陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「召しませ、絶愛!」(十八)

2022-04-19 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

日乃宮家の御神巫女。
ありとあらゆる殺人の業を仕込まれた自分からしたら、あまりにも手ごたえのなさすぎる相手だった。
何かが物足りない。敵としてはまったく斃(たお)し甲斐のない相手。しかし、どこか充たされてしまう。それが一層不愉快でもあった。もし、この娘のお気に入りをめちゃくちゃにしてやったとしたら、そうしたら、この娘は本気の本気で私に刃向かってくれるのではないか。だとしたら、それもまた良し。全力で打ち込んでくる敵をみごと裁いてこその、あっぱれ戦士というものだ。十数年の修行の成果としても、腕が鳴る相手と巡り会いたいものだ。そう、彼女の大切なものを壊しさえすれば…──。地球を割るぐらいの、宝箱のようななにかを潰してやれば…、たとえば、わざとプレゼントをして、それを目の前で粉々にしてやるとか…。最近、私は拾った貝殻をあげたけれど、あれは大事にしているのだろうか…。べつに、粗末にされようが、私にはどうでもいいことなのだけど。

「千華音ちゃんはね、きっと大事にしてくれると思うんだ、それ」

疑いの一滴もないような瞳で告げられて。
綾に組んだ指の上に顎を乗せてみせて。媛子は微笑を絶やさない。最初に一目会ったときに剣先を突きつけたときから、この娘はいつもこんな顔をしている。こんな晴れ晴れしい顔で、自分の人生の幕をすでに決めてしまっているなんて…。憐憫の情すら浮かんでしまう。いけない。殺すのは私なのに。この女がいまわの際に見るのは私の勝利にほくそ笑む顔なのだから。

「好きになってくれるといいな」

ひとを試すかのように、下から覗きこむような顔つきをする。
紫水晶のような透きとおった瞳。夜に煌めく銀河のように、吸い込まれそうだった。あの甘い声を頬近づけて聞き続けたら、きっと私は違う者になってしまう。栄誉ある皇月の巫女ではいられなくなる。千華音は思わず目を伏せた。やましい心根を覗かれたような気がしたからだった。

「…ああ、この本のことね。保障はできかねるわ。私はあまり読まないものだから」
「うんうん。また良かったら感想を聞かせてね。千華音ちゃんがハマるツボはどこなのかなあって」
「そうね、いつになるかわからないけれど…」

パラ読みしておいて、とりあえずあたりさわりのない感想をつけて返しておけばよいのだろう。
ここが勘所だなと思う部分を拾って、誉めそやしておけばよい。けっして足りない部分を批評家ぶって指摘したりしてはいけない。愛好家というものは、好きを否定されるとムキになる。倍返しになって反発を食らいかねない。でも、そうしてやったら、この彼女、どんな顔をするだろうか。やはり、いつものニコニコ顔で陽気なままでいるに違いない。やめた、やめた、これ以上、そんなことを考えるのは。そのときの、皇月千華音はそうとしか思わなかった。むりやり本を勧められるのは好きではない。時間ももったいない。他人の思想が頭に入り込むのが好きではないのだ。

「あ、それからね。今度うちでいっしょにご飯食べないのかなあ。新しいオーブンレンジも買ったんだ」
「料理なら私が持っていくわ。お天気が良ければ、いつもみたいに外で食べましょう」
「あ、そうなんだ。わたしもお弁当つくってくるね。うんと甘い卵焼きにしておくね」

媛子の手料理は食べられなくはない。しかし、毒を盛って相手の力を剥ぐことだって禁じられていないわけでもない。千華音が服毒してしまったとしても、解毒剤の調合の仕方ぐらい知っている。恐れることなどなにひとつない。だが、千歌音が媛子のためにそうしたいのはなぜだろう。そうしたい? そうせねばならないのではなくて? なんで、そうするの? 昔飼っていた仔犬に餌をやるような感覚? 太らして食べるための家畜? ひとときの妄想にふけるためのお人形? すこしでも万全の態勢で勝負をして、最後には美しいかたちで死なせてやりたいからか。この自分の腕の中で、眠るように目を閉じるそのひとに、最期に何をしたいと欲するのだろう…、どんな言葉を落とすというのだろう、私は…。そのとき、冷静なままでいられるだろうか。神にその躯(からだ)をささげ、祈ることができようか。そして、私はあの御観留役の…。あいつが嫌いだから、ためらっているの? 都合よく、誰にも与えられない安らぎをいまさら感じたからという理由で? それとも…。

最近ほのかに芽生えたこの感情に、なんと名前をつけていいのだかわからない。だって、こんな胸のちくちくすることの対処法なんて、教えてもらったことはなかったのだから。帰宅したら素振りを千回こなして、いつもの筋トレメニューをこなして、シャワーを浴びて、お気に入りの紅茶を飲んで、タンパク質とミネラル、野菜たっぷりの栄養価の高い食事を摂って。星の巡りのように常に同じことをくりかえす。いつもの私になれる儀式をこなす。そうすれば、冷静な自分を取り戻せるはず。習慣こそがまちがいのない日々をつくりあげるのだから。努力は自分を裏切らない、絶対に。

「千華音ちゃん、わたしたち最期まで、ずっと、ずうっといっしょにいようね」
「そうね」

媛子が品をつくって首を傾げる。そのほっそりした首先にあてたいのは刃先ではなくて──。千華音はいつもよりなぜか甘く柔らかくなっている唇をおさえた。さきほど、飲みあいっこしたタピオカの味のせいなのかもしれない。あんな不健康そうな飲み物、きっとそのうちブームが終わるだろう。都会の女の子はめんどくさい、そのときどきの花やかなモノばかりに飛びついて、キャッキャッとさざめいている。写真を撮るのも苦手な私を、あんな驚かせかたでカメラに収めたり、たかが作り話の恋愛映画で透きとおった涙を流したり。ほんとうに不思議なことばかりを、この子は見せてくれる。そんなキラキラした時間があと一箇月しかない…いや、それでいいのだ。惜しくなんかない。寂しくなんかない。哀しいはずもない。皇月千華音は唇をかみしめた。



【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」




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