海月美紗のしょうかっこう

小確幸とは 小さいけれども確かな幸せ という意味
何気ない毎日のなかで 小さな幸せを見つけたい

12月15日(日)福島県南の狛犬めぐり Ⅳ

2024年12月18日 | 神社仏閣

狛犬めぐりもいよいよ終盤…

午後のテーマは「小林和平」!

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一色鐘鋳神社(東白川郡棚倉町)

御祭神:金山彦命(かなやまひこのかみ)

石工:小林和平

建立年:昭和9年(1934)

石川町の石都々古和気神社の飛翔獅子(昭和5年)、古殿町の古殿八幡神社の飛翔獅子(昭和7年)に続く、「和平の三大狛犬」

杉木立の中、ここだけが苔むしている…

でも、今日は空気が乾燥している。11月の時はひんやりと、しっとりとした空気だった。その時々で空気が変わり、狛犬の表情も変わる。

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王子八幡神社(石川郡石川町)

御祭神:品陀和気命(ほんだわけのみこと・応神天皇)

泉重左衛門の石像

石工:小林和平

建立年:昭和13年(1938)

重左衛門さんは庄屋さん、猫啼堰をつくり、この地域の水不足解消に貢献した人

石工:小林和平(遠藤秀一と合作)

建立年:昭和14年(1939)

遠藤秀一さんは和平さんの一番弟子。この狛犬は秀一さんとの合作で、あえて和平さんは自分の名前を刻まなかったのかも…ということ。和平さんの狛犬で銘がないのはこれだけ。

百段と少しある石段の途中には大きな岩がいくつも。このあたりの地盤は硬い岩なのかもしれない。

「落ちない神様」

不安定な岩の上にポンと置かれているだけなのに、大震災の震度五強でも落ちなかったという石の祠。

灯籠や石碑がたくさん納められ、石段もきれいに整備されていた。石段わきの樹木を伐採したあとにはたくさんの紫陽花が植えられていた。

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沢井八幡神社(石川郡石川町)

御祭神:品陀和気命

波乗り兎、手水鉢、狛犬、鳥居、灯籠、社殿、その後ろに小社、狐、猫…

波乗りうさぎ

石工:小松利平(推定)

建立年:天保14年(1843)

「天保14年8月15日癸卯(みずのとう)年 富村 角田定右衛門」 我が子の健康を願って、おめでたい波乗り兎を仲秋の名月の日に奉納

折れてなくなった耳は、両耳ともピンと立っていたらしい。きっとこんなふう…

耳のある兎の写真は「のぼみ~日記」から引用

石工:小松利平(推定)

建立年:慶応元年(1865)

堂々としていて風格がある狛犬。玉を前足で持つチビッコのなんと愛らしいこと! 和平さん←寅吉さん←利平さん、原点がここに!

石の社殿

石工:小林和平

建立年:明治35年(1902)

当時の和平さんは21歳、修行中。師匠の寅吉さんは那須塩原へ長期出張中。和平さんは一人で石の社殿を彫り上げて銘を入れた…

石工:小林和平

建立年:昭和2年(1927)

尻尾の先が宝珠になっている「尾珠狐」

「猫」、となりは鼠ではなくて「親子兎」、子兎が乳を飲んでいる。

隣の宝海寺(和平さんの菩提寺)の駐車場に停めて、けっこう急な石段を登る。「この神社には地区の人たちと一緒に来るんだ。神社にお米をお供えするんだよ」と妹。小山の向こうに広がる田園風景を背に、対の尾珠狐が微笑んでる。

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赤羽八幡神社(石川郡石川町)

御祭神:品陀和気命

石工:小林和平

建立年:昭和22年(1947)

和平さんにしては珍しく蹲踞型の狛犬。終戦直後の昭和22年、台座に大きく「平和記念」と彫られている。

妹がそれを見て「あっ、和平って書いてある」と言ったが、それはあながち間違いではない。家族愛の強い和平さん、この狛犬にはきっと「平和」への思いが込められている。

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川辺八幡神社(石川郡玉川村)

御祭神:品陀和気命

石工:野田平業

建立年:昭和17年(1942)

石工:小林和平

建立年:昭和36年(1961)

79歳のときの作品、和平さんの名前が刻まれた最後の狛犬

石工:味原勇

建立年:昭和30年(1955) 

相方の阿像が壊れてしまい、阿像ひとつだけが和平さんに制作依頼された

「さかさ杉」樹高は約36m。樹齢は約1000年? 枝が下向きに伸びている。

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「石川でも白河ラーメンが食べられるよ!」と連れられて「手打中華 餐」へ。店の外にまで行列ができているが、風もなくて暖かいので平気。醤油味のスープがあっさりしていて美味しいし、手打ち麺にはコシがある。チャーシューやメンマ、定番の具材がいい感じ。初めて食べた正統派の白河ラーメン、ごちそうさまでした!

「この辺は慣れてるから大丈夫!」と妹の案内で棚倉や石川を巡る。「毎年、この神社に初詣に来るよ」「このあたりは少し前に社川が氾濫して大変だったんだ」妹のコメントに頷きながら。地域をよく知っている人の話を聞くと、神社の歴史や人々の生活とのつながりが見えてきて非常におもしろい。一人じゃなくてよかった、二日間本当にありがとう!

 

 

 

 

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12月15日(日)福島県南の狛犬めぐり Ⅲ

2024年12月17日 | 神社仏閣

狛犬めぐり2日目

今日、前半のテーマは「小松寅吉」!

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新地山羽黒神社(白河市)

羽黒神社は、源義経の家臣・佐藤継信と忠信兄弟の冥福を祈り、二人の母が勧請したということ

県道11号線、ブロックの石垣?の切れ目が参道入口。ナビっても分からなくて周辺を行ったり来たり。

石工:小松寅吉

建立年:明治26年(1893)

お見事!としか言いようのない彫刻。下の方、波に乗って顔を出しているのは亀。上の方では龍がぐるぐる巻き付いている。一番てっぺんにいるのは何だろう?

石工:小松寅吉

建立年:明治26年(1893)

雲に乗り風にたてがみをなびかせている。吽像の母獅子を見上げるチビ獅子も立派なたてがみ!

白河藩主・松平定信の歌碑を囲む石柵

石工:小松寅吉

建立年:明治30年(1897)

正面の扉に虎と龍、下の方に鶏と兎、両脇に牡丹と菊。

他にも、和歌三神、亀と寿、布袋様、鶴と松、etc.の透かし彫り… もう前後左右どこから見てもすばらしい!

石柵の内側、逆立ちしながら後ろ足で扉を支える狛犬たち

「世々へても 心の奥に通ふらし 人忘れずの山の嵐は」白河楽翁

新地山の頂上にある羽黒神社までは、急な山道を10分くらい登るとか。はるか遠くに二の鳥居は見えているけど、今日は麓から遙拝…

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関和神社(西白河郡泉崎村)

御祭神:大山クイ命(おおやまくいのかみ)

長和年間(1012~17)に勧進、寛徳元年(1044)に現在地に遷座、明治元年(1868)に社号改称して「関和神社」

石工:小松寅吉(推定)

建立年:明治20年(1887)

目や口の表情、彫りが非常に精密、作者は小松寅吉と推測されているということ。阿像の肩の牡丹がおしゃれ、吽像の前足に絡みついているちびっ子が可愛い!

緩やかな山道を登っていくと、やがて二の鳥居。震災で倒壊、平成30年(2018)に改修と刻まれている。

境内の途中には江戸時代に納められた灯籠・石塔や馬頭観音の碑が、社殿のまわりにも古い摂社・末社がたくさん…

明治45年(1912)に庭渡神社と八雲神社を合祀、だから扁額が3つ

石工:伊右衛門

建立年:文久3年(1863)

江戸時代にこんなに立派な狛犬が彫られていたなんて… 

白河市の鹿島神社にも伊右衛門さんの狛犬(慶応2年・1866)がいるということ、機会があれば是非…

吽像の足元にいるちびっ子獅子。くりくりした目としっかり閉じた口元が愛らしい。そこに160年も前からずうっといるのかい?

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村社 鹿島神社(白河市東)

御祭神:建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)

養老元年(717年・奈良時代)に常陸国一の宮である今の鹿嶋神宮より勧請

石工:梅沢敬明

梅沢さんは芸大の前身・東京美術学校彫刻科の出身

台座に獅子、笠の上に降り龍

梅沢さんの奥さんが福島県の出身でこちらに移り住んだということ

台座に牡丹、笠の上に昇り竜

石工:小松寅吉

建立年:明治36年(1903)

東北のミケランジェロと言われる小松寅吉さんの最高傑作。何度見ても「すごい!」の一言… 阿像の台座の所で上を向いてるチビがかわいいんだよ!

本殿が明治35年(1902)に倒壊、翌年に再建されたときに信夫郡飯坂町の彫刻師・平間弥助によって彫られた龍。階段両脇の柱と一体になっていて、右に昇り龍、左に降り龍。

以前は樹木に覆われた参道だったという。今は伐採されて、すっかり見晴らしがよくなった。狛犬は日当たりがいい方がうれしいんだろうか… 

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すばらしい天気! 那須連峰がきれいに雪をかぶっている。風が強くて寒いという天気予報だったのに、風もほとんどなくて暖かい。

小松寅吉さんの狛犬や灯籠、石柵を鑑賞。その緻密さと豪華さに圧倒された。さすが!お師匠さん、お天気も味方してくれて、もう感動して深呼吸を繰り返すばかり…

「寅吉さんは小松利平さんの養子でね…、利平さんはこっちの人じゃなくて信州の方から出稼ぎに来てた人でね…」と、私のうんちくを嫌な顔ひとつせずに聞いてくれてた妹に感謝。

 

 

 

 

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12月14日(土)福島県南の狛犬めぐり Ⅱ

2024年12月17日 | 神社仏閣

午後は国道4号線を横切って西へ。山々が近くに迫ってきて、雪雲が低い。

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熊野神社(白河市大信)

御祭神:泉津事逆男命(よもつことさかのおのみこと)、速玉男命(はやたまのおのみこと)、伊弉册命(いざなぎのみこと) 

畑の中をずうっと長い参道が続く。一の鳥居は地震で倒れてしまった様子。二の鳥居の前に狛犬が一対。

石工:真船卯右エ門

建立年:大正12年(1923)

前足を折っておしりを高くあげて、スタート直前の陸上選手みたい! 真船さんは矢吹神社の1番目の狛犬を彫った人。

三の鳥居の向こう、階段上に「はじめちゃん」を発見! 

石工:作者不明

建立年:安永4年(1775)

「はじめ狛犬」その当時、狛犬を見たことがない石工が伝聞や想像によって彫った狛犬

阿吽の表情に絶句…

がんばって口を大きく開けてるし、尻尾だってちゃんと付いてるし。どこから撮っても絵になるし。

狛犬は神様を守護する霊獣だから、気安く触ったり撫でたりしてはダメ!というのは分かっているけど、この「はじめちゃん」の愛らしさは、つい頭や背中をそっと撫でててしまいたくなる…

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妙見神社(西白河郡西郷村)

御祭神:天之御中主命(あめのみなかぬし)

石工:三國岩次郎

建立年:昭和9年(1934)

普通とは逆で、阿像が子取り、吽像が玉取り。玉は見事な籠掘り。

三國岩次郎さんは、相馬小高神社の狛犬(昭和4年・1929)を彫った人。小高神社の阿像の玉は普通だけど、こっちは透かし彫り。爪を隠して丸めた足がちびっ子たちの上に置かれているのは、相馬も白河も同じ。

幅の狭い石段をずうっと登っていくと、小さな社殿。

妙見神は北極星を神格化した神様、馬は妙見神の使い。妙見神は武神でもあり農耕神でもあるから、馬は武士や農民の大切なパートナー。相馬でも、ここ白河でも、馬はみんなから大切にされてきたんだ。

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三柱神社(白河市)

御祭神:不明

ナビの言うとおりに進むが、道はだんだん細くなって行き止まり。仕方なく近くの聯芳寺(れんぽうじ)に向かうと、駐車場のとなりに朱い鳥居が見えた。

石工:三國岩次郎

建立年:大正?年(1912~1926)

「三柱」と言うからには神様が3柱お祀りされているんだろうけど不明… 台座の記銘も「大正…」のあとが読めない。

台座が高くて狛犬を見上げる感じ。鼻の穴が大きく目立つのはそのせい?

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南湖神社(白河市)

御祭神:松平定信(白河楽翁)

先月3日に来たときは、参道はお客さんであふれてて、着飾った七五三詣の親子連れがいたり。今日はまだ16時前だというのに閑散としている。

石工:野田平業

建立年:大正11年(1922)

平業さん24歳のときの作品。この狛犬で平業さんは一躍有名になったという。キッとした表情、たてがみと尾の流れ、籠彫りの玉、どれをとってもすばらしい。ちびっこ狛犬でさえ「オレは凄いんだぞ!」と言ってるよう。

松平家の家紋は「星梅鉢」、徳川家の譜代大名だから「三つ葉葵」も。だから南湖神社の御神紋もこのふたつ。

南湖神社は菅原道真とか、新札の一万円とも関係が深いんだよね。

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今日は十四夜のお月様、ライトアップされた小峰城とよく似合う。

「はじめの狛犬が見たい」「三國岩次郎さんの狛犬が見たい」という所期のめあてを達成!

たくさんの狛犬たちを見て来たけれど、はじめちゃんに会って、狛犬ってそもそも何だろう?どんな進化を遂げてきたんだろう?と調べてみたくなった。

三國さんの2対の狛犬に会って、相馬とのつながりを感じて、はるばる白河まで来た甲斐があったとうれしくなった。

大信や西郷を走っていると雪が舞い始め、風も少し強かったけど、全く問題なし!  寒い中、私の趣味に付き合ってくれた妹に感謝です。

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12月14日(土)福島県南の狛犬めぐり

2024年12月17日 | 神社仏閣

すっかり県南の狛犬に魅せられてしまい、今回は白河に1泊してじっくり狛犬めぐりを!

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矢吹神社(西白河郡矢吹町)

御祭神:素戔嗚命(すさのおのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)、鎌倉権五郎景政

金属製の明神鳥居、参道は木立の中、クランク状に折れ曲がっている。

石工:真船卯右ヱ門

建立年:大正10年(1921)

大きくて堂々としている。阿像の足元の子獅子は、寝転んでお腹を上に出している。

石工:野田平業

建立年:昭和15年(1940)

平業さんらしい!鼻が大きくて表情は凜々しい。流れるようなたてがみと尻尾、透かし彫りの珠も健在!

石工:儀助

建立年:慶応元年(1865)

慶応と言えば江戸時代末期。シンプルな彫りだが、表情が豊かで温かみがある。可愛らしく見えるけど、3対の中では一番の年寄り、年期が入ってる。

鳥居をくぐって参道を進むと、年代の異なる狛犬たちに次々と会える。杉木立の中で、3対の狛犬たちが悪霊の侵入を許すまじ!と見張っているんだ。

4対目の狛犬は、石工:佐藤四郎、建立年:昭和61年(1986年)、まだまだ新しい。

それまでの社殿は昭和39年に火事で焼失、翌40年に防災のためコンクリート造りで再建したということ。

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日吉神社(西白河郡矢吹町)

御祭神:大山クイ命(おおやまくいのみこと)

11月に来たときには、もう夕方で暗くなってて、林のまわりをどんなに探しても参道の入口が分からなかった。今日は昼間だけど、やっぱり入口は分かりにくい!

木立の中に朱い鳥居が見えたような気がして、道ばたに車を停め、山道らしきところを進んでみる。階段を上がって右に折れると、そこは神秘的な空間…

石工:野田平業

建立年:大正15年(1926)

狛犬のすぐ下の台座に「白河市 彫刻師 野田平業作」、その下の大きな台座に「石工 獅子 野田豊吉 台石 根本末吉」と彫られている。「豊吉」は平業さんの本名。石屋が、狛犬の部分だけ平業さんに外注したということ。

平業さんの狛犬は鼻も大きいが、目も大きくてクリッとしている。ニカッと笑ったこのチビ獅子のなんと可愛らしいこと!

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羽黒神社(西白河郡中島村)

御祭神:日子波限建鵜草葺不合命(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと、神武天皇の父)

参道の入口、鳥居前の狛犬。吽像はいるけど、なんと阿像がいない!台座だけが残されてて…

昭和初期の頃の阿像(左)と、その後ダンプにぶつけられ破損して修復された阿像(右)←ネットから引用

その後さらに震災で倒壊。阿像はもう修復もできないくらいダメージが大きかったのか…

石工:小林和平

建立年:昭和8年(1933)

雲に乗り、たてがみも尻尾もクルクルと渦巻いて、この躍動感はまさしく和平さんの狛犬! ちびっ子たちの動きと目線がいい!

