あと数時間で新しい年になる。今まで経験したことがないような1年になりそうな・・。気質学的にも『天に龍(辰)地に蛇(巳)の陰陽の法則から現実的なことが大きく変化する1年』と言われているようだ。もうすでに12月頃からその動きが始まっているような感じがする。混沌としたものが変化を続けてどういったものが生み出されていくのだろう。過去に縛られず過去を大事にしつつ新しくそしてより自由でいたい。
あと数時間で新しい年になる。今まで経験したことがないような1年になりそうな・・。気質学的にも『天に龍(辰)地に蛇(巳)の陰陽の法則から現実的なことが大きく変化する1年』と言われているようだ。もうすでに12月頃からその動きが始まっているような感じがする。混沌としたものが変化を続けてどういったものが生み出されていくのだろう。過去に縛られず過去を大事にしつつ新しくそしてより自由でいたい。
『今までは一人のヒーローがいてその人が群衆を引っ張っていく時代だった。これからは皆が力を合わせて協力していく時代だ』という事を何かで読んだ記憶がある。
最近はAKBを始めとしてグループが活躍している。東北大震災後も人々の繋がりやコミニュティの活動が目につく。そういう私自身も色々なところで仲間に支えられて活動しそういう仲間の繋がりの力の強さを実感している。
個から集団へ。そして繋がる。新しい時代はそれぞれの質が集まって大きく花開いていく時なのかもしれない。
どちらかというと怠惰なので厳しい状況に身を置きたくないと思っている方であるが、生きているとそうもいかない。昨年はこの時期、家族の病気と事故が重なり大変な状況だった。その時期を過ぎて今は穏やかな状況でいる。ここまでくるのに色々な事がありそれは望まない事ではあったが、沢山の気づきと変容のチャンスをもらったと思っている。
今また新しい事を始めるに当たり色々な事が起こっている。起こっている事を一つ一つ見ていくと、沢山の気づきがあり、また変容のチャンスにもなっている。そういった視点で見ていくと新しい事にチャレンジしていく事は大切な貴重な機会(チャンス)だと思う。そこで起こる事柄を大事に丁寧にやって行こうと思う。
来年のこの時期はどうなっているのだろうか。
最近、何かに突き動かされているように新しい事の準備を始めている。何だか立ち止まっていられない感じでどんどん流れていく。構想があまりハッキリしていなくても流れてくる情報や声をかけてくれる人々の言葉等を大切にそれに合わせて動いているとだんだんと形が出来てくる感じでいる。これはきっと役割としてやるべき事の一つなんだろうと思うようになってきた。自分の『やるべき事』をしっかりと自覚して計画を立て『やるべきこと』からずれないように注意していかなければならないと思っている。その役割をになっている者として粛々と準備し進めていきたいと思っている。もうすでに全てが準備されているのかもしれない・・・だとすれば、あとは迷わず動いていくだけ。。
最近あまり考えずに感覚的にやりたいなと思う事にチャレンジしている。facebookもその一つ。きちんと知識を身に着けて安全に自由に使いこなしたいという思いから始めたけれど、いざ始めてみると最初の目的とは別に大勢の仲間が出来、そのコミュニケーションの楽しさにハマってしまった。facebookの知識は・・というと、今一つだけれどおいおい少しずつでもできていけばいいかなという感じでいる。ここで出会った繋がりは特別な感じがしている。まずは一歩踏み出してみる事、そして経験してみる事、それによって色々な気づきが得られる。周囲の人を見ていてもどんどん行動していく人はその経験を糧に変化してきているようだが、新しい経験を避けている人は気づきの機会も減り変化しにくい気がする。現実ワークとして経験してみることが大事だと実感している。ワークショップにばかり参加していても限界があるのではないかと感じている。
