前号に引き続き 魂意識さんのお話です。
「私は人間ではありません。でも今は人間の中に入っていて人間の成長をお手伝いしています。でも多くの人間は私に気付いていないようです。
私に言わせれば 人間は自分や他人の人生を誤解している面があります。
例えば ここではいろんな人がいろんな人生を歩んでいますね。
人間はそれをみて あーいう人生はいいね。あーいう人生なら私も歩んでみたいもんだ。よっぽど今までの行いが善かった人なんだろうね などと言います。
逆に 苦渋に満ちた自分の人生を見て あーこんな人生はごめんだ という人もたくさんいるようです。そういう人は これからどうすればいいのでしょうか。ある意味それを知ることが人生の目的です。ぜひ一緒に考えてみませんか?
人間がどういう人生を歩むかは 端的に言いますと神が決めたものなのです。別の言い方をすれば魂が決めたといっても同じことです。神と魂は同じものです、ただ いろんな個別の体験を多くするためにただ一つしかない神の一部を分裂させたのが魂なわけですから・・・。
さて なぜ人間が見ていい人生と悪い人生なるものがあるのでしょうか。
神・魂にしてみれば どの宇宙であれ そこに存在するすべてのものが神・魂なわけですから「すべてである自分」を ここでも体験しようとしているのです。ただそれだけなのです。物質が存在するレベルまで波動を下げれば 今見ているような世界が現れます。人間が言う「悪の世界」が好きなだけ?試すことが出来ますよ。(笑)
神・魂はそれによって自分とはどんな生きものかを認識し理解しようとしているだけです。いいとか悪いとかは人間の勝手な価値判断です。
本当の自分を知るためには むしろ人間が言う「悪い人生」が結果として多く選ばれるようになるでしょうね。人間が言う善い人生は神にとっては神・魂の実家の世界で毎日していることですから。
ですからこの相対世界では 人生は苦なり 生きることは苦なり というのもうなずけます。愛があってもそれはほとんどが条件付きの愛ですから。
神・魂にとってはここは実家では出来ない自分の一部を体験する場です。
しかし人間つまり自我意識にとってもそうなのです。
人間の自我意識はその体験をツールとして使って学ぶことにより本当の自分に目覚め 成長して行くことをしているのですよ。神・魂の助けを借りながら・・・。
神・魂と人間の大きな違いの一つは 成長レベルの差です。
ご承知のごとく 人間は成長していく過程にありますからその成長レベルは「神と人間ほどの差」があります。
それでは人間はどのようにして成長できるのでしょうか?
それはいろいろな方法があり得ますが 端的に言って神・魂が起こす人間世界の現実(出来事や環境や境遇など)を否定することなく自分のものとして許し受入れることが 大変有効なのです。
それは これは私じゃない と抵抗するのに対し これが私なのだ と受け取る受容態度との差です。人間が目指すゴールを知らねばなりません。
全ては自分であるということ。もともと自分一人しかいないのです。これも自分。あれも自分。それが神の意識です。
無条件の愛を学んでいるのです。無条件の愛とはすべてを無条件に許すことです。そして 魂も人間も手分けして学び体験しているのです。そして魂は人間の成長を手助けしているのです。
いやなことの多い現実には 人間はふつう抵抗し否定します。
これは私じゃない といいます。許す場合は これも自分だ です。
これを繰り返し体験するうちに 人間は成長するのです。
成長するほど魂よりのガイドがもっと受け入れられるようになり 成長が進みます。
魂がなぜそういう体験をする人生 つまり人間が嫌がる現実に満ちた人生 を体験してみたかったのか。
人間にははっきり言って 今はよくわからないのが普通です。死んでみないとよくわからないのです。死ぬと人間の自我意識が魂レベルにだいぶ近くなりますから 全部わかっちゃうのです。死ぬと土になって意識も何もなくなるのとは正反対のことが起こります。非常に賢くなるのです。
人間は 人生は一度キリといつもいいます。
これもとんでもない誤解です。人生は自分が納得できるまで好きなだけやれるのです。そういう仕組みです。
ですからいつも大変な人生ばかりではないのです。
そして人生をたくさん積み重ねると 次第に成長してより自分の望むように動ける人生へと充実していくのです。
(続く)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます