まーくんブログ「人生って何?」私自身の体験をお話しします。お役に立てれば嬉しいです。

何のために生きてるのか? 人生に目的はあるのか? 死んだらどうなるのか? 悩みを解決するにはどうしたらいいのか?  

第187話 人生の筋書きは芝居の台本です。

2022年02月16日 | 人生研究
ロシアの民芸玩具に「マトリョーシカ」という人形があります。
これは人形の上半身を上に引張って開けると中に1段小さな人形が入っていて それをまた同じように開けるとその中にもまた1段小さな人形が入っているという具合にいくつもの人形が内側に重なって入っているのです。

マトリョーシカはまるで人間の構造を象徴的に表しているかのようです。
というのも一番外側の人形が人間であるとすると そのすぐ内側には天使が入っています。さらに天使の内側には魂が入っています。そして魂の内側には神が入っているという具合です。より大きな視点を持つものが内側に入るという仕組みなので 内側に行くほど波動がより高くなります。そして一番外側の人間が波動が一番低いので 人間が成長するほど内側の自分を表現できるようになります。 人間と天使はそれを目指して成長していくのです。

輪廻転生によってさまざまな人生を繰り返し 次第に成長して行くのは天使と人間です。魂・神はそれを支援していくのです。なお私たちがこの世で人間である間は「私」という意識は誰の意識でしょうか?
それはふつうでは一番外側の人間が持つ意識です。「肉体意識」という意識です。

たとえば前話では 私たちは今は人間意識ですから その特徴のひとつを話しました。それは 正しくないとか間違っていると思える人を見ると それが家族であれ他人であれ許せなくてつい責めたり裁いたりする特徴があるのです。どちらかというと人間はそのように狭量に創られているといえます。よく言えば曲がった?ことが嫌いなのです。そのわりには自分がしょっちゅう間違いをしでかします。それにどちらかというと人を褒めることが出来ないのです。それははっきり言うと成長していない人間の特徴なのです。

では神や魂はどうかというと 人間を全く責めないのです。全くです。さらに感謝し褒めるのです。それが信じられる人間は少ないのです。
神・魂は人間に対し100%共感していて心から許しているのです。人間に感謝し人間を祝福しているのです。その点が人間とは根本的に違う点です。
人間は他人を信じないし自分も信じない人が多いのです。

それに多くの人間は宗教の教えるところにより神は人間を罰すると思っています。だから親も子供を平気でせっかんするのです。
まさか魂が自分の中に入っていてこの輪廻転生のシステムを運営している張本人だなどと思っている人は少ないのです。少なくとも人間として生きている間はそれほどわからず屋に創られていると言えるでしょう。人間が死んで次の人世への中継基地であるアストラル界まで戻ったとたんにすべてが一瞬にわかり また他の天使・魂仲間にも再会でき大いに喜ぶのです。その点から言えば死ぬことは喜びでもあるのです。我々が知らないだけです。死は敗北だと思っている人が多いのですから。

神や魂は波動が高すぎて完全であるために人間のように不完全になれません。だからこそ天使の助けを借りて人間のような生き物になって過ちをしでかす体験をしているのです。それは成長するためにいろいろな体験を創造していると言った方がより事実に近いのではないでしょうか。つまりほんとは過ちなどでなく計画的にやっていることですから。

それは存在するすべてのものやことは神・魂であるから神・魂はすべてのものやことを体験しているのです。この物質世界までわざわざ降りてきて・・・。
だから魂はいわば不完全である「自分」を体験しにこの世にやって来ています。「完全」である体験なら魂の実家で毎日していますので。だからせめて人が不完全であることを非難するのは止めませんか。わざわざ承知でやっていることですから。

そのために天使に肉体意識(潜在意識のことですが)をまとってもらい大幅に不完全な「人間」というものになってこの世に現れているのです。ですので人間はピノキオのように「人工の物質」が天使によって生命を与えられたものです。しかし人間は学んでいるのです。ピノキオもそうでしたね。

人間(肉体意識のことですが)は不完全な世界を嫌がり 不完全な自分や他人をしょっちゅう罵倒するのです。人間のその他の特徴はご存知のように怒ることと傲慢で強欲な上に怖がるのが最大の特徴かと思います。
それにこの世は物質世界なので波動が低いから 不合理や不均衡や格差に満ちています。
つまり他の世界に比し不完全の程度が最大級なものだから人間としてはこの世についてしょっちゅう非難し批判し否定しています。端に体験するだけでいいことを克服しようとしています。だからしんどいのです。いきることが・・・。

しかし魂にしてみればだからこそこの地球にやって来たのだとわかっていますから不満が無いのです。天使の力を借りて他の世界では体験できないいわば「裏側の自分?」がフルに体験できるからです。魂にしてみれば「これも自分」なのです。「すべてである自分を体験している」わけですから・・・。
だから自分の現実を受け入れることが大切なのです。

ついでに申しますと 人間がここで歩むいろいろな人生にしても それには筋書きがありその筋書きは魂が連帯して創った 全魂のための人生の珠玉のひとつひとつの作品なのです。情報なのです。人間の視点で見て自分の人生がどのようにつまらぬとか劣悪に見えようともです。立派な人生と立派でない人生の区別などないのです。失敗した人生と成功した人生の区別などないのです。そのことを学んでいるのです。

たとえば決して人間が思うような個人的な隠し事やウソに満ちた人生が低劣な人生と卑下する必要もなければ 大成功し偉業を成し遂げた人生だからと特別誇示する必要もないのです。どの一つをとっても全魂そして全天使のための貴重な学びのためのツールそのものなのです。ですから人生の筋書きに優劣をつける意味自体が無いのです。それは芝居の台本であり神・魂そして天使の絶大な協力によって人間の運命と呼ぶものを含むすべての人生ストーリーの情報が展開されているわけです。

たとえば人間はそのような背景をふつうは知らないので 自分や他人の人生が価値が無かったとかつまらないものだったとか失敗だったなどと無責任に批判してしまうのです。何かに成功したときだけ良い人生だと認めるのです。それではほとんどが失敗の人世じゃないですか。
また人間は貧しさや不幸な身の上を呪いますが 魂はその貧しさや不幸であること自体を体験しに来ているので魂から見れば不満は全くないのです。
魂は台本通りの体験が出来れば「パーフェクト!」と叫ぶでしょう。
私たちがこの世で貧しさや不幸を味わうのは魂からすれば実家では当たり前の豊かさや幸福というものが ほんとはどんなものであるか 比較することで改めて認識できる そのためにやっていることですから。

魂にとってはそういうことですが 人間の役割を担っている天使にとってもすべてが成長のための学びといえます。次回はそのあたりを復習したいと思っています。(第187話終わり)

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