うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

名古屋あるき

2006年09月18日 | お出かけ
随分とご無沙汰をしてしまった。確かに夏はとても忙しくて、ゆっくりものを考える時間もなかったのだけれど、こうやってかけないでいるのは、別に理由があるようだ。それはなにか。きっと、どこかで書くことが怖くなってしまっただろう。わたしの住んでいる場所は、イノセントなところである。わたしはこの田舎で温かく育まれてきたのだろう。わたしはいくつもの「検索」を繰り返し、この国の中にわたしの知らなかった過去や場所や人々やがあることを知り、自分の無知とこの地の無垢なることを知った。そんなわたしが何かを考え語ることに意味があるのか、私にどれだけのことが書けるのかと思ってしまったというのも、ちょっとした本心ではある。たくさんの裏や表の情報の中で、ね。

そんな私の最近は、こっそりネットオークションなんかをして、美術館のチケットを落札している。
日曜の昨日は、名古屋池下の「古川美術館」に出かけた。日本ヘラルドを作り上げた古川為三郎翁の住まいと茶室に、翁が蒐集した松園やらが飾ってある。現代作家のガラス展も開かれていた。地下鉄池下駅からほんの数分のところにある「静か」
すぐ隣には、最近テレビでよく見る吉川社長のよし川ビレッジがある。
住宅街の、奥の、高台へと登る木々の中の、103の天寿を全うした翁の静かなすまい。

実は、ここを訪ねる前、以前から気になっていた中村大門界隈を通ってみた。ここは中村遊郭のあった場所である。2階に手すりのある窓を持ついくつかの楼。ガラスの美人画を掲げる家もある。しかし疎らに残る楼は皆、日曜の昼の中にとろとろ眠っているようだった。とうの昔に置き去られ、少しずつ崩れ落ちながら眠っている。デイサービスの施設となったものもある。紅殻の壁を持つ「稲本」は料亭となり、門の奥の深い庭の前で、中年のご婦人が昼の食事の算段をしていた。

時の流れの中で、暗い物は白く明るい物に、湿ったものはハラハラと乾いた物に姿を変えることもあるのだ。また、清潔な白い物が薄汚れたものに、ぱりぱりと乾いた物がぬるぬると湿気ってしまうこともある。
今回は車でまわっただけだったけれど、近いうちに車を止め、歩いてみようか。

来週は京都。勢いで落札してしまったルーブル美術館展を見に行く。せっかくなので、少し歩いて「細見美術館」にいってみようかとも思う。
なんて思って「検索」していたら、五条歌舞練場なんてのがヒットしちゃった。
コメント (20)
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