(前日からの続き)
我々は、本当はいろいろな座にいるんです。
それは、特に統一しなくてもね。
日常の世界の中でもね。
例えば、遊びに行ったり食事をしたりとか、
そういう信仰のことを離れても、
その時その時いろんな座にいるんですね。
それはどういうことかというと、やっぱり
気持ちのいい人と会えば自然に心が和んでね、
言葉もやわらかになって、いろんな話も
弾みますでしょ。
そういう時には心が喜んでくるんですねえ。
そうして、いろいろな煩いを一時忘れて、
子どものように素直になって、その時には、
私たちは素直という座にいますね。
そういう自覚をもたなくても、そういう
ところへ導いて下さるのが守護霊さん
であり守護神さんですね。
我々の生命とか生き方とかいうものは、
もちろんこの世の中においても向こうに
行っても努力が必要ですが、しかし、
知らず知らずの間に守護霊さんとか守護神
さんが、きっちりと我々を行くべきところへ
導いて下すってる。
自分も気がつかない内に、いつの間にか、
悩みとか悲しみとかいうものを少なくして
下すってる。
その座というものは、あなた方のあるいは
我々の気持ちによって、上がったり下がったり
するんですよ。
(つづく)
我々は、本当はいろいろな座にいるんです。
それは、特に統一しなくてもね。
日常の世界の中でもね。
例えば、遊びに行ったり食事をしたりとか、
そういう信仰のことを離れても、
その時その時いろんな座にいるんですね。
それはどういうことかというと、やっぱり
気持ちのいい人と会えば自然に心が和んでね、
言葉もやわらかになって、いろんな話も
弾みますでしょ。
そういう時には心が喜んでくるんですねえ。
そうして、いろいろな煩いを一時忘れて、
子どものように素直になって、その時には、
私たちは素直という座にいますね。
そういう自覚をもたなくても、そういう
ところへ導いて下さるのが守護霊さん
であり守護神さんですね。
我々の生命とか生き方とかいうものは、
もちろんこの世の中においても向こうに
行っても努力が必要ですが、しかし、
知らず知らずの間に守護霊さんとか守護神
さんが、きっちりと我々を行くべきところへ
導いて下すってる。
自分も気がつかない内に、いつの間にか、
悩みとか悲しみとかいうものを少なくして
下すってる。
その座というものは、あなた方のあるいは
我々の気持ちによって、上がったり下がったり
するんですよ。
(つづく)