吉倉オルガン工房物語

お山のパイプオルガン職人の物語

夢の解凍!

2006年05月13日 | オルガン
先に夢のひとつとして、自作飛行機で飛ぶことをあげましたが、夢といわないまでも、やってみたいと思いつつ出来ないでいること、凍結していることは結構あります。

我ながら、気が多い人間だと思う。

やってみたいことがあったら、まずはそのことをよく調べてみる、どうせダメだからだの、やっても無駄だからなどとは考えない、もしその時、実現出来なそうならば、自分の中に保存しておけばいいだけのことだと考えてます。

ただ、やりたいことにモノが絡んで来ると、お金がかかったり、置く場所に困ったりするので、問題ではあるんですよね。
ウチも愛すべきガラクタだらけで実は困っているのです。

そんな風に、自分の中で凍結保存していたことのひとつが、動きだしそうな感じがしています。

それは、ストリートオルガンをはじめとする、自動演奏オルガン製作プロジェクトであります!
もう、16年以上前、それらの楽器に関心を持った私は、オランダで、博物館やコレクター、製作家などを訪ね、自動オルガンの製作、修復を学んだのでした。

しかし、越えられない壁があったのです。

それは、自動オルガンはしかるべくソフトを与えられなければ、演奏出来ないという極めて基本的な事実でした。
自動オルガンの歴史、様式、使われ方の違いとそれに関係する構造や、音楽表現の違いなど、知識が深まるほどに、その基本的な事実は高い壁となっていったのでした。

「自分には楽器の機能を生かした音楽を提供する力がない」

当時、個人の才能や能力、あるいは過去の作品の蓄積によって成り立っていた自動オルガンのための音楽の作曲、編曲、ロール紙や厚紙への転写などは、私の能力では納得のいく対応が出来なかったのです。
この現実の前に、私は自動オルガンプロジェクトを一時諦めたのです。
こんなときにいうセリフはこうです。

「ちっくしょー、憶えてろ!」

そして、時は流れ、コンピューターを当たり前に個人所有する時代が来て、音楽作成編集ソフトなるものが普及し、それらを使いこなす人々が増えて、インターネットなるコミュニケーション手段も発達し、それまでは出会う機会がなかった人たちと知り合えるようになってきたのでした。
今のパソコンなんてちょっと昔のスーパーコンピューター並みですよ。

また、私自身も歳を経るにしたがって、他人と協調することができるように変わってきました。
(結婚して鍛えられた!?)

時が来たような気がします。

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