ミネルヴァの梟

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ことば探査
読書好き

ことば探査 - やべー

2024-09-01 23:09:46 | 日記

台風10号接近に伴うニュース番組の中で視聴者のスマホ動画が紹介されていた。
強風に飛ばされる家屋の部材が空に舞い上がる動画だった。「やべー」という撮影者の声が録音されていた。あるいは傍らにいた人物の声を拾ったものか。強風の激しさを目にした者の驚きの声だったことは確かだった。

ことば探査の視点からいえば、なぜ「やばい」が「やべー」と音韻変化してしまうのか、が関心を惹くことになった。

たとえば類例を挙げてみよう。話し言葉、括弧内は書き言葉で列挙してみる。
・しょっぺー(しょっぱい)
・たけー(高い)
・ちいせー(小さい)
・でけー(でかい)
・ねー(無い)
・すげー(すごい)
いずれも形容詞ク活用の語例を挙げることになってしまった。
言えることはひとつ。母音の連続「ai」「oi」が母音「e」に置き換わり、さらに長音化することで拍数(音節数)を揃えている音韻現象が話し言葉に起こっている、ということ。

ただし付言すれば、形容詞ク活用固有の音韻現象ではなく、他の品詞にも同様の現象は起こっている。
名詞の場合でいえば、「手前」が「てめー」となり、今回の母音の連続は「ae」が「e」に置き換わり、さらに長音化することで拍数(音節数)を揃えている。あるいは母音の連続を避けて最初の母音が脱落して後続の母音が長音化したもの、と捉えることもできるのではないか。

さらに助動詞「ない」の例を挙げると、「読めない」が「読めねー」となり、形容詞ク活用「無い」と同じ音韻変化を起こしている。助動詞「ない」は形容詞からの転成だから当然の変化となる。
助動詞「たい」の場合は、「見たい」が「見てー」という言い方になる。

なぜ母音が連続した場合、すべてエ段に置き換わり、さらに長音化するのか。
取り敢えず「エ段の不思議」と名づけて後考を俟ちたいと思う。

追加情報 - 窪薗晴夫
日本語学では母音融合という現象だと説き、発音上の省エネだ言われている。


ことば探査 - とれとれの現象

2024-08-18 23:09:36 | 日記

井上史雄著『日本語ウォッチング』岩波新書(1998)
およそ四半世紀前の著書、筆者の専攻は社会言語学・方言学、執筆当時、50代半ばの研究者だった。

最終章の次の文章に違和感を覚えた。
「ことばは生き物ともいわれ、つねに変わる。(中略)現代の、目前で起きているとれとれの現象としての言語変化が、まず若い人に現れ、世代差として目に映っているのだ。」
違和感を覚えた箇所は「とれとれの現象」という言い方だった。

日本語話者であれば普通、「とる」という動詞を使うのであれば、「とれたての現象」という言い方をするのではないか。ただし、「とれたての野菜」とはいうけれど、「とれたての現象」という言い方は
日本語としては馴染まない言い方なのではないか、とも思われた。

「現代の、目前で起きている」新奇な言語現象を「とれとれの現象」という斬新な言い方で示したのは著者の意を酌めば表現性の強調なのだ、と捉え直すこともできる。

たとえば「萌える」という動詞を使った「萌え」よりも「萌え萌え」のほうがより強く意味を表出できるようになるのと同じ仕組みなのだと考えられる。

 


Aspire one - Web カメラ

2024-07-27 23:25:57 | 日記

液晶画面のフレームに組み込まれた Web カメラがなぜか USB 1.0 接続として認識されてしまう。
デバイスマネージャを起動し、デバイスの削除と更新とを繰り返してみる。稀に USB 2.0 Camera として認識される。が、再起動してみると USB 1.0 接続として認識されている。

時折、注意を喚起するポップアップ表示がデバイスの差し替えを親切に促してくれるけれど、組み込まれた Web カメラであり、不都合はOSのデバイス管理のはず。
> さらに高速で実行できるデバイス
> Acer Crysral Eye Webcam

抜本的な修復を試みてみた。ドライバキャッシュの削除後、ドライバを更新してみる。‏
ファイル削除 - 隠しファイル
・WINDOWS\inf\INFCACHE.1  [2019-09-03] size 1720KB
読みは甘かった。修復失敗。Windows XP acer 版固有の問題なのだと考えられる。


ことば探査 - 薄っぺらい

2024-07-25 01:51:01 | 日記

気象予報士國本未華の「明日は薄っぺらい雲が」という発言に違和を覚えた。
「薄っぺらな雲」といえば多少は違和を感じながらも聞き流していたと思う。

日本語を母語とする話者でさえ個人や世代に応じて言い方が語法を含めて変化を見せるのは必然。けれど、本来、「薄っぺら」は形容動詞のはずだから、形容詞として使うのは文法上の破格といえる。

若い世代を中心に見られる語法かと考え、ネット検索をしてみたところ「薄っぺらい」の意味を解説するサイトが複数表示され、普通に使われている語法である事実に気づき、驚くばかり。

状態を表す形容動詞が形容詞化する現象はすでに普通に見られる出来事なのか。

 


ことば探査 - 薄っぺらい

2024-07-25 01:51:01 | 日記

気象予報士國本未華の「明日は薄っぺらい雲が」という発言に違和を覚えた。
「薄っぺらな雲」といえば多少は違和を感じながらも聞き流していたと思う。

日本語を母語とする話者でさえ個人や世代に応じて言い方が語法を含めて変化を見せるのは必然。
けれど、本来、「薄っぺら」は形容動詞のはずだから、形容詞として使うのは文法上の破格といえる。

若い世代を中心に見られる語法かと考え、ネット検索をしてみたところ「薄っぺらい」の意味を解説するサイトが複数表示され、普通に使われている語法である事実に気づき、驚く。

状態を表す形容動詞が形容詞化する現象はすでに普通に見られる出来事なのか。

追記 - 「薄っぺらい」誕生
国語辞書の見出し語としては現在、登録されていない。話し言葉限定の「浮薄さ」を言い表す表現なのだと考えられる。誕生の由来を推測してみる。

古い世代を中心に「蓮っ葉な女」という表現が使われている。「蓮」+「葉」が熟合、さらに促音化しることで「蓮っ葉」という表現が誕生。形容動詞「薄っぺら」の場合は語幹「うす」+擬態語「ぺらぺら」の構成要素「ぺら」が熟合、さらに促音化しることで形容動詞「薄っぺら」という単語が誕生。その後、いつからか若い世代を中心に形容詞化する現象が見られ、一般化する勢いになったのではないか、と考えられる。