(見出し写真の右側が夏目漱石。1900年7月頃、イギリス留学に当たり熊本市冨重写真館で撮影した送別写真。パブリックドメイン。出典 wikipedia)
おかげさまで、講演は無事終了いたしました。講演内容の動画録音を含め関係資料を保管ホルダーに
まとめておきましたので 左記 関係資料をクリックしていただければアクセスいただけます。
ダウンロードも可能です。 クリック:関係資料
皆様、
再度の緊急事態宣言の延長が来月20日までと発表となりましたが、引き続きご自宅で参加できる、オンラインでの講演会を開催することにいたします。
第12回目のオンライン講演会を下記要領にて開催することにいたしました。
下記ご案内いたします。
どなたでも参加は簡単ですのでカメラ付きのパソコンを準備のうえ、6月13日(日)午後13時30分から受付開始といたしますので下記指定サイトをダブルクリックして参加していただきますようお願いいたします。
https://yokhamakurohunerschsociety.my.webex.com/meet/nakayama.shouichi
******************記********************
新型コロナウイルス対策としての
第12回オンライン講演会開催のお知らせ
日 時:令和3年年6月13日(第二日曜日)
14:00~16:00 (13:30 アクセス入場開始)
場 所:各自宅パソコン前
参加費: 無料
研究発表会
13:30 受付開始
参加者は自宅よりカメラ付きパソコンから下記サイトにアクセスして、どなたでも参加は簡単です、時間になりましたら下記をダブルクリックしてください。
中山昇一ほか世話人が応対して誘導いたします。
(下記をダブルクリック):
https://yokhamakurohunerschsociety.my.webex.com/meet/nakayama.shouichi
14:00~14:05 開会のごあいさつ
14:05~15:30
発表者 横浜黒船研究会 会員 清水 隆博
講演題目: 夏目漱石の『自転車日記』
講演の導入部分の紹介
『1.英国留学への出発
明治33年(1900年)の9月8日、文部省第一回給費留学生として一人の英語教師が横浜港からドイツ船プロセイン号でロンドンへ向けて旅立っていった。
一方、同年同月の一日、8年間に及ぶロンドンでの極貧生活に見切りをつけ、日本郵船の丹波丸でリヴァプール港を出港し母国に向かう同い年(33歳)の日本人青年がいた。
この二人を乗せた客船は9月下旬にスマトラ島沖合のインド洋上ですれ違ったはずであるが、正確な位置については記録に残っていない。もし、互いの顔が視認できる程の距離ですれ違ったとすれば、東京大学予備門の同級生であった二人は、互いにアッと驚いたと思われる。前者の青年の名前は夏目金之助(夏目漱石)といい、後者の名は南方熊楠であった。
2.帰国後の異常な行動
漱石は出発に先立ち、「秋風の一人を吹くや海の上」という一句を短冊にしたため留守宅に残してゆく。鏡子夫人はこの短冊を床の間に掛けておいたが、帰国した漱石はこの短冊を見るや否や直に破り捨てたという。
異常な行動は更に続く。自宅に戻って3、4日が過ぎた頃、火鉢のふちに5厘銭が1枚のっており、その近くで遊んでいた長女(当時3歳)を見ると、「こいつ、いやな真似をする」と言いながら、その頭をいきなり殴り付けた。長女は大声で泣く、夫人は驚愕し、大騒ぎとなった。』
15:30~16:00 質疑応答
以上
横浜黒船研究会
事務局長
村上 隆
電話:045-439-6652
携帯:080-4868-8650