facebookに投稿するのにカメラを持ち歩くようになった。まわりの木々や花々、空等々に目が行きそれによってより自然を味わう機会が増えている。今朝も愛犬とともに散歩し紅葉狩りをし楽しい充実した時間を過ごしてきた。
写真:品川区内
高野山で沢山の写真を撮ってきた。この美しい風景が街並みがこれからも続いてくれるといいと祈っている。
奥ノ院で
街で
金堂
以前と変わらないような風景だったけれど2年前にあった結界は解かれていて場そのものが怒りを表現しているように感じた。目に見えない所でさまざまな事が確実に起こっている。
朝、身仕度をすませ外に出ると太陽が顔を出してお天気になりそうな感じなのに雪がハラハラと降っている。傘は必要なさそうなのでそのまま出かけた。奥の院の入口でお坊さんと立ち話している人に声をかけられ、「ちょっと待って下さい」という。これからBS11の撮影をするのだと言う。どこかであった事があるようなその人はキャスターなのかもしれない。
持参したお線香とろうそくをたて供養(出来る範囲内の)。御廟のお参りも無事終了。
最後は金剛峯寺 へ。金剛峯寺の境内に入る頃には雪も止み晴れてきた。
無事2日間の行程を終えほっとしている。感覚的には超ハード、とにかく身体に効いた。今は帰ってゆっくりしたい。
おつとめが終わり外に出ると明るくなっていた。昨夜からの雨は止み青空が顔をのぞかせている。
2年前は何となく・・おつとめという場にいた自分が一生懸命拝んでいる事に気づく。この2年の間に起こった出来事を思うと拝まずにはいられないし、ただ祈る事しか出来ない。そしてやるべき事をやらなければとあらためて思う。
今回は昨年他界した義父の供養もお願いした。2名のみの参加で時別な時間に思えた。
最初の目的地・吉野金峯山寺。その威厳のある雰囲気に圧倒される。前回は金峯山寺蔵王堂の前で涙が止まらなくなったが、今回は多少落ち着いて御参りできた。蔵王堂の男性的なパワーとはうらはらに脳天大神に向かう道は柔らかくて女性的パワー。陰陽ともに存在していてバランスがいい。
夕方、高野山に到着。バスに貼ってある「頑張れ和歌山」と言う文字この2年間・・東北は地震災害、和歌山は豪雨災害、熊野古道も歩けなくなっている場所がある。たった2年の間に色々な事が起こったものだ。今の時代、何が起こるかわからない。
だからこそ今ここの一瞬一瞬を大切にしなければと思う。
2年前に高野山、吉野古道歩きをした。独特の空気感があるそれらの場所にまた機会があれば行きたいと思っていた。 11月中旬頃から再び高野山へ行かなきゃという思いが出てきていたがこの時期かなり冷え込む事などを考え、また日数も余裕を持って取れないだろうという気持ちもあり二の足を踏んでいた。一応行く方向で休みを確保したがそれでもなかなか宿や切符を手配しようとしない。 意を決してそれも仙台にいる間に双方確保した。 宿は前回と同様の宿坊になり、2回も同じ所に泊まるのだからよほど縁があるのだろう。明朝早く出発。今回はどんな旅になるやら? 明日の出発をひかえて少し身が引き締まる感じでがする。
12月21日でマヤ歴が終わりをつげ新しい時代が来るという話をあちこちで耳にする事が多い。それに関係しているのか・・・『ギフト』をうけに来られる方々の中でも『自分という個』をハッキリさせたいという希望の方が多くなってきている。『私という特別な個』があいまいな状況から『自分』という個がハッキリした状態へ・・この時期だからこそその課題をクリアさせようとする動きが自然と起こってきているのだろうか。古きが終わり新しい時が始まる。マヤ歴の5125余年という長い暦(一時代)が終わる。終焉を迎えるまでの数日間・・・どのような日々になるのだろうか。とんでもない時代に生きているような気もするがこのチャンスに私達に何を学ぼうとしているのだろうか?