撮って回るのだが、自分が一番美しいと思う姿でぴたりと体を止めている。

この、美しい姿勢のまま体を止めるのには、かなりの努力だ必要だと思う。同じ姿勢でいると、疲れるのだ。
それなのに、このままの姿勢をとり続けることができるのは、体が柔軟で余計な力が体に入っていないからだろう。

美しい姿は、体に無理のない姿勢とイコールなのかもしれない。

また、私がこんなに近くで写真を撮っているのである。

「カッシャ」っという、一眼レフの大きなシャッター音は、静寂の教室の響く。
それでも、彼等は動かない。

カメラ目線にもならない。

自分の、いや、クラスみんなの「スイミーの世界」に入り込んでいるのだろう。

それだけの集中した練習を、毎日行えるなんてすごいことだ。







そうこうしているうちに、今度は1組の先生が2組にやってくる。

そして、
「今、どんな場面だと思う。周りの景色をイメージしようね。」
「イメージした景色や様子を、体の動きや指先の形や、それを追う目線で形にするんだよ。」
「どうしたら、そういう感じになるかよく考えるんだよ!」
と話している。

先生がいなくて、帰りの会の続きは大丈夫なのかしら?
と思い、2組を後にして、1組へと戻る。

もちろん、子ども達だけで残りの帰りの会を進めている。
「今日、頑張ったことを発表してください。」
「はい、Aさんが表現の時、大きく息をすって歌いました。とてもいい声でびっくりしました。まねしようと思いました。」
「B君が、お掃除の時....。」

先生がいなくても、少しもいつもと変わらずに、事が進んでいく。

斎藤喜博の写真集でしか見たことの無かった素敵な子ども達が、事実として、今、目の前にいる。

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1 コメント

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はじめまして (そらのん)
2009-06-14 15:18:17
このブログに偶然出会い,引き込まれるようにみてしまいました。私は,小学校の教員です。でも,思うようにできず,日々涙です。私自身,小学校5・6年の時にすばらしい先生に出会いました。その先生が「斎藤喜博」先生の実践者でした。私の今の学級(一年生),ざわざわしていて,活気がなくて,友達とのトラブルも多いクラスです。私の力が及ばす・・というかどうしていいか分からないのです。私は2年教員をし,その後5年産休・育休をとり,今に至ります。はっきりと申しまして,力は全くありません。しかし,熱意はあります。どうか勉強させてください。
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