陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「召しませ、絶愛!」(十九)

2022-04-19 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

会計を済ませた喫茶店を出てみれば、外はもう秋の夕陽を惜しむ時間を過ぎていた。
先をぴょんぴょん跳ねるようにスキップしながら、媛子が嬉し気に歩いている。子どものようだ。

その背中を千華音は追いかける。
いつでも後ろから斬りつけられるように、鞄のなかの刀身に手を伸ばしながらも。誰かに抜け駆けされないように、その背中をまもりながらも。少女たちが出歩くにはそろそろ用心せねばいけない時間帯だ。追捕の九頭蛇どもに獲物を横取りされてはかなわない。千華音の警戒心がはりつめる。

媛子はちらりとそんな千華音の殺気を予知しながらも、おくびにも恐怖を出さない。
──でもね、千華音ちゃん。あなたは、その本を読んだらきっと変わるんだよ。だってね、多くの女の子たちも、男の子たちでさえ、そのお話を好きになって10年以上もその伝説を信じているの。ううん、きっと七夕の伝説みたいに、その悲恋はきっとずっと百年も千年も語り継がれていくのかもしれない。だから、未来のあるあなたにそれを残してゆくんだよ。あなたは知らないよね。最期に笑うのは、誰なのか。最期に泣くのはどちらなのか。でも、きっと、そのときがきたら、わたしだって、悲しそうな、寂しそうな顔をしてしまうのかもしれないね。

媛子はそっとポケットからお守り袋を出す。
中に入っていたのは、ついこの前、浜辺で拾ってくれた巻貝だった。ひとりに一個だけの住処。宿主のいない、うち捨てられた家。千華音ちゃんがいなくなったら、あのアパートはどうするのかな。貴女がいなくなったら、片付けるものなんてほとんどないだろうけれど、わたし、どうするのかな。千華音ちゃんが着ていた制服に顔押しつけて、メロドラマみたいにわんわん泣いちゃうかな。それとも、平気でゴミ箱へポイしちゃえるかな、なあんてね。

千華音ちゃんがプレゼントしてくれた貝殻なのに、わたし、今こんないけないことを考えている…。
潮騒だけを閉じこめた巻貝…、失っても、たった一つの自分で生き残る。虚ろな螺旋のままでずっと悲しさを鳴り響かせる。わたしは、きっと、これだけは捨てられないだろう。大切な、大切な、千華音ちゃんからくれたものだから。はじめて贈ってくれたものだから。どこにも同じものが売っていない、世界でひとつだけのものだから。あのとき、はじめて、「好き」だときちんと言えた記念品だったから。

この貝殻の奥に、毎日まいにち、涙のカケラを集めながら、きっとしたたかに生きていくんだ。それが、カラダの弱い、運動能力のないわたしのズルい生きかたなのだから。万華鏡みたいに、コロコロ、気持ちが変わって、ひとつのことを長くやりとげることができなくて、力では何もひっくり返すことができっこなくて。それでも、人生でたったひとつ自分だけで決めて、自分で責任をつけて、やり遂げた想い出の勲章にするのだから。とても美しく生まれたその人を、何よりも大切なひとを、この世界に生き残らせるということを。わたしが存分に楽しんだこの都会の果てで、何にも囚われない普通の女の子として生きていってほしいのだと。

媛子はお守り袋に口づけてから、大事そうに仕舞う。
誰かに奪われないように、落としたりしないように。たった一人になるときに、持っていくものだから。名前もつけられていない、どこにもありそうな貝だから。なのに、それは誰にもわからない、わたしたちの大事な一日のよすがなのだから。



【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」



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