平成15年に設置されたという、真新しい狛犬。機械彫り…? そぐわない…

社殿前の灯籠

石工:小林和平 

建立年:昭和19年(1944)

灯籠の上にも狛犬、高いところから私たちを見下ろしている。気づかないで素通りする人もいるかも…

社殿前の馬

石工:小林和平

建立年:昭和15年(1940)

足が短い、耳も付いていない。台座がすごく高いから、地震で落ちて破損してしまったのだろう。せめてもう少しそれらしく修復してあげられなかったのか…

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常瀬山善通寺(西白河郡中島村)

曹洞宗通玄派の寺院、本山は越前(福井県)の永平寺。創建は、文安元年(1444)。本尊は、木造坐像の聖観音。

境内の入口には、推定樹齢330年というエドヒガンザクラがあって、春には見事な花を咲かせるということ。

境内の樹木が伐採され、見晴らしと風通しがよくなったらしい。

墓地入口の地蔵菩薩像

石工:小林和平

建立年:大正15年(1926)

震災の後、また倒れて壊れないように鉄棒でガード。和平さんらしい、優しいお顔のお地蔵様だから「格好悪い!」とか文句は言わないんだろう…

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11月に妹が相馬に来てくれたから、今回は私が西白河へ。2日間の狛犬めぐりに付き合ってくれると言う。

泉崎村の「そば蔵 いずみ」で野菜天ぷら蕎麦をご馳走になる。こしがあって美味しい。もりがよくて、全部食べきるのが大変なくらい。おまけに、コーヒーとアイスが無料サービス!

「家の近くにこんなにたくさん狛犬がいて、みんな違う表情をしてるんだって改めて気づいた」という妹の話。「この狛犬は格好いいね、このちびっ子は可愛いね」と二人でおしゃべりしながら、楽しい時間はあっという間に過ぎる。さあ、午後は白河方面へ!

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11月26日(火)相馬藩ゆかりの神社めぐり

2024年11月26日 | 神社仏閣

神社の大きな木を見上げたら気持ちがすっきりしそう、青空もこんなに広がってるし…

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相馬太田神社

1323年、陸奥相馬氏第六代当主・相馬重胤が鎮守・妙見を鎮座した

明治維新後、妙見菩薩を医徳寺に遷し、御祭神を天之御中主神とした

 

狛犬は社殿前と階段下に二対

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相馬小高神社

相馬氏の居城だった小高城跡にある神社

小高城は1336年に相馬重胤の子光胤によって築城されてから江戸時代の初めまで約280年間、奥州相馬氏の居城だった

江戸時代になって相馬氏が中村城に移ったあとも妙見が祀られ、明治時代に小高神社、戦後に相馬小高神社と改称

社殿前の狛犬、渦巻いて流れるようなたてがみと尾、凛々しい表情がすばらしい

吽形の足元にいる子獅子、真っ直ぐ上を向いて母獅子を見つめている姿がなんとも愛らしい

台座に「白河町 三國岩次郎 刻」とある、昭和初期の石工で白河ではよく見かける名前らしい、名工かも!

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貴船神社

御祭神は、雨を司る龍神タカオカミノカミ、五穀豊穣や出世・武芸を司る神クラオカミノカミのニ神

相馬重胤が行方郡に移る1323年以前からこの地域で信仰されていたという、屋根やお賽銭箱に九曜紋が見える…

ニシキギは季気の変容力を象徴する縁起の良い木、私たちの強さと熱意を高めてくれる

社殿前の狛犬、彫りは浅いが表情や動きはいい感じ!

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日鷲神社

相馬重胤が下総国から行方郡に移る際に一緒に移って太田に祀られ、そのあと小高に移された

御祭神は天日鷲命(あめのひわしのみこと)、弓矢など武器を司る戦の神、代々の奥州相馬氏から戦場での守護神として信仰されていた

御祈祷殿には護摩壇が設けられ護摩木を焚いて祈祷が行われる

江戸時代の相馬中村藩主・相馬昌胤が藩内の寺社に吉田神道を広めたことに由縁

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太田から小高へ向かう途中の道ばたに咲いてるサザンカ、10数年前はもっと背が高かったような気がする

紅葉・黄葉したカエデやニシキギ、イチョウ、常に緑を保つスギやマツ、サカキ… 神社に植えられた樹木には精霊が宿る

狛犬たちは魔物から神社を守るためににらみをきかせてる、格好いいのから可愛いのまでいろいろいるけどね

 

 

 

 

 